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20020923







 昨日あきらめた絵はがき屋をもう一度攻めるべくインフォへ。係は昨日と同じねーちゃんで、通りの名前を書いても「It's nothing」だし、手がかりをいくつか言ってもさっぱりだし、それならと最寄りの地下鉄駅を言うと「その駅はここです」とご丁寧に地図で指さしてくれる。いや、知りたいのは駅の場所ではないのだが。

 もういい。とにかく行ってみよう。昨日と同じ駅で降り、今度は通りすがりの人ではなく、本屋の店主に聞いた結果、どうやら昨日とは90度違う方角にあることがわかった。行ってみると付近は再開発中らしく、なんというかおおよそ絵はがき屋がありそうな雰囲気ではない。
 あちこちうろうろするうちにようやく目指す通りの名前を発見。番号をたどっていくと、おお、ウインドウの向こうにはがきサイズの仕切り箱が。というわけで、ようやく絵はがき屋に行き当たる。
 店主とNumiCartaのことやらヨーロッパの絵はがき事情のことなどいろいろ話すうちに、じつは昨日、絵はがきや紙ものの出る市があったことが分かった。くそったれ、あのアホ係め。なーにが「リスボンでは火曜と土曜しかフリーマーケットはありません」だ。

 「でもだいじょうぶ、結局リスボンの店の連中が出店してたから、あちこちまわれば同じことだよ」と言われて、結局、この店を振り出しに芋づる式にあちこちの絵はがき屋をたずね歩くことになった。

 初めて来た街で紙ものの店だの絵はがき屋だのを回っていると、いきなり街の抜け穴ばかりたどっているようなおかしな気分になる。パリでもそうだったが、リスボンではいっそうその感が強い。
 パリの絵はがき屋は、点在してはいるものの、たいていそれらしい本屋や骨董屋のすぐそばにあるし、表からそれと分かる。それに対してリスボンでは、およそ殺風景な場所にいきなりあったりする。建物の2階や3階の一室でやっているところも何軒かあって、しかも扉が閉まっていたりする。ノックして中に入ると、店主が絵はがきを繰る手を止めて目を上げる。めずらしい東洋人を品定めするような目だ。

 とはいえ、おそらくどんなコレクターの世界でもそうであるように、しかるべきことを尋ねてしかるべき行動をとればじきに客として認めてもらえるし、店主や他の客とあれこれ話したり、おまけ情報をあれこれ教えてもらったりできる。聞かないことまで教えてくれることもある。
 そして、リスボンの店主は絵はがき屋にしても骨董屋にしても総じて親切で、何も買わない場合でも別の店をあれこれ教えてくれた。

 残念ながら日本の絵はがきについては「ああ、少し前にずいぶん売っちゃったよ」の連続で、たいしたものはなかった。どうやら同好の士がここリスボンにまで来ているらしい。それでも、他のジャンルについてはいくつか出物があった。
 おもしろいのはファンタジー系やユーモア系にやはりお国柄が出るところで、ポルトガルのは、妙にグロテスクでえげつないイラストものが多い。送られてもちょっと困る感じである。このあたりおフランスの洒脱さとはひと味違う感じだ。



 ところで今日は、捜し物をしながらBarで飲むというのを覚えた。

 宿の近くのレストランは、スイスよりは断然安いとはいえいかにもツーリストプライスで、こんなところでしょっちゅう食うのが普通とは思えない。で、地元の人はというと、Barとかジンジーニャとかセルヴェージャとか書いてあるところでたまっている。どれも基本はカウンタで立ち食い、立ち飲みと見た。

 要領が分からないのでとりあえずまねをしてその辺のBarに入ってみる。ガラスケースの中のコロッケみたいなやつをいくつか指さして、ワインを頼む。コップ一杯になみなみとついでくれる。コロッケは挽肉か魚肉で、特に魚肉はかみしめるとなかなか旨い。白ワインといい相性。
 ぱくぱく食べていい気持ちになってから、仕上げにビッカ(エスプレッソ)を頼み、「ア・ミーニャ・コンタ」と言うと、伝票はなんと1.3Euro。激安。ポーランド以来の衝撃。なるほどみんなここに来るはずだ。

 で、こういうBarがいたるところにある。要領が分かったので、以後、歩き疲れるたびに、そこらのBarに入って、ワインとつまみとビッカを頼んだ。頼めば即、目の前で注がれる。飲み終わったらすぐ出る。歩いて捜し物をするうちに酒は醒める。で、また飲む。店ごとに微妙に味が違って楽しい。ぼくはいつもは日に缶ビール1,2本しか飲まないが、このやり方だとワインボトル一本分くらい飲めてしまう。メニューを見るとワイン以外も総じて安い。

 Ginginhaの入口では、ときどき物乞いが掌のコインを見せて「10セントくれよ」と言っている。つまりあと10セントで一杯飲めるというわけだ。酒のために金を乞う街。酔っぱらいが道に倒れている街。酒飲みにはたまらん街だ。

 リスボンのBarのオヤジは概してよく働く。エスプレッソマシンの容器を、どやしつけるようにガンガンと叩く。だいたいコーヒー豆の絞りかすを捨てるときは大きな音がするものではあるが、リスボンのはひときわでかい。役立たずはこうじゃ!と言わんばかりに念のこもった非情。エキスを搾り取られてくたくたになった粉は、力なくはらはら落ちる。この音で他の従業員のたがを思い切り締め上げる。ついでに客のたがも締め上げる。

 新しい粉を詰めてマシンに仕込むと、コーヒーが出るわずかな間に手早く人数分の皿とSical(砂糖)の袋とスプーンをカウンタに置く。そこにカップをがしゃんと置いたらカウンタからテーブルに出撃。手ぶらで戻ってくることはほとんどなく、いつも複数の人数分の皿かカップかボトルを手に提げている。無愛想で、無駄口を叩かない。叩くヒマがない。勘定をしようかなと目線を送ると、わかってる、あとでな、という感じの目線を返してきて、またカウンタとテーブルの間を何往復かしたあと、ようやくこちらにやってくる。物わかりが悪そうな相手(ぼくのことだ)と見ると、しゃしゃっと値段を走り書きして、いいな、と念を押す。
 この無愛想なオヤジのスキをついて短い会話をするのが、常連の特権という感じである。かくして、エスプレッソガンガンに屈することなく平然と飲む、マッチョカウンタ世界ができあがる。



 酔いと絵はがき探しで疲れて、最後によろよろと入った本屋でローレンツ「人、イヌに会う」のスペイン語版を見つけたところで終了。これは日高さんへのおみやげだな。リスボンの古本屋は総じて、間口は狭いが中は広い。そして内装が美しい。豪邸の書架かと思うこともある。日本の古本屋の、くたびれた書棚に埃がたまってる感じがちょっと懐かしい。



 今日も坂のレストランで夕食。表の席にすわって坂を行き過ぎる人を見ながらぼんやりする。
 7時過ぎ、通りはようやく黄昏始めた頃で、まだ飯の時間には早い。ガルソンはヒマにまかせてメニューを指で回す。2、3回転ほどで落ちてしまう。人が通るたびに声をかけなくてはならないので、練習は何度も中断する。彼が染太郎染之助並みになるのはいつのことだろう。
 黄昏が濃くなってくる。坂の真ん中に置かれたテーブルの両側には三脚が立っていて、その上に蛍光灯がくっついている。ガルソンが蛍光管をひねると、ちかちかと羽虫のたてるような音が聞こえて灯りがともる。この蛍光管ひねりがスイッチの代わりらしい。客足の少なさが気になってきたのか主人が表に出てきて、オラだかコラだかガルソンにハッパをかけ、メニューを取り上げてパンと叩く。壁にかかったスピーカーから曲が流れ出す。スピーカーの声が盛り上がるたびに、主人はそこに自分の声を重ねるように歌う。途切れ途切れの犬の遠吠えに似ている。
 主人は、パンパンとメニューを叩いては、アミーゴ、マイ・フレンドと芝居がかった口調で観光客に握手を求める。「ベルリン・天使の詩」に出てくるピーター・フォークの手つきに似ている。ひと組がうながされるようにテーブルにつくと、また遠吠えをはりあげながら店に引っ込む。不思議そうにその後ろ姿を追う観光客のもとに、真人間役のガルソンが落ち着き払ってやってくる。

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