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つぶやく「ラジオ 沼」: radio_numa
■書いたり話したり歌ったり
モーニングツーの西島大介さんの連載『I Care Because You Do』柱に『マンガ雑誌を読む』。ぜひ雑誌でご一読を!
9/29(水)19:00「ありきたりな生活」公開稽古&トークイベント
10/9(土)13:00 かえる属@軽音楽とジャンボリー(グッゲンハイム邸)
10/24(日)音遊びの会公演@生糸会館(神戸)
11/8(月)EMCA研究会(京都大学)
11/13(土)表象文化論学会(東京大学)
11/21(日)かえるさんソロ@shiroiro-no-ie(信楽)
11/27-28 質的心理学会(茨城大学)
12/4(土)江戸東京博物館フォーラム
ライブ情報は、かえる目ホームへ。
2010.3.22「音遊びの会」にて。
「永遠野球」中継中の細馬+中尾。
撮影:松尾宇人さん
Lutzの『Animated Cartoon』を読む。ディズニーやアイワークス、ハーマンらが教科書とした1920年発行のアニメーションの「聖書」。アニメーション前史、映画前史の解説から、1914年に開発されたセルアニメーションの基本まで。セルアニメーションによって、多人数でアニメーションを描くという工程が生まれたのだが、そのノウハウについて初心者にもわかるように書かれている。いろいろ目ウロコが落ちる。
Gabler『Walt Disney』の邦訳、ゲイブラー『創造の狂気』(ダイヤモンド社)を入手。ゲイブラーの本はディズニーのアーカイヴにアクセスして書かれた大著で、Barrier『The animated man』ともども、ディズニーを語るには必携と言える内容なのだが、手元の原作と比較してみると、邦訳ではかなりの部分が端折られており、あちこち誤解があるようだ。たとえば上記のLutzの本について、邦訳では
後になってウォルトは「ラッツには深みがない」と言っているが、実際はこの本が彼の目を開かせるきっかけとなった。そして彼はスライド社で、動画から一フレームを抜き取って映像を瞬間的に消す、カットアウトの初歩的な技法を採用し、セルアニメの実験も始めた。
となっているが、「動画から一フレームを抜き取って映像を瞬間的に消す」とは何のことだろう。はてなと思って原文を読むと、「At the Slide Co. he had been deploying the rudimentary cutout system of animation with moving limbs. Now he began experimenting with cel animation — real animation. 」とある。どうやら過去完了形と「with moving limbs」という句が誤解されているようだ。私も専門外の文章を訳すときに的外れな訳をつけることがあるから他人事ではないが、ここはアニメーション史上重要なくだりだと思うので、ちょっと訳しておこう。
後にウォルトはラッツの本を評して「深みがない」「金儲け目当てになんでもかんでもかき集めたような本だ」と言っているが、同僚たちはみな貪るように読んだと述懐しているし、ウォルト自身にも革新的といえる影響を与えた。かつてスライド社にいたとき、ウォルトは手足の形に切り抜いた紙を動かすという原始的な方法を使っていたが、いまや彼はセル・アニメーションという本物のアニメーションを用いて実験し始めたのである。
cutout system of with moving limbsというのは、ブラックトンが1906年の『愉快な百面相』で部分的にやっているような、手足の切り抜きを少しずつ動かして撮影するアニメーションのこと。つまり、今までは古色蒼然としたやり方をしていたウォルトが、ラッツの本を読んで最新式のセル・アニメーションに目覚めた、とGablerは言いたいのである。
他にも、この本の重要な主題である、ウォルトにとってのアニメーションを論じた部分は、邦訳ではこうなっている。
アニメーションの製作プロセスは、動かないものを動かす、つまり命を与えるプロセスである。無機的なものをコントロールし神の手を加えることによって、動かないものに力を与え能力を授ける(エンパワーメント)ことである。
ウォルト・ディズニーの場合は、それまで教会に通ったこともなく、宗教にはまったく関心を持っていなかった。それだけに彼にとってエンパワーメントの高まり、つまりアニメーションは宗教に代わるものだった。アニメーターは自分の世界を創造し、自然科学の法則と論理が消滅するもうひとつの現実、つまりイマジネーションの世界を創造するのである。
なぜアニメーションに惹かれるのか、ウォルトはその理由を自分では説明できなかったが、厳格で道徳家で禁欲的な父親の世界に閉じ込められ、いらだっている若者、この父親から常に隷属を強いられている若者のために、アニメーションは絶対的な支配の力を授けた。
アニメーションの世界では、ウォルト・ディズニーはパワーそのものだったのである。
しかし、原文はいささか違うことを語っている。試みに訳してみるとこんな具合。
アニメーションの製作プロセスは、命を吹き込むプロセスであり、文字通り魂なき動かぬもの(the inanimate)に魂を入れ動かす(animate)ことである。そもそもそれは神をも恐れぬプロセスであり、アニメーターは描く対象に対して神の如きコントロールを当然のように行使する。そして見る者もまたそのコントロールを感じ、権力を行使するかのような感覚 a feeling of empowerment に浸される。ウォルト・ディズニーの場合、この権力感の高まりはあまりにも大きく、アニメーションが宗教にとってかわってしまったかのようになった。というのも、大人になってからの彼は正式な宗教には関心を示さず、教会にも行かなかったからである。アニメーターは、まさしく自身の世界を作る — それはアニメーターの創造したもう一つの現実であり、その中では、物理法則も論理も通用はしない。ウォルトは自分がなぜアニメーションに惹かれるかについてはっきり言い表さず、曖昧な一般化に終始していたが、彼にとってアニメーションには二つの抗いがたい誘惑の甘さがあった。厳格で道徳家で禁欲的な父親の世界に神経をすりへらしている若者にとって、アニメーションは逃げ場を与えてくれた。一方、同じ父親からいつも支配されている者にとって、アニメーションは完全な管理権を与えてくれた。アニメーションの中でならウォルトは自身の世界を持つことができた。そしてアニメーションの中でなら、ウォルトは権力者 the power になれたのである。
ウォルトが小さい頃教会に行っていたことはこの伝記には書かれているので、生まれつき教会に行かなかったわけではない。また、アニメーションに与えられた力によってウォルトは力を得たのではなく、アニメーターの権力感に感染した、というべきだろう。そして、アニメーションは「権力」のみならず「逃げ場」をウォルトに与えたという点が、邦訳では端折られている。
『蒸気船ウィリー』の制作秘話のくだりで、原文には
音の具合を確かめるべく、スタッフはまたまた急ピッチで仕事をした。アイワークスによれば、ストーリーは一夜で出来上がり、アイワークス自身は、ミッキー(ウィリー)が蒸気船の舵をとりながら汽笛を鳴らし口笛を吹くシークエンスを数週間で仕上げた。音がカートゥーンと思った通りに合っているかどうか早く知りたくて、ウォルトはアニメーションが全部仕上がるのも待たずに、この場面のインク入れ、ベタ塗り、撮影までやり遂げてしまった。そしてジャクソン(彼はスタッフの中で唯一音楽的才能を持っていた)に彼の得意な『わらの中の七面鳥』とウォルトの選曲した『蒸気船ビル』とをハモニカで演奏させた。
という一節があって、『蒸気船ウィリー』のごく最初の部分だけを早々と内輪で試写したという興味深い話 が記されているのだが、邦訳ではこの部分がごっそり抜けている。気のはやるウォルトの熱の入れようが伝わってくるいいエピソードだし、あの口笛シーンをウォルト自身がインク入れしたのかとファンにはぐっとくる記述だと思うのだが。また、続く節には、その部分試写の様子が描かれているのだが、邦訳では部分試写とは書かれておらず、
六月の夜八時頃、ウォルトはスタジオの裏庭に映写機を据え、撮影したばかりの『蒸気船ウィリー』を窓にかけたシーツに映写した。
スタッフのひとりがハーモニカを吹き、もうひとりが口笛でサウンドエフェクトをつけ、ほかのスタッフたちがゴングの代わりに鉛筆で壺を叩いてリズムを刻み、ミッキーの動きにシンクロさせた。
とあっさりした内容になっている。これまた原文を試訳してみると、
ある夜、おそらくは六月の末の夜八時、ウォルトはスタジオとなっているバンガロウの裏庭に映写機を据えて、そのノイズが音楽をじゃましないようにした。ウォルトのオフィス部屋の窓の外側にはあらかじめ背景の描き込まれたシーツが掲げられ、そこに映像が投射された。ハモニカを持ったジャクソンの横にはウォルト、口まねによる効果音担当としてアニメーターのジョニー・キャノン、その他の数名のスタッフが、オフィス部屋の中、窓越しにシーツの裏から映像を見ることのできる位置に陣取った。ロイが映写機を回し始めると、ジャクソンが音楽を奏で、キャノンが効果音を出し、他のものはゴングの音の代わりにたんつぼを鉛筆で叩いた。すべてはミッキーの動きとシンクロしていた。
と細かく記述されている。理由もなく裏庭に映写機を置いたわけではなく、映写機のノイズと演奏が混じらないようにわざわざ部屋の外から投射し、演奏するスタッフはスクリーンの裏にあたる屋内に陣取って演奏した、というわけだ。ロイとウォルトの兄弟は映写機側とスクリーン側に別れて、この成り行きを見守っている。サウンド・アニメーション創成期にふさわしい、ほほえましいエピソードだと思う。
この他、1933年にメアリー・ピックフォードが実写とアニメーションの合成版でアリスを作ろうと持ちかけていたとか、『白雪姫』のストーリーが最初はギャグだらけだったとか、主人公の声優としてディアナ・ダービンも応募していたけれどウォルトが30歳の声みたいだと言って落としたとか、原文では興味深い話があれこれ読めるのだが、邦訳ではカットされている。
原文は900p以上の大著なので、完訳するとものすごい分量になってしまうのは確かだし、内容を縮約して煩雑な固有名詞を省略し、忙しい人にもすらすら読める日本語にして、価格も安く抑えるというのは、一つのやり方ではあるだろう。けれどその代わりに、時代に関わった人々の名前が脱落し、エピソードはあちこちで簡略化されたり削ぎ落とされて、資料に丁寧にあたりながら読者を逃さないゲイブラーの「ゴシックさ」は失われている。
私は、ともすると端折られてしまいがちなこまごまとしたものごとが、アニメーション史ではけっこう重要だと思っている。なぜ重要か、という説明は長くなるので、いずれ出るアニメーション本にて。
合宿地より帰宅。夕方、大阪森ノ宮の「フラット」へ。france-panの公開稽古を見てトークショー。歩くことが何に制約されているかについて、場所(空間)の問題、他人の問題などいくつか指摘する。発語のタイミングや所作の在り方など、いろいろ考えさせられるピースが多く、おもしろかった。ustreamでトークの内容を聞くことができます。http://www.ustream.tv/recorded/9888848
環琵琶湖文化論実習の合宿日。恒例の一回生向けの実習。午前は簡単なアウトラインを作ってppt書類を仕上げてもらう。午後は休暇村に移動して発表会。そのあと夕食と懇親会。昔は明け方くらいまでつきあっていたけれど、このところ、夜半を過ぎるとぱたっと寝てしまう。
朝の沖島。外来魚の水揚げ。10時の通船に乗り堀川港へ。渋川の中村さんに近江八幡まで送っていただく。
ちょいと寝てひつじ原稿。
京都から彦根へ。昼飯を作ってから、近江八幡へ。堀切港から通船に乗って沖島へ。上田洋平君の企画で「沖島夜学2010」。青山さんや金尾くんも来てる。組合長の森田正之さんから沖島の最近の漁業の現状報告。知事の嘉田由紀子さんが、ご自身のフィールドワークに基づく「今昔写真に見る沖島の暮らしと文化」の発表。沖島の桟橋でかつて行われていた水の使い方についての聞き取りをもとに水の文化史を明らかにする手腕を拝見すると、やはり研究者として優れた方だなと思う。
辻信一さんのコメントのあと、地元の方々との夕食会。うなぎ捕り名人の宮本さんに、うなぎ漁のあれこれを伺い、さらに魚の専門家の金尾くんからうなぎ生態を聞く。うなぎは、はるかマリワナ海溝あたりで産卵、孵化し、シラスが日本までたどりつき、それがクロコになり、さらには成魚になる。琵琶湖のウナギは、江戸期にも記録があるからかつて淀川を遡ってきていたのかもしれないが確証はないとのこと。現在は、シラスからクロコまでを人工的に育てて、クロコを琵琶湖に放流している。そのあとは、琵琶湖まかせで育つわけだが、これが他所にはない見事な大きさになる。ぼくも、数年前に初めて沖島で魚を食べたとき、うなぎのとんでもない旨さに驚いたことがある。
大きいものは、胸が見事な黄色になる。うなぎならぬ「むなぎ」。宮本さんによれば、両側にびっしり油ののった2,3kgになるものもかかるそうだ。最近ではようやく沖島のうなぎのとんでもない旨さを知る人が増えて、県外の料亭からも注文が来るそうだ。宮本さんの勇姿は、今年のナショナル・ジオグラフィックの9月号に載っている。
今年の8月には初めての試みである「うなぎ祭り」で、沖島に1600人以上が訪れた。第二回も検討されつつあるとのこと。
湖上荘で二次会。宿泊組の方々と飲む。
高麗美術館にて林哲夫さんと絵はがき談義。iPadにあれこれ絵はがき画像を仕込んでいく。拡大縮小が簡単なので、絵はがきの細部をお見せするにはちょうどよい。戦前に母方の祖父が行った朝鮮スケッチ旅行の話をマクラに、日露戦争以降に急増したエキゾチック・ジャパンな絵はがきの話をしつつ、日本から見た朝鮮半島の話を、諸外国から見た日本の話と照らし合わせる。
対談後、生田誠さんも到着し、飲み食いしながらさらに話。
ゼミ合宿二日目。高山の祭りの森へ。「世界の昆虫館」に入ってみたが、とんでもない量の蝶のコレクションだった。ぼくが蝶コレクターだったらうんざりするような豪奢な標本数だが、惜しむらくはそれぞれの種がどんな生態・行動を持っているのかが明らかにされていない。昆虫の羽をふんだんに使いすぎた蝶アートと、玉虫アートに魂抜かれる思い。
その奥に「リスと遊べる森」というのがあり、さんざん珍しい虫を見たあとなので、何だシマリスかとさしたる期待もなく入ってみたが、これが思いがけない可愛さである。手から腕へと餌を求めて駆け上がるシマリスと戯れていると、ほとんどナウシカ気分。ひまわりの種をからからと揺すってあちこちのリスの気を引き続け、気がついたら一同、一時間近く戯れていた。
奥の森を散策し、ラーメンを食い、飛騨牛コロッケを食い、ゆるゆると土産を買う。正しい観光。特急「ひだビュー」で米原まで。夕暮れがものすごい。
ゼミ合宿一日目。落雷でいきなり琵琶湖線が止まってしまい、参加者が四箇所に分散したまま昼を迎えるアクシデント。携帯のない時代なら、途方に暮れて待ちぼうけというところだが、携帯とメールでこまめに連絡を取り合い、なんとか一便遅い特急で飛騨高山へ。米原から高山まではざっと三時間。車内で卒論生一人一人とデータを見ながら今後の相談。自動車だとこうはいかない。鉄道の旅というのはなかなかよい。
例によって、私は何もせず、三回生に旅の計画を任せきり。今回は高山の『山の庵』。お値打ち料金ながら快適な宿。料理も旨い。
飛騨牛に舌鼓を打ってから恒例の四回生による発表会。今年も楽しみなテーマが続出。
その後、飲み会に突入。自己紹介タイムが脱線に次ぐ脱線で二時間以上になる。あげくに合宿といえばトランプでしょう、と、コンビニで買ってきた「となりのトトロ」トランプで遊ぶ。ババ抜きをしている最中は絵柄がどういう配列になっているのか皆目見当がつかなかったが、7並べをしてみると、突如トトロのストーリーが明らかになり、一同驚く。
社会言語科学会の特集編集『マルチモーダルな相互作用』を担当することになった。あちこちに原稿依頼。
モーニングツーの西島大介さんの連載『I Care Because You Do』の柱を、nuの戸塚さんが編集している。マンガの柱をメディアにするというのは実に秀逸なアイディアだ。そこに「マンガ雑誌を読む」という拙文を掲載させていただいた。この文章はぜひ雑誌で。
会議。『蒸気船ウィリー』論を脱稿。60枚くらいになった。
大阪梅田アプローズで、定延さんの肝いりで「電子時代におけるコミュニケーション研究成果発表の形態」。ぼくは「身体動作研究にとっての電子時代— 記述とプレゼンテーションのあいだ —」というタイトルで発表。
梅田までの電車の中で何を話そうかとつらつら考えて、これまで映像分析をどんな環境でやってきたかなと思い出してみたのだが、けっこういろいろあった。
映像:VHSテープのタイムコードを逆まばたき
音声:ソナグラムの粉を吸って気持ちが悪くなる
分析:Pascalで自作
保存メディア:フロッピ
映像:QuickTimeの登場:1Mのムービーのコマ落ちに舌打ちする日々、S-VHS。
音声:SoundEditの登場
分析ソフト:Cで自作
保存メディア:CD-ROMが焼けるらしいと興奮
映像:1秒30コマのムービーが320*240でスムーズに動くようになる(数M)。DVの登場。
音声:複数の波形ソフト
分析ソフト:HyperCardで自作
保存メディア:フロッピの終焉。DVDの登場。
映像:iMovieの登場:FireWire、IEEE、手軽なムービー化(数十M単位)。
音声:波形ソフトいろいろ(WaveSurferなど)
分析ソフト:WaveSurfer, Anvil、Cocoaで自作
保存メディア:メモリカードの登場。
映像:HD,メモリ型デジカム, USB2.0から直接取り込み。(数G)
音声:変換ソフトを使い、波形分析は分析ソフトにまかせる
分析ソフト:ELANほか百花繚乱、Jeditで自作
保存メディア:LAN経由でHDに。G単位のメモリカード、Blue-ray
・・・こうやって振り返ってみると、つくづくテクノロジーに翻弄される研究分野である。
2010年代は、映像分析がばりばりできて、いよいよマルチモーダル研究のパラダイスとなっているわけだが、同時に、モダリティが増えすぎて、何を分析していいのか迷う時代でもある。組み合わせ可能なモダリティは何通りもある。いわば、探索的分析におけるフレーム問題が生じているといったところだろうか。一見、なんでもありに見えるマルチモーダルな現象だが、その中で、何が身体的まとまりとして立ち上がってくるかを考えることが、ますます重要な時代になりつつある。
金田さんの「顎刻み」分析がおもしろい。
松本さんの電子書籍論考でいろいろと考える。学術書にこと関する限り、動画データは、文書に埋め込むより、動画ファイルとして独立していたほうが使い勝手がいい、と御意見する。埋め込むと、再生の方法が限られる。独立ファイルなら、巻き戻したりコマ送りして、読者自身が探索的に動画を用いて考えることができる。動的リンクは、作動環境に依存しやすい。いわゆる「電子書籍」の命は短そうだ。命が尽きれば読めなくなるのではつまらない。PDFと動画ファイル、というのがいちばんシンプルで、後々のコンバートも楽な気がする。それに、PDFに割り付けることだって、編集次第でずいぶん可読性が変わると思うのだ。
終了後、定延さん、ひつじ松本さん、金田さんと飲む。SF話をしているときに、「コールドスリープしてる人って年金どうするんでしょうね」と定延さん。久しぶりに定延節を聞いた。
シートミュージックをiPadにどんどん落とす。1920年代の声とテクノロジーについて考えを巡らす。
11月にご一緒する上田三佳さんの個展を四番町スクエアに見に行く。泡また泡。
シートミュージックのアーカイヴをがんがん落としてiPad上のBookmanで見てるのだが、これは使える。改めてLevy collectionのすばらしさを痛感する。 http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/
posted at 02:20:47
シートミュージックのアーカイヴは19世紀後半以後の膨大な譜面集。表紙もそれぞれすばらしい。で、iPadのBookmanで読むようにするとこんな感じでどの曲かすぐ判る。 http://twitpic.com/2ptvni
posted at 11:40:57
そして、19世紀末から1930年代くらいのシートミュージックを見ると、ウクレレ用のコードやタブ譜が1920年代から急に増えることに気づく。ウクレレがハワイアンを越えて、ポピュラー音楽の伴奏楽器としてこの時期広まったことが体感できる。
posted at 11:46:55
海の向こうのシートミュージック文化と関連して、日本の明治以降の唄う文化がどうだったか、という問題がある。このところこの分野の本がどんどん出てきているが、読書論でおもしろい永嶺重敏氏の「流行歌の誕生—「カチューシャの唄」とその時代」も大いに気になる。
posted at 11:53:22
歌う文化ということでいうと、このウーリッツァおじさんに唱和する人々もすごく気になる。 http://bit.ly/bocVlN
posted at 12:06:49
ウーリッツァというと、ついエレピを思い出すけど、じつは劇場用(サイレント映画用)のオルガン会社として長い歴史がある。映画と教会と歌を結ぶオルガン。フライシャーのバウンシングボールもそこにつながる。 http://bit.ly/bAFUZ6
posted at 13:24:15
リュミエールが投射によって、おひとりさまのキネトスコープから観客席のあるキネマトグラフへと映画を解放したように、ウーリッツァの巨大な音量は、個人の音楽を劇場に広がる音楽へと解放した、とは言えまいか。
posted at 13:26:53
意外と判らないのは、トーキー時代、劇場にどんなPAシステムが組まれていたかということ。アンプやスピーカーはどういうものだったんだろう。
posted at 13:28:06
一方には、ウクレレを小さくつまびく親密なシートミュージックの世界があり、同じ歌を、オルガンをバックに大声で唱和する劇場映画の世界がある。そんな1920年代の歌空間。
posted at 13:33:25
1920年代に、電話と映画の音質が上がればあがるほど、声と映像のシンクロナイゼーションが問題になり、リップシンクがハイライトされた。と、こういう話をアフロディズニー2ですべきだったかなー。キクチさんどうでしょう。
posted at 14:08:27
そしてその過シンクロとは全く違う構想を描いていたエイゼンシュタインが、じつはディズニー好きだったということもおもしろく。
posted at 14:10:39
立体映画論を読み、戦艦ポチョムキンを見直し、ディズニーを見直す。最近、古いものしか見てないな、と思い、エヴァンゲリオン序を見る。なぜか口元の表現ばかり見入ってしまった。リミティッドアニメーションから発展したアニメが持つ、唇の動きの独特の処理はおもしろい。
エイゼンシュタイン全集をうっかり買ってしまった。全部読むのは無理としても、土井さんに教えてもらった立体映画論は読んでおこう。この本がクザーヌスの図で始まり「星のかなたに」と題されているのはいいですね。銀幕から突き出された頭。立体的だ。
ゲイロード・カーターはサイレント期、ウーリッツァーを弾く伴奏家だったが、サイレント映画ブームのたびに(しばしばオリジナルの)伴奏をあてて、現在我々が聞く「サイレントらしい音楽」のひな形を作った。http://bit.ly/dn0l0d
posted at 10:26:32
こんな具合にサイレント風の曲を軽々とつけちゃうんですなあ。サイレント期の生き証人、ゲイロード・カーターのTV出演。 http://bit.ly/dztBw5
posted at 10:48:46
映画館用オルガンとオルガニストの来歴。メカニズムも見れておもしろい映像。 http://bit.ly/c3nRAE
posted at 10:57:46
林哲夫さんが十二階をぐいぐい読み込んでおられる。楽しいなあ。 http://sumus.exblog.jp/
posted at 22:01:52
菅原和孝『ことばと身体』(講談社メチエ)届く。ぶっとい身体論。西浦田楽論も。
posted at 22:04:28
卒業生でいまは立命館で教えている木村修平くんが本を返しにやってくる。食堂で一緒にご飯を食べていたら、木村くんの教え子だという学生が声をかけてきた。すでに孫弟子が出現しつつある。
卒論ゼミ。そしてさらに原稿。
来週から合宿が3つもある。いまのうちにいろいろやっとかなくちゃね。
ユリイカにも書きましたが、読み返しを必要とする本をキンドルで読むのは、とっても不便。厚みの中にページを探し当て、ページ上の配置の中にフレーズを探し当てる。この過程を欠くと(少なくともぼくには)どこに何があるやらさっぱり。
posted at 20:30:24
キンドルには最近発行されたディズニーの分厚い伝記が二冊入っているのだが、結局よく開くのはペーパーバックで持っているMice & Magicだったりする。
posted at 20:33:51
Mice & Magic や Before Mickeyで論じられているアニメーションは、昔ならごく限られた人しかアクセスできないものが多かった。それがいまは半分以上がYouTubeで鑑賞できてしまう。いまこそ初期アニメ論のインフラは整ったのかも。
posted at 21:00:22
とは書いたものの、YouTubeの映像は、音と映像の同期が甘いものが多いので、シンクロナイゼーションを論じるときには難がある。できればしっかり同期をとってあるDVDにあたったほうがよい。
8月からひどいじんましんに悩まされている。8月に発疹して、ようやく収まったと思ったらまた急にぶり返してきた。食生活だとすると、あまりに思い当たるものが多すぎてわからない。食事日記でもつけるべきかしらん。 いよいよアニメーション論をきちんとやらなければならないのだが、見るべき映像も文献も大量にある。先月末に書いた原稿は真っ赤になってしまった。
会議会議。朝は涼しくなったと思ったが、昼になるとまだ夏の雲。
トウェイン『ミシシッピの生活』(吉田映子訳/彩流社)。これまで、オンラインで読めるものをepub形式で読んでいたのだが、(http://www.gutenberg.org/etext/245)船舶用語や川の流れを示す語など、日本語訳が知りたくなって読む。
トウェインの川の記述はすばらしい。金子光晴の川のことばに匹敵する。水先案内人は、本を読むように川を読む。そしてトウェインは、川を行くようにことばを書く。
「あそこの水面に長い斜めの線が見えるだろう? いいかあれは隠れ砂州の波だ。ただの砂州じゃない、断崖砂州だ。あの線の下は固い砂州で垂直に切りたった高さは家の側面くらいある。ぎりぎり近くまで水量は豊富だが、その真上ではおそろしく少ない。あんなのにぶつけようもんなら、船はたちまちおだぶつだ。あの線が先のところでぼやけてだんだん消えていくところが見えるか?」
「ええ、見えます」
「うん、あれが減退部、つまりは砂州波の先端だ。あそこなら乗りこえても大丈夫というところだ。それじゃ、向こう側に渡ってあの砂州波に沿ってぎりぎりに走らせてみるんだ。ゆったりした水だ - そう早い流れじゃない」
わたしは砂州波に沿って行き、線がぼやける端へと近づいた。そのときビクスビーさんが言った。
「よし用意だ。おれが言うまで待つんだぞ。船のやつは砂州波を乗りこえたがらないだろうからな。船は浅い水をいやがるものなんだ。スタンバイ — 待て — 待て — しっかり走らせて。よしっ、方向転換だ! ぐっといけ! ぐっと!」
(マーク・トウェイン『ミシシッピの生活』上 吉田映子訳)
集中講義の採点。ディズニーのOswald the Lucky Rabbitを課題にしたのだが、いくつかのレポートに思わぬ視点が入っていて勉強になった。
一回生の実習で一日戸外で。頭の中では、高宮駅から太郎坊宮へ行って滋賀のパノラマを見て・・・というプランがあったのだが、南彦根駅に集合してもらった段階で、気が変わって、「いきあたりばったり」に変更する。引率するぼくがわかった上で行くと、その場その場で何かを発見していくライブ感が削がれる気がしたから。
近江鉄道の高宮駅に向かう途中で提灯屋さんの前を通りかかる。ちょうど地蔵盆について調べてもらっていたところなので、お邪魔して、提灯の作り方についてうかがう。昔はこのあたりでも提灯を作っていたが、いまは京都の張り屋さんに出しているとのこと。提灯の各部位の名前や道具の名称を教えていただき、絵付けに使う手製のコンパスを見せていただく。
高宮駅で自転車を乗り入れて(近江鉄道は10:00-16:00に区間限定で自転車を乗り入れることができるのである)、計画とは逆に米原へ。行く先々で地蔵をチェックする。湯谷神社をまわり(というか、道標があり、常夜燈があるので、こっちに行ってみようかということになったのだ)、通りかかった青岸寺(これも、「あそこにある建物かわいい」という学生の声に従ってそちらに向かったらそこにあり、湯谷神社の説明書きに出てきた名前だったのでよったのである)の庭を見る。これは実におもしろい庭だった。架け橋のかけられた池には水はなく、代わりに苔が水の気配を漂わせている。蓬莱島があるところは、玄宮園に似ているが、山際の傾斜をうまく使ってあるので、そそりたつような奥行き感がある。行って初めて知ったのだが、ここの庭石は江戸期に彦根の楽々園へと運ばれたんだそうだ。そして、そのあと、玄宮園の作庭に関わった香取氏が新たに作ったのだという。
奥には明治期に作られた書院。こちらは、永平寺の住職が、末寺をまわって帰るときの宿泊先として作ったのだとか。米原は内湖が埋め立てられる前は国道あたりまで米原湊だったから、船で回るのにも便利だったのだろう。こんなところに住んだらさぞかし研究が進むのではないかと思う。
それにしても、かつての中山道沿いの宿場町が、いまはあっけないほどの規模だ。新幹線の西側がもっぱら開発されているせいもあるのだろうか。
自転車で米原高校から西円寺を回る。ちょうどお寺の方がおられて、中にあがらせていただいた。連日の暑さが今日はやわらぎ、サイクリング日和。車もさほどなく、よいコースだった。
久しぶりにグループホームへ。今日は月送りの日。Kさんの部屋にみなで集まっていると、真宗のごえんさん(お坊さん)が来られる。空気がさっと変わる。Wさんは珍しくコンニチハを二回言う。Hさんはお経を覚えていて、途中までずっとつぶやいていた。いままで気がつかなかったのだが、誰かが亡くなると49日までは毎日お経をあげるそうだ。ついのすみかのあり方。
先日から少しずつ読んでいた『ハックルベリ・フィンの冒険』(大久保博訳、角川文庫)を読了。夏の終わりの楽しい読書だった。Google mapを見ながら副読本に Life on the Mississippiを読むと、ミシシッピのうねる流れ、crossing, cutoff, chute, そして浮き沈みするsnagがおぼろげに見えてくる。暗闇で目を凝らすように。
高麗美術館へ。「写真絵はがき」の中の朝鮮民俗。学芸員の山本さんの絵はがきコレクションを中心に据えた展示。裏面まできちんと翻刻してあり、絵はがきの見せ方も工夫があって、唸らされた。絵はがき展示のあり方として学ぶところ大。
今日は生田誠×林哲夫の絵はがき談義。その後、生田さんの肝いりで、林さん、森さん、山本さん、廣岡さんと河岸を変える。
タクシーのTVで谷啓の訃報。
会食しながら話は続く。一銭洋食を食べて解散。
9/25(土)は、林哲夫さんとわたしとで第二回の絵はがき談義です。
そのあと、吉田屋10周年をちょっとのぞく。
卒論生の佐々木さんと奈良は西の京のたんぽぽの家に。今日は佐久間さんによる介護スタッフの研修。20人のスタッフが、どのような展開になるのかを知らぬまま、佐久間さんの動きにとまどったり、動きをなぞってゆく。和気あいあいとしたワークショップではなく、参加者の方々の当惑ぶりが伝わってくる内容だったが、メンバーの関係が少しずつ顕わになり、あちこちで場がほどけてゆく過程は見ていてとてもスリリングだった。本間さんがあとで、「楽しいのはたぶん、もっと盛り上がるワークショップだけれど、見たいのは今日の方」とおっしゃっていたのが印象的だった。
卒論ゼミ、会議。夜、原稿。
アフロ・ディズニー2(菊池・大谷本)見本届く。過シンクロより倍音を!という趣旨に対して、過シンクロにもイロイロありまして...と私は倍音ならぬsus4を鳴らしております。んー、読み直すともういっぺん語りたいなー。他の方々の見事な倍音とともにどうぞ。
集中講義三日目、1930年代以降のアニメーションにおける映像と音楽。く、くたびれ果てた・・・。
集中講義二日目、『蒸気船ウィリー』前後。
大阪成蹊大学で集中講義。一日目はサイレント時代のアニメーションについて五コマ。
20歳前後のみなさんに、「70年代、80年代、90年代、00年代のアニメーションをできる限り書いて下さい。ただしwebは見ないで、自分の推測する制作年号を入れること」という課題を解いてもらう。その結果が相当おもしろかった。
例1:70:銀河鉄道の夜、73:ルパン三世、76:サザエさん。
例2:1970年代:ナウシカ、ラピュタ、サザエさん、サリーちゃん。
例3:71:らんま1/2、71:笑うせえるすまん、77:うる星やつら。
例4:70:ナウシカ、71:ちびまる子、サザエさん、73:めぞん一刻、74:らんま1/2、75:うる星やつら、76:タッチ、77:アラレちゃん、78:きん肉マン。(この人は高橋留美子好きなのでしょうか。しかし順番が・・・)
もちろん、生まれる10年以上前のことだから、これくらい混乱していても無理はない。ないのだが、ナウシカの次にちびまる子ちゃんとサザエさんが同時に生まれる感覚は新鮮だ。
基本的に宮崎駿作品の時間順序はわりとみんな判っていて、「ナウシカ史観」なのだなあ、と思う。でも、ナウシカとラピュタが70年代に押し込まれて、80年代にトトロ、という人がけっこう多かった。あと、95,6年はエヴァでなく、けろけろチャイムによって記憶されてるのね。
社会言語科学会二日目。
帰りに石橋のツタヤ店頭で『魔術の恋』DVDを発見。これ、フーディーニの伝記映画なのだ。明日の集中講義のネタに使えそう。石橋で飲んで、ウメ地下でまた飲む。終電で帰る。
社会言語科学会一日目。夕方に発表。
明日の発表の準備。
マーク・トウェインを読み直さねば、アメリカン・カートゥーンは語れない、と悟る。ハックルベリフィン、Life on the Mississippiなど。関連文献も続々海外から到着、いよいよ執筆モードに。
大阪で岸源三郎ゆかりの方とお会いする。十二階の思わぬ消息。
コモンカフェでセグメンツ、宇波拓+梅田哲也。セグメンツ、初体験だったが、音の塊(チャンク)はいかにつくられるかについて考えるところ多しだった。宇波+梅田、携帯で不用意に撮影をする人との不穏な空気。ゴール、というより不安定な平衡点が見出され、緊張を産むセッション。