- 19981030
- ▼「エスノメソドロジーの本で出てきた話があって、そういう権力構造に興味があるんですけど・・・」
「どういう話?」
「ええと、男の人が、ほんとうは浮気してないんですけど奥さんに浮気してるんちゃうかって疑われて、で結局浮気したって言っちゃうんですよ。で、その後、だんだん自分がほんまは浮気してたんかしてなかったんかどっちが本当かわからんようになるって話で。で、そういう、客観性の問題とか」
▼「ふーん、その客観性ってことばの使い方はなんだかよくわかんないなあ。そういう現象に興味があるってことは、君の実際の体験になんか思い当たることあるの?」
「うーん、あ、ひとつ思いつきました。ぼくがテーブルの上の紙を探しててぜんぜんみつからへんで、で、もうそれはテーブルの上にないものと思ってて、そこへあとから来た友達がテーブルの上にあるのを見つけたっていう。もし友達が来てへんだら、テーブルの上にはないっていうのがぼくにとっての現実やったはずやけど、でも友達が指摘したからテーブルの上にあるってのが現実で、でも、ぼくはなんぼ探しても見つからへんかったし、どっちがほんまなんやろうっていう」
▼「うーん、それは浮気男の話とちょっと違うんちゃう?浮気男の場合はさ、単に現実はひとつじゃないって話とは違うと思うな。▼その男は自分の身に覚えがない嘘をついたんだけど、その時点では多分、単なる嘘で、別に現実感揺らぐほどのことはなかったと思うのよ。ところが、その後、奥さんと生活していく中で、奥さんが男を浮気男として扱うし、自分もそういう男として答えるし、ってやりとりを繰り返すわけだよね。あるいはお互い浮気の件にはあまり触れなかったとしても、ふとしたことばの端々や沈黙に、男は奥さんが浮気のことを忘れてはいないことを感じたりしちゃうわけだ。そうやって奥さんと自分との関係の底に「浮気」の存在が感じられてきちゃう。食事とか会話とかセックスとかが毎日毎日浮気とつながり折り重なって、浮気が事実であろうがなかろうが、浮気をめぐって奥さんと自分がいろんな行為でつながっちゃう。すると、たとえ浮気じたいが嘘でも、そのつながってる他のできごとは動かせない事実でしょ。浮気の体験じたいは思いだそうとしても思い出しようがない。やってないんだから。だけど、いっぽうで、奥さんとの関係によってその空虚な浮気を取り囲むように確固たる浮気空間が構成されてるので、補集合みたいに浮気にリアリティが感じられるわけよ。それくらい、日常の人間関係には現実を構成する力があるんだから、ナメたらあかん、ってのが話のポイントじゃない? ▼ところで、テーブルの上の紙の話ってのは、もしかしたら見つからなかったかもしれない紙ってのを想定するから現実感揺らぐ気がするけど、じつは『あ、自分が気づいてなかった現実があったんだ』で納得できちゃう話でしょ。
▼ただ、こういう場合はちょっと浮気男に似てくるかもね。たとえば、その友達が、じつはその紙を君に黙って借りてたんだけど、それを言わずに紙をテーブルに戻して、いかにも自分が見つけたように「あった」なんて言う。で、君がとっても彼に感謝して、ことあるごとに「こいつは捜し物の名人でね」なんて人に自慢したとする。でね、現実感がだんだん揺らいできたりするんだ。君じゃなくて彼の方がね。▼つまり、君のために紙を見つけてあげた捜し物の名人の自分、ってのが、だんだん彼の中で重くなってくる。で、君が彼を誉め、人に捜し物の名人として紹介すればするほど、捜し物の名人を巡る関係が動かしがたく構成されて、彼は捜し物の名人を生きなくてはならなくなってくる。
▼あるいは、ここに友達の代わりに義母がいてだね、借りていた紙をそっと返してから「ここにあるじゃありませんか。ヨシコさんはうっかり者ですね」などというとする。そして君の代わりにはヨシコさんね。そのヨシコさんが「さっき見たときは確かになかったのに、細工しやがったなこのクソババア」と考えるなら、話は橋田寿賀子ワールド。でも、ヨシコさんが気弱だったりすると「あ、もしかしてわたしはこんな目の前の紙にも気づかないダメな嫁なのかしら」なんて思っちゃうわけだ。で、ことあるごとに、うっかり者うっかり者なんて言われてるうちに、ヨシコさんはどんどん身に覚えのない過ちにおびえるようになる。これが、浮気男的世界。山岸涼子ワールドだね。山岸涼子ワールドの現実感の揺らぎが恐いのは、単に現実が何通りもあるからじゃなくて、無いはずのできごとを取り囲むように濃い人間関係で構成されたできごとががっちりとあって、現実だろうが現実でなかろうが逃れられなくなっちゃうからなのよ。」
▼「じゃ、こういうのはどうですか。前にみんなで話してたときに、ぼくがある人についてちょっと話したんですけれども、A君がその人と知り合いで、それはこうこうこういう話やって言って、話を切っちゃったんですよ。ぼくはじつはその人について別のことを議論しようと思って切り出したんですけど、考えてたのとなんか違う話にされちゃったというか、ぼくはちょっと誤解されちゃったというか。」
▼「うーん、気持ちはわからないではないけど、話題が別な方向に行って無念と君が思っているのなら、それは浮気男とは別の話じゃないかな。君は自分の思ってたのと違うその方向を、あたかも自分の思ってた方向だと信じてるわけ?じゃないよね。▼そこには別の面白いテーマはありそうだけどね。つまり、なんで無念な感じがするかっていう点が面白い。君はたぶん、自分の提供した話題のゆくえが、自分のイメージを左右するものだって思ってるでしょ。だからその話題の結論が自分の思ってたものと違うと、まるで他人から自分が誤解されてるみたいに感じるわけだ。でも、君がその話題を提供したからって、君の思惑どおりに話題を進める必要はその場の人にはない。それに、その話題の結末が直接君の評価に関わるとは限らないでしょ。もしかしたら、その話題を君が提供したことを、誰も気にとめてないかもしれないよ。▼それでも、自分の出した話題があさっての方向へ行って終わっちゃったとき、なんだか居心地が悪いって経験は誰にでもあるよね。たぶん、こういう居心地の悪さには発言の帰属感とか著作権といった問題が関わってるのかもしれない。それはそれでおもしろいテーマだと思うけど、浮気男の話とはずれてるね。▼生きることができたかもしれないのに生き損なった現実、ってのはさ、また何度でも生き直せばいいんだよ。生きるつもりがなかったのに気がついたらのっぴきならなくなってしまった現実ってのが浮気男の問題なんだ。」
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