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20020922







 泊まった宿は20euroで部屋もまずまず、トイレバスは共同だがごく清潔。

 バッグパッカーの身分なら贅沢ともいえる環境だが、落ち着いて向かう机がないのが難点だ。割高だが40euroの部屋に変えてもらう。机のみならずTV、トイレにバスタブまで付いている。宿替えすればもう5-10euro安いところが見つかりそうだが、もうここでいいやという気になる。移動すればするほど、忘れ物をする確率が高くなる。

 TVの置いてある机がいちばん広いので、TVは床に置き、机を窓際に移動し、ベッドのそばの小机に資料を置く。これで原稿を書く体勢は整った。もっとも書く時間をどう作るかという問題があるのだが。

 まずは近くのカフェでコーヒーを飲んで、朝の散歩。日曜で10時台とあっては、ほとんどの店は開いていない。こういうときは地形のみが手がかりだ。幸いリスボンは起伏が多い。坂をのぼれば、それは山の手だろうし、下ればそこは下町だろう。そして坂の途中には、上り下りに疲れた旅人の目をとらえる店があるはずだ。何軒かの古本屋に目をつける。坂の上は、山の手というよりは裏町という感じの通りも多い。このあたりは夜になってみないとどういう場所かわかりにくい。

 ロシオ広場近くに降りる、とある坂の途中にレストランを見つける。向かいの丘にはサン・ジョルジェ城が見える。あとで来てみよう。

 いったん宿に戻ってかちゃかちゃ文章を打ったあと、散歩がてら坂のレストランに行ってみる。席についてわかったが、ここで人々を見るのはなかなか楽しい。坂の途中は、いわば「峠の茶屋」で、つい立ち止まりがちな場所だ。宿の近くのレストランでもガルソンが熱心にメニューを見せる光景をよく見かけるが、多くの観光客はまるでキャッチセールスを相手にするように手を振ってさっさと行きすぎていた。
 それに対して、この店では、ほとんどの人が多かれ少なかれ逡巡を見せ、あるいは挨拶をする。まるで、声をかけられて初めて、坂を上ることのつらさに気づくかのようだ。ガルソンに示されたテーブルを見るついでに振り返って、ようやくここから城が見えるのに気づいたらしい人もいる。
 坂というのは、どこか人を没頭させる場所らしい。立ち止まることでとつぜん、頭が没していたことに気づくのだ。

 立ち止まる人々をサカナにイワシを食いワインを飲む。イワシとオリーブオイルはこんな風にヨーロッパの西の果てで出会うんだな。きれいにいただき満足。


 イワシの頭を食ったしいっぱつ探訪に出るか。まずはロシオ広場からすぐそばのサンタ・ジュスタのエレベーターに乗る。鉄骨装飾がすこぶる派手で、操作盤は古式ゆかしい円形型でハンドル付き、運転手の老人が改札係を兼ねている。操作盤の上には記録紙が下げてあって、上下するたびに老人は運行記録を書き込んでいる。


 上にはレストランと展望台があるだけ。それでも町中ということもあって結構流行っていた。坂の上への通路も設置されているのだがあいにく「安全上の理由で」ふさがっていた。



 さて日曜ならばどこぞでフリーマーケットをやってるだろうと思い、ツーリスト・インフォメーションに出かけて係のねーちゃんに聞くと「フリーマーケットは火曜と土曜です」と、まるでガイドブックにでも書いてあるようなお答え。「ええと、小さなやつでもいいんですが、絵はがきとか売ってるようなのがないですか」とおずおず聞くが「いいえ、リスボンでは火曜と土曜にしかフリーマーケットをやってません」と、まるで子供に諭すようにお答えになる。

 人のアドバイスは素直に聞くものである。フリーマーケットはあきらめて、とりあえずパリで教わった絵はがき屋を探してみる。頼りは通りの名前の書かれた住所と絵はがき屋の名前と、地下鉄の最寄り駅、そして近くにあるという映画館の名前。

 これだけ手がかりがあればすぐに見つかると思ったが、どっこいそうは行かなかった。通りの名前は地図に載ってない。あたりを歩いている人に通りと映画館の名前を言うと、「あー、たぶん2つめ角の辺だよ」などと言ってくれるのだが、それは別の映画館だったりする。結局小一時間ほどあたりをうろうろするが見つからない。まあ日曜だし、たとえたどりついても休みだろう。散歩時間に変更することにして、ぶらぶらあたりを歩いてから手近なメトロに乗る。



 乗り換え線があるので乗り換えてみる。赤い線はオリエンテ行き。止まる駅ひとつひとつが赤や黄色のきらびやかな意匠で天井が高く、なかなか工夫されている。これは98年の万博に向けて開通した線らしい。
 終点のオリエンテは万博会場跡。地下鉄駅を降りて上がると、すぐにショッピング街がある。「ヴァスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター」。世界征服の野望を感じさせるネーミング。真ん中は吹き抜けになっていて(安土城だ)、ガラス天井をつたって水が始終流れ落ちている。東側はテラスになっていてテージョ河が見渡せる。河とは言っても、見た感じは琵琶湖くらいの大きさの河口で、汽水状態になっている。


 博覧会研究会の発表ネタづくりにあたりを歩き回る。ロープウェイに乗り、そして当然塔にも登る。これまた「ヴァスコ・ダ・ガマ・タワー」と名付けられているのだが、客はいたって少ない。
 エレベータにはぼくと係員だけ。しばらく上がっていきなりエレベータ坑が透明になり係員が「パノラマ!」と言うと、なるほどテージョ河が一面に見える。しかし驚いたのはむしろ眼下で、タワーの真下はちょうど船の形になっていた。なるほど、このばかでかい塔はいわばマストというわけだ。

 係員の「パノラマ」ということばには視界が広いという意味だけでなく「視界が開ける」という感覚が入っている。つまり、暗いところから明るいところへ、狭いところから広いところへ出るという感覚が入っている。この動的なパノラマ感覚を覚えておくこと。

 ショッピング・センターで市場価格をあれこれ見る。やはり物価は安い(もちろんそれだけ所得も安いということなのだろうが)。床屋は散髪のみなら10Euro。テレホンジャックのコードが2Euro。無印良品に似たシンプルな趣味の生活雑貨屋もあったが、そんな中になぜか扇形をした漆塗りの和風お膳があった。さすが南蛮文化発祥の地。そういえば、鴨ナンバンのナンバンは南蛮のナンバンなのか。

 結局、8時くらいまでいて、宿に帰る。坂のレストランで晩飯。

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