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20020924







 かなり旅の疲れがたまってきているらしい。朝起きてからなかなか外に出る気にならない。昨日Barで飲み過ぎたのが原因か。せいぜい自重しよう。



 火曜日なので(例のインフォ係のアドバイスに従って)Campo Santa Claraの泥棒市(Feira da Ladra)に行くことにする。28番の市電は、信じられないような狭いカーブをすり抜け、すれ違う人を壁にへばりつかせている。いっぽう車内は客でぎっしり。
 手すりにへばりつきながら、壁にへばりつく人を見るうちに、人がぞろぞろ降り始めた。たぶんここだろうとその人波についていく。

 教会のそばの道を抜けると、点々とシートの上に品物を置いた人々がいて、坂を下るに従ってその数が増えていく。電化製品のジャンクが多く、基盤にコード、フジカシングル8やプロジェクタものなどなど、近所に住んでいたら安くてろくでもないものをいくらでも買っているところだが、旅先ゆえ、かさばるものは避ける。

 ジョルジーニョの「リトル・エゴ」(リトル・ネモのパロディ版、女がエロチックな夢を見ては覚める話)のポルトガル語版。そしてしつこく絵はがき。とある店であれこれたずねては繰っていると、「君ならあそこに行くといいんじゃないかな、彼はこの業界では有名だよ。ええと・・・」と電話で住所を確かめてくれる。また新しい店、新しい通りだ。



 アルファルマを散歩。今度は壁にへばりつく側。
 歩き疲れてBarで一休み。酒はひかえてスープ。うまい。アルミの容器にたっぷり入って0.8 Euro。昼飯終わり。

 適当に高みを目指すと、毎夜眺めているサン・ジョルジェ城に出る。城壁と城塞以外何もないのだが、どこを見ても石なので、かえって手がかりが失われ、独特の迷宮感が生まれる。城の上をぐるぐる回るうちに、城壁に囲まれた何もない空間も意味ありげに見えてくる。
 さらには、ここの手すりはほんの申し訳ていどにしかついていない。飛び降りようと思えばいくらでも飛び降りることが出来る。すぐそこにある雨樋や壁の上も、歩けないことはなさそうだ(だれも実行してはいないが)。
 スーパーマリオの脚力とジャンプ力があればかなり遊べるだろう。そして、階段の陰にはコインがあって、どこかの石を叩くと1upキノコが現れるに違いない。

 そしてここにはなんとカメラ・オブスクラがある。残念ながらメンテナンス中でふさがっていたが、丘の上から見渡すリスボンをカメラ(部屋)の中で見るのはさぞかし楽しいだろう。もう一度リスボンに来ようかな。



 ホテルに帰ってしばらく横になってから、泥棒市で教えてもらったとある本屋へ。またしても、地上階ではなく一階だ。看板も一階に上がっている。通りがかりに見上げない限り、そこに本屋があるとは気づかないだろう。

 一階に上がってはみたものの、扉が閉まっているので呼び鈴を押してみる。誰も答えない。ドアのレバーを押すと扉は開いて、部屋の中央には机、その前に店主らしき恰幅のよい男が座って、眼鏡をずらせてこちらを覗き見ている。

 なんだ、いるじゃないか。

 さがしものをたずねると、「ナゥン、ここには古絵はがきは全然ない」と、まるで勘違いをあしらうような口調で答える。それは残念、と答えて、しかし高い壁一面に並んだ書架にしばらく見とれていると、「ああ、ちょっと。彼についていきなさい」と言う。そばにはいつの間にか店主とは対照的に痩せた背の高い男がいて、人差し指で来るように示すとすたすたと歩き始める。屋内とは思えない早足だ。部屋を曲がり、部屋の暗がりを過ぎ、部屋の灯りをともし、そして曲がるとそこにはさらに別の部屋がある。男は棚のいちばん端まで来て立ち止まり、また無言で指をさす。通り過ぎた本棚の量に頭がじんとして、さされた一角に焦点が合うのにしばらく時間がかかった。

 そこには、英語とスペイン語とポルトガル語の背表紙がずらりと並んでいる。全部、絵はがきの文献だった。

 それからそこに小1時間くらいいただろうか。棚を全部買って帰ろうかとも思ったが、いや、まだぼくには早そうだと思い、それに誰かぼくみたいな奴がこんな風にここにたどりついたときに見つける本が必要だとも思い、ごく基本的な本を三冊ほど選んだ。

 人の気配がないので、隣の大部屋に出てあたりを見回すと、それはいくつめの部屋なのだろう、さっきは気づかなかったもうひとつの部屋があり、そこで痩せ男がリトグラフを整理している。セニョール、と声をかけるが反応がない。もう一度声をかけると、あっちに行け、というように無言で入口の方を指さす。
 再び書架の間を抜けて、最初の部屋に戻り本を差し出す。店主はまるではじめから手元に置いてあったものを調べるかのように数字を紙に書きとめ、値段を言う。

 支払いが済み、袋に入れて手渡してくれるときに、「たくさん買ってくれてありがとう」と店主ははじめて微笑んだ。商人と客という関係はそれで終わりだった。扉を出るときに、アデウス、と声をかけたが、彼はもう机の書物に向かっていて、答えもしなかった。

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