年の暮れ。あちこち拭き掃除。テレビをちらちら見るうちに、すっかりこたつに腰を落ち着けてしまう。のんびりとした年越し。
個人タクシーの運転手さんに「いい正月を迎えられそうですか」とたずねられた。年の暮れのタクシーに乗り合わせることは、乗る方にとっても運転するほうにとっても、どこか今年がどんな年だったのかを考えるために巡り合わせたようなところがある。狭い車内で、特別な時間を一緒に過ごしているような気になる。
京都へ。同時代ギャラリーの写真展。吉田くん、来田くんにあれこれと撮影するときの話を聞く。帰りにちょっとカフェ工船。原稿を書いてから彦根へ。
先日のすずかけ作業所の方々とのワークショップのことを、もう少しメモしておきたい。
ひろこさん(?名前を失念してしまった)の絵は、ドラエもんに似たものがいくつも書かれている。いや、おそらくはドラエもんなのだろう。少なくとも、近くにいた学生は、彼女の絵のそばに達者なドラエもんの線画を描いていた。彼女の絵に反応してのことだろう。
ところが、そのクレヨンで描かれたドラエもんは、学生のドラエもんとは、様子が違う。それは、律儀に塗られた色だ。外側を青く塗るだけでなく、ひろこさんは、口の周りの内側を白く塗る。紙が白いから、その効果はきわめて見えにくい。にもかかわらず、そこはあくまで「白」なのだ。それも端から、塗り残しのないように塗られていく。幸恵さんが「たらり」派ならば、ひろこさんは「塗り」派というところか。
この作業をさらに徹底させているのが、伊東鉄也さんだった。伊東さんはポスターカラーを使って絵を描く。まず、輪郭線を描き、それから、その中身を少しずつ、丁寧に塗っていく。蛍光色のポスターカラーが、紙の繊維を削るほどにびっしりと塗られていく。インクがすぐに減るのだろう、伊東さんはときどき、ポスターカラーの芯をガシガシガシと何度も紙に押しつけてインクを補充している(ポスカラは、芯を押すとインクが出る仕組みになっている)。さらに、ペンを何度も降って筒の中のインクを混ぜる。この、ガシガシ、カラカラの音が、伊東さんの時間の句読点のようになって、塗りが進んでいく。
そうやってできるのは、たとえば、黄色い胴体とオレンジの尻尾を持つ海老フライだ。形は単純なのだが、塗りが完璧なので、やけにポップなデザインに見える。
隣の咲さんは、伊東さんとは対照的に、線の人だ。
メンソール、と書かれたスプレーの先からシューッとガスが噴出している線画がいくつも描かれている。よく見ると、「メンソール」がときどき「メデゾール」になっている。
最初は、気まぐれに付けた名前なのかと思っていた。が、それにしては、なんだか文字がシャープで絵になっている。
一緒に見ていた小暮さんが、「この人の縦の線いいなあ」というので、気がついた。濁点が、点ではない。縦線だ。それも「テ」や「ソ」の字と同じくらいの丈を持つ縦線でシュッと鋭く弾かれている。それに比べると、「ー」のような横線はあっさり短く引かれている。
どうやら、咲さんは、向こうから手前に線を下ろしてくるのが好きらしい。それが濁点を線化させ、線化した濁点を名前に追加させた。と、考えるなら、「メデゾール」というのは、けして気まぐれな名称変更ではないのではないか。
おもしろいことに、そばに、やはり学生さんの描いた「メデゾール」の模写があった。その学生の絵は、スプレーの部分はなかなかよく描けているのだが、文字のところがちょっと違う。濁点が、「テ」や「ソ」の右肩に、短く書かれている。たぶん、学生にとって濁点は、音を濁らせるための記号であり、それは右肩というしかるべき位置にあるという考えが、無意識のうちに起こったのだろう。そのいっぽうで、咲さんの書いた濁点の思いがけない長さは、見逃された。
文字と絵という通常の区別が越えられるという現象は、たくみくんの絵でも見られた。
たくみくんは、魚類図鑑を見ながら、そこに並んだ魚を一匹ずつ、引き写していく。引き写すといってもただのコピーではなく、輪郭の取り方、魚の顔の書き方に彼独特の作法があって、なんとも愛らしい魚が並ぶことになる。
ぐにゃぐにゃと引かれた胴体の輪郭の次にヒレのところに来て、おや、と思った。急にたくみくんの視線が何度も図鑑と手元を往復し出す。たくみくんは、ヒレを「コ」の字に描こうとして、「コ」の一画一画の向きを図鑑で確かめている。
そして、同じことが、魚の名前を書くときにも起こった。「マイワシ」と書こうとして、字の一画一画の向きをたくみくんは確かめている。
つまりたくみくんは、魚のヒレとカタカナとを、同じ書法で書いているのである。その意味では、そばに書かれたカタカナは、魚から切り離されたもうひとつのヒレと言ってもいい。
尼崎昌弘さんは、ある意味で今日のメンバーの中ではいちばん達者な線を描く人だ。筆で描いた線をそのまま活かすような描き方は、メンバーの中でも珍しい。それでも、やはり輪郭をまず描いてからその内部、という構成ははっきりしている。
その隣の西本尚美さんは円の重なりのような輪郭を描き、やはり塗っていく。エリアの端から始まり、ゆっくりと時間をかけて塗られる色。ひとつの領域を、均等な色で丹念に塗っていく時間には、「芸術」や「アート」というような晴れやかさがあるわけではなく、むしろ、地道な作業といっていい。しかし、そうした作業に時間を捧げている西本さんを見ていると、むしろ、線から線へ、色から色へと性急に移ることがどれほどアーティスティックなのだろう、と思えてくる。
舛次崇さんの絵は、メンバーの中ではもっとも抽象的で、謎めいて見える。しかし、彼の前にはいつも対象となる静物が置かれているのだという。今日は、水入れのポンプと、なぜか木琴のバチが二つと、筆入れだった。
舛次さんは、パステルで線を何度も引くことで色を重ねていく。しばらくすると、消しゴムを手にして、線のエッジを消していく。
消すというよりは、消しゴムによって、線のそばに白い領域を塗っていくような感じだ。消しゴムはみるみる減り、消しゴムのかすが大量に出る。すると舛次さん、画用紙を縦にとんとんとやって、かすを落とす。この作業がじつにゆったりとしていて、単にいらないものを落とすというよりは、とんとんと画用紙を立てて音を鳴らす儀式のように見える。
消しゴムのかすはすべてがきれいに落ちるわけではなく、一部が画用紙にこびりついている。それでもかまわずに舛次さんは書いていく。白い消しあとに手についたパステルがこすれて、うっすらと色が着く。パステルが線からはみでると、また消しゴムでエッジを消す。とんとん。
こうして、パステルが塗られた部分は、何度もパステルで往復され、紙の繊維が浮き立つまでに塗り込められた領域となる。余白は、エッジが白く、中にうっすらパステルが擦れたような、ぼんやりとした領域となる。色の領域からも余白からも、何か、描かれたもの以外の気配が立ち上がってくるような、不思議な画面となる。
モデルとなる静物は、絵を描いている途中で入れ替わったり取り除かれたりする。また、舛次さんは、画面を必ずしも一方向から描いているわけではなく、描きやすい方向から、ときどき絵の向きを変えながら描いていく。目の前のものと絵との対応性よりも、絵の中の論理にとりつかれているように見える。
描かれた結果である絵を見るだけでも魅力的なのだが、舛次さんの描く過程を見たあとでは、絵が、幾重にも積分された時間、この世にあるものとないものとが交錯する空間のように見える。
20071229 トタンより田に降る雀 年の暮れ
家の廊下を整理。部屋はむしろ混乱を増す。明日には書き物のできる環境にしたい。
ローフィーさん一家来訪。鍋を囲む。マハーバラータとラーマヤーナのワヤン(影絵芝居)DVDを、ローフィーさんの解説付きで見る。
マハーバーラタのあらすじについては、マハーバーラタが詳しい。
見たのは、ビマが双子をやっつけるくだりで、主に戦いの場面。ふつう、おめでたい席などでやるのは、ビマの誕生場面などだそうで、こういう血なまぐさいのは滅多にやらないそうだ。
語りのところが長々と続くいっぽうで、戦いの場面はとてもすばやい。登場人物が矢で射られる場面も、矢を付けた棒が人物の体のうしろを(ワヤンは影絵なので、人形のほうに前後関係があっても、影は重なって見える)さっと左から右へ通過させるだけ。そのあまりの素早さに「暗殺」ということばが思い浮かぶ。
ワヤンの表現がおもしろいのは、影が二次元の存在なのに、影を映す人形は三次元で動くところ。
人形たちは、ふだんは幕にぴたりと貼りついているのだが、相手を襲うときは、幕からぱっと離れていきなり相手の弱点を体で打つ。このとき、人形が幕から離れるので、一瞬影が大きくふくらむ。そして、弱点を打つときは、あたかも幕の上に相手を押さえつける如しだ。
この過程で生じる影の拡大と縮小の動きのおかげで、攻撃する者の体が、いきなり力を得て大きくなるように感じられる。
卒論ゼミ、ロングバージョン。今年は例年になくスタートは早かったのだが、気がつくとこれまででもっとも遅い展開に。とはいえ、わたしがいくら焦ったところで、卒論を書くのは学生諸君である。この冬休みに励んでいただくことを願うばかり。
あれこれやらねばならぬこと満載だが、もう今年の公的活動は店じまい。
朝一番の新幹線で彦根へ。車内で本日のアレンジを考えるつもりだったが、爆睡。
大学の会議。
午後、京都へ。今回は木下くんとデュオのかえる属。
まず河原町のカラオケ屋でリハ。やっぱり実際に弾いてもらうといろいろアイディアが出る。冬休みのせいか、まだ夕方なのにけっこう客が入っていて、周囲から楽しげな声が漏れ聞こえてくる。ぼくたちの部屋はPA消音、バイオリンと声のかそけき調べ。
urbanguildへ。かえる属の出番はトップ。
数々の問題点は忘れるとして、いつもと違うことをいろいろやって別の可能性が見えた感じ。
ところで。
昨日、最弱音にて演奏中に、ものすごい衝撃音とともにPAがボン! 思わず演奏を止めてしまい、ざわついた客席とともに「なんだろう?」と言ってしまった。
その直後、わたしは、あの人の気持ちが心の底からよくわかったのです。
奇跡の人オーディションで、北島マヤと姫川亜弓に深い敗北を感じて去っていった金谷さんの気持ちが。
リリパット@urbanguild かえる属 2007.12.27
(PAは暴発しません)
http://12kai.com/liliput_20071227.mp3
勝野さんの華麗なギター。
長谷川健一の歌。今日のハセケンは、なんだか部屋で歌うようなボーカルコントロールをするシーンがいくつかあったように思う。小さい声になったところですごく微妙な表現に向かう。
そのせいなのだろうか、帰ってから見た夢の中で彼の歌が何曲も鳴った。
午後、初台のグループ・タックへ。杉井ギサブローさんの新作に、ほんの少し関わらせていただくことになった。
「鉄腕アトム」「悟空の大冒険」「まんが日本昔ばなし」をリアルタイムで見ていたぼくに、杉井さんの影響がどのような形で入り込んでいるかは、もはや分析不可能だ。ましてや「銀河鉄道の夜」は、ぼくの劇場版アニメ体験の中で、まちがいなくオールタイムベストである。ザネリの「ラッコの上着がくーるよ」だって、牛乳屋の「はい、オツリ」だって真似できるのだ。
この現在の事態とそういう経験とが、まだつながってるのかどうかすら実感できない。嘘じゃないだろうか。
しかし、現実は淡々と進む。
今回はスタッフの方々と顔合わせ、そしてぼくの手持ちの話をあれこれさせていただく。
ものづくりをしている方々の反応は、具体的で奥が深い。時間を忘れそう。
美術設定の阿部行夫さんに「アニメーションの仕事に関わられたのは、はじめてですか?」と尋ねられる。はい、と答えると、「わあ、じゃあ、楽しみですね。アニメーションが完成したときの感じはね、もうなんともいえないんですよ」とにこにこされる。「試写会になるころはもう、なんにもやることがなくてね、ああ終わったなあって」。ああ、楽しみだなあ。「あの最後の字幕に、名前出たりしますよ」。わあ。
宇波邸で忘年会。東欧メタルを聴きながら柔らかい肉をほおばり、Lilmag直売で、宇波・泉組の狂ったマンガを読む。気がついたら漫画ばっか読んでる。ここは漫喫か。
いましろたかし「化け猫あんずちゃん」、いいなあ。胴体の線、すごいな。マンガの世界じゃない線。あの世の線。
フィッシャー先生の来日に合わせて、国立情報研で研究会。
あとで軽く飲み会。軽く、のはずだったが、ついビールを飲み過ぎ、帰りに何度も電車を間違え、乗り過ごす。
神保町から都営新宿線に乗って新宿を目指すつもりが、
気がつくと白山に。そこから、神保町に戻るつもりが、
気がつくと白金高輪に。もう夜中なので神保町はあきらめ
水道橋に。そこから総武線に乗って新宿に。
と書けば、わかる人にはその間違えっぷりがわかるだろうか。
せっかくのクリスマスなので二句。
新宿三越前
夜半を過ぎメリークリスマス剥ぐスプレー
歌舞伎町
焼肉の金網放(ほう)かすクリスマス
昼、ゆうこさんのリクエストで、箸できれるお肉を食いに行く。ゼミ生を呼び出し、ちょっと卒論指導。そしてLaTeX。
プログラムはキライではなく、Basic, Pascal, Cと手をつけ、Macを使い初めてからは、HyperCardやAppleScriptにもずっぽりはまってきた。
そのいっぽうで、なぜかUNIXやLINUXには、必要最小限以上の手を付けないようにしてきた。別にこれらの環境が悪いからではなく、おそらく手を付けだしたら、ぼくの性分から考えて、とんでもなく時間を投入しそうだからだ。
TeXもそうだった。
タグうちはキライではない。いまでも日記その他のHTMLは手打ちでタグを打っているくらいで、スタイルシートのように、あらかじめスタイル用のタグとスタイル指定のファイルを分ける発想もいいと思っている。
それでも、TeXは敬遠していた。そこに、自分の時間を湯水のように投入させようとする、陰謀めいたものを感じていたからだ。
人工知能学会関係の研究会に出るたびに、TeX使いにあらねば人にあらずといった、高飛車でしちめんどくさい(と当時は感じた)要旨の形式に閉口し、意地でもTeX以外で書いてやると、Illustratorで疑似ファイルまで作ったこともあった。
しかし、今回、チュートリアル論文を書くことになって、ついに降参することにした。
だって、節の数を変えるたびに節番号を変えてフォントを変えて・・・とか。
参考文献の形式を全部書き直して・・・とか。
もうウンザリなんだもん。
Wordのごちゃごちゃした編集環境も苦手なんだもん。
とはいうものの、手元のMacBookにLINUXをインストールして、そこにTeXを入れて・・・などという迂遠な(そして楽しい)ことに手を出すつもりはない。
あくまで、「なんやよう知らんけど、TeXちゅうもんがあるみたいやな、うちのパソコンにも、それ入るんか? それ、手っ取り早う言うたらどういうもんやねん?」というオッサン的態度で臨む。
よって、ネットで丹念に情報を集めるというのもナシ。とっとと本屋に向かう。
明らかに聖典度の高そうな「[改訂第4版] LaTeX2ε美文書作成入門」を横目で眺めつつ、これはまだワタシには早いと思い、「一週間でマスターするLATEX2ε—for Win&Mac」の方を買う。
「一週間・・・」は、いまの自分に必要な情報が過不足なく掲載されており、ありがたい本だった。インストールしたTeXSHOPを最新版に書き換えて、さっそくタイトルと著者名、骨子あたりを打ち込んでPDF化してみる。おお、これはまさしく、人工知能学会論文でよく見る、あの形式ではないか。
みんなこんな便利な道具を使って論文を書いていたんだな。なんだ。早く教えてくれればいいのに(自分が教わらなかっただけなのだが)。
しかし、文書作成には、どうも細かいTIPS(もしくはつまずきの石)がいくつもあり、案の定、時間をいくらでも食う展開になりつつある。
この調子で、肝心の論文のほうはできるのであろうか・・・
会話分析研究会@京都教育大学。
研究会でやる「練習問題」は、いつも数個の会話断片が示されて、そこに埋め込まれている、ある共通の現象について答えることになっている。本日の正解は、トピックの最初に起こる重複シークエンスのパリエーションだった。うーん、今日もはずれた。
データは戸江くん提供の、子育てNPOでの会話。スーパーで子どもを「降ろす」ことについての会話なのだが、これがさっぱりわからない。
ところが子育て経験のあるメンバーは「わかるわかる!」と言う。彼らの説明を聞くうちにようやく、スーパーで子どもをカートやベビーカーから離れて立たせることが、どのような混乱を引き起こすものなのかを理解する。
子育て経験者にとっては、たとえば「最近、うちの子、カートに乗らなくなっちゃった」というひとことが、子どもの成長におけるある段階を一気に理解させてしまうらしい。
子どもの成長を語りあう会話には、そこに過去の来歴があり、さらには他の子どもとの比較があり、さらに、自分の子どもがやがて至るであろう成長段階への期待と不安があり、それらが濃密に次なることばへの投射を生んでいる。会話の形式もさることながら、そういう状況設定がおもしろいデータだった。
UCLAでお世話になったシマコさん、アリさんに久しぶりに会う。ピーツのコーヒーをもらった。
21日の昼から、すずかけ作業所の方々と大阪成蹊大学の学生のワークショップ。
すずかけ作業所の人たちが、はたよしこさんの始めた絵画教室をきっかけに、この10年ほどのうちにすごい作品を作るようになっている、という話は、うわさには聞いていた。聞いていたが、どの方がどんな作品を作るのかはとんと知らなかった。
そんな、ほとんど何も知らないわたしに、山下里加さんから「ワークショップのあとの公開講座にご登場願えないでしょうか」とメールがあって、山下さんのことだから何かモクロミがあるのだろうと思って、二つ返事で引き受けた。
とは言うものの、当日までに決まったことは、
・当日、学生と作業所の人たちがいっしょに絵を描くので、それを見る。
・そのあとで、それをもとに、何か話をする。
これだけ。
取り立てて準備をすることもなく、ネットで検索することすらなく、ほとんど手ぶらで現地入りした。
この「手ぶら方式」はライブや映画に行くときにも、よく使っている。
ぼくの専門は、日常のことばと身体運動と環境内のできごととの時間関係を観察することなので、もし、世間で言われていること以外に何か言えるとしたら、それは、観察してわかったこと、だろう。
だから、なるべく予習をしない。そして、それがどんな分野かとか、世間でどう評価されてるかとかいうことは考えない。その代わり、その場に行ったら、できるだけそこで起こっていることに意識を集中する。
簡単な方法だから、相性というものがあって、どこで見るかとか、そこにどんな人がいるかによって、おもしろい結果になることもあれば、見ていてピンと来ないときもある。
さて、今回のワークショップは、発見が多かった。
いろいろ大事なことを思いついたと思う。というわけで、例によって覚え書き。長いよ。
まず、竹村幸恵さんが学生たちと絵を描いているところをしばらく見た。
幸恵さんの絵のスタイルは通称「たらり」と呼ばれている。垂直に立てた紙に、絵の具の缶から刷毛をひょいと投げるように付ける。絵の具が紙に付いて、下に、つーっと垂れていく。それで「たらり」。
横で、学生たちが、見よう見まねで「たらり」をやっている。そのうち、「おもしろーい」という声があがって、ぺたん、ぺたんとあちこちで絵の具を紙に乗せる人が出てくる。
ところが、幸恵さんの動作と学生の動作が、圧倒的に違う。
一見すると、ただ刷毛を紙にとんとつけるだけのことなのに、まるで異なって見える。なぜだろう。
しばらく見ていると、まず、絵の具の垂れ方が違うことがわかった。幸恵さんがやると、缶から紙に刷毛を移動するあいだに、ほとんど絵の具が垂れない。ところが学生がやるとぼたぼたと垂れる。
さらによく見てみると、幸恵さんは学生に比べて、缶と紙との間を往復する刷毛が、すごく速く動く。ネコパンチみたいだ。
その他の動きは、むしろ学生より遅いので、一見、ごくゆっくりやってるように見えるのだが、じつは刷毛が移動するときだけ、さっと素早い。
さらに、絵の具を紙に乗せたあとが違う。
学生の多くは、紙を乗せる位置を気にしている。だから刷毛が紙に乗るまでは位置を気にして刷毛の動きを目で追っているのだが、乗せると間もなく、缶の上や周りの動きに目線が移る。
でも幸恵さんは違う。
幸恵さんは、刷毛でとんと紙に触れたあと、必ず「あーーーー」と言う。このとき、目が、紙の上を垂れていく絵の具を追っている。幸恵さんの目線の先で、絵の具の滴は、隣り合った絵の具の滴と合流して、太い川筋となったり、色の違う絵の具と混じって鈍い縞模様をみるみる変化させながら細くなっていく。
たぶん、幸恵さんは、そういう絵の具の滴の行方を見ているのだろう。
刷毛を素早く紙から離すことで、絵の具を置く動作から早く解放される。その結果、滴を見ることに集中できる。理にかなっている。感心してしまった。
滴を見る時間は、必ずしも絵の上には残らない。美しい縞模様の変転は、滴が紙の上を掃くうちにあらかた流れて、床に絵の具のたまりを作っていく。この絵が壁から外されるころには、ひとしずくの履歴は、他のいくつもの絵の具の「たらり」と呼応する一筋に過ぎなくなり、その変転を思い起こすことができる人はほとんどいなくなるだろう。
ある意味では、幸恵さんとキャッチボールをするように、交互にぺたぺたと絵の具を塗るのを楽しんでいる学生たちのほうが、ずっとスポーティーで、身軽で、彼らが見ていることと紙の上に残っていることとの差は、幸恵さんの見ていることと紙の上に残っていることとの差よりも、ずっと少ないとさえ言える。
にもかかわらず、幸恵さんは絵の具を紙に置くたびに「あーーーーー」と見つめることを止めない。それは彼女が絵を描くときに必ず組み込まれている行程らしかった。
(この項続く)
高島市のデイケアサービスセンターへ。
今日から6回シリーズで、お年寄りどうしで話をしてもらう回想法を用いた取り組みが始まる。ぼくはそこにお邪魔して、やりとりされる会話を調査するという役回り。カメラを三台かついで出かけて行った。
高島市は、直線距離なら彦根から十数キロだが、琵琶湖をぐるっと回るので、ちょっとした遠足だ。一度過ぎてきた近江富士や八幡山を対岸に遡っていくのは不思議な感じがする。
数人の方々と小さな部屋でしみじみとお話しする絵など頭に描きつつ、カメラはあんまり近づけんほうがいいかなー、ICレコーダーはこっそり置こうかなー、などと、車中、いろいろ段取りを空想する。
そしてデイケアセンターについて、会場に入ると・・・
なんと30人近くのお年寄りが、巨大な絵屏風を前にズラリと座り、話の始まるのを今か今かと待っておられたのである。
そして会が始まると、それからはもう、録音や録画どころではなかった。
あちこちの会話がセンターの天井にワーンと反響し、そうなるともう、耳の遠いお年寄りどうしのこと、離れた人との会話はあきらめて、隣の人と二人で話し込むことになる。一つのグループの中でいくつもの話が並行していく。
うわあ。
これはもはや、個々の会話を記録している場合ではない。
話が興に乗って、体を盛んに動かしておられる方もいて、ああ、この話を突っ込んで聞かなければ、と思う間もなく、すぐそばでまた別の話が始まる。わわわわわ。
あっという間に1時間のセッションは終わり、どこかホカホカした感じの空気が名残るうちに会は終了。
うん、このホカホカはいい。
いいが、しかし、これでは調査にならない。
見通しが甘すぎた。
次回はともかく、セッティングを全く考え直さないと。
しかし、こういう予想外のことが起こるから、現場は行ってみなければわからない。
センターを出ると妙に腹が減っていた。
高島町の老舗でふなずしを買う。
こころとからだ研究会(ここから研)。院生の藤本さんの発表。ニホンザル、チンパンジーと分厚いデータを取ってきた彼女の次なる研究は、意外や意外、ヒトの言語だった。マハレに点在するトングェの人々の言語使用状況を、徒歩移動で一軒一軒訪ねながら調査していくというもの。いまのところ基礎データを収集している段階のようだが、村一番の歌い手というおばあさんによる民謡がなんとも魅力的な節回し。繰り返し構造もおもしろい。歌と祭礼が密接に関わっているトングェの世界と、流行歌の世界の隔たりを考えてしまう。
藤本さんの土産話をいろいろ聞く。
卒論指導もそろそろ佳境。トランスクリプトの書き方などあれこれ。
論文校正(という名の書き直し)。会議。夜、上田先生・吉村さんと執筆打ち上げ。上田先生の施設長になるまでのさまざまな経緯を伺い驚く。
講義。紀要の校正。岩根さんに渡す。
午後、京都へ。コミュニケーションの自然誌研究会。京大の花村くんの発表。1000時間にわたるマハレのチンパンジー観察から、パントフートによる音声コミュニケーションの詳細を記述する研究。安易に機能を推測するのではなく、行為のシークエンスを丁寧に見ていきながら、どの個体がどのような状況でパントフートを発するのかを明らかにしていく。これには圧倒された。
パントフートを発した個体は、10秒ほど返事がないと、高みに駆け上がって、じっと遠方を見ていることもあるという。(これを花村くんは「声聴き」と呼ぶ)。パントフートで10秒以内に返事がもらえる頻度は、状況にもよるがおよそ10-20%というところらしい。
群れで生活しているとはいえ、視界の狭い森の中を移動しながら生活しているチンパンジーにとって、他個体がどこにいるかは容易にはわからない。パントフートはもしかしたら、他個体のいる場所を知ることにかかわっているのかもしれない。
パントフートの声は、返事がもらえるかどうかも不確かな空間に向かって放たれる。そのあと、チンパンジーはじっと耳を澄ます。
それに比べて、ヒトは、相手を前にしてからたくさんしゃべる。もう対面が実現したというのに、われわれはなんとべらべらとよく声を発することか。
「めなみ」で忘年会。夜半近くまで。
グループホームについての共著論文。トランスクリプトを増やしたので、思ったより時間がかかる。明け方になんとか上田先生、吉村さんに送る。
瀬田へ。今日は「ナラティブと臨床」研究会。松島恵介さんの発表。モノが記憶を阻害する可能性、というテーマ。コドモの頃に使っていたリコーダーの小ささが、大きくなってリコーダーに触れるとうまく思い出せない。あるいは、小学校に久しぶりに行って、当時の身体感覚と全然違う感じを味わう。そうしたスケーリングの問題を含め、モノに接することで「思い出し損なう」ことのあれこれについて考える。挙げられている事例を見ると、これは、単にモノが記憶を阻害しているというのではなく、モノによって「想起の失敗」に気づくという現象ではないかと思う。単に想起に失敗するのではなく、自分が失敗したということに気づかされる、というところがポイントか。
松島さんには「過去の体験至上主義」などと言ってしまったのだが、モノを手がかりにする前に自分が持っている淡い感覚、確かな感覚を、簡単にモノのもたらす想起に回収してしまうことには、確かに問題がある。モノの不在が喚起する想起について考えること。
瀬田駅前で飲みつつあれこれ話す。
朝、あわただしく京都を出て彦根へ。会議。パスポート切り替え(明後日で切れるところだった)、米原出張所が休みで大津へ。そのあと、京都のジェスチャー研究会サテライト。東京の花田さんの発表を聞く。カウンセリングにおけるさまざまな構えと繰り返し。
そのあと、京都組で食事。帰ってから論文。
午前中ゼミ、午後会議。そそくさと大学を発ち、京都へ。ガケ書房で、かえる目インストアライブ。マイクなしでただその場で歌う。お客さんはそれぞれ、書架と書架のあいだで本を読んだりしながら、背中で聞いているらしい。正面に見えている書架のスキマに向けて歌うと、本が声を吸っていくような錯覚にとらわれる。
端で聞いてた子がふらふらと踊り出す。中尾ビート、恐るべし。
佐々木君や松村さんなど、久しぶりに会う卒業生が来ていて、ちょっと驚いた。wwwでチェックしてくれていたんだそうだ。うれしい限り。
夜、アパートの一室で、再びかえる目ライブ。狭い部屋はすぐに満席(といっても10人くらいか)。住民のみなさまは戸口で見守るような形。
アパートサイズくらいで歌うのが、いちばん声のコントロールがしやすい。宇波君は仮眠をとるほどグロッキー状態だったが、なかなかいい演奏だったと思う。来場していた4才の子が「たちあがれ、ちいさいひと」と歌ったら「ハイ」と返事。奥のベッド(もはやベッドも客席)で薄花葉っぱの下村さんが爆笑していた。
終演後はそのまま飲み会(なにせアパートだから)。中尾さんの提案で絶望的に明るいカントリーを作ったり、下村さんとユーミンを次々歌ったり。そのうち、人の言うことを片っ端から歌うという我ながらうっとうしいモードに。「この名曲の数々が誰にも録音されることなく忘れ去られていく!ナハハハハハ!」(中尾さん談)。
講義にゼミ。熊楠原稿脱稿。ほんとうに校了際だったので、再校はナシ。文章が粗い。
グループホームの論文を書くためにデータの見直し、トランスクリプション。
図表を書き足すために電車の中でタブレットを使うという荒技に出て(けっこう描ける)、なんとか論文脱稿。9年前のデータを使った論文。ここに映っている卒業生は、もうみんな30を越えてるのだなあ、などと思う。
会議と忘年会。
そのあと、Natureのwwwをあちこち。次なる原稿用。
見損ねていた「ちりとてちん」をまとめ見。こ、この展開は・・・。A子のフレーズをいただいてしまうときの、屈辱的な甘さ。この脚本、さりげなくえぐくていいなあ。
講義を終えて奈良女子大へ。附属図書館でマイクロフィルムをひたすら回す。一室を独り占めさせていただくことに。古いフィルムからもうもうたる酢酸の匂い。
日暮れた古い街並み。南門近くの中華料理屋にふらっと入ったらとてもおいしかった。ああ、この水餃子うまいなあ。ここでも客はわたし一人。独り占めの日。
近くの小さな本屋さんで白川静「孔子伝」。
本日の成果を原稿に。明後日くらいにはできるか。
今週の木曜にやるガケ書房インストアライブ用に曲を作る。具体的な空間のことを歌にするのは楽しい。
アパートの中井さんにプリントゴッコをお借りして、せっせと新曲の譜面を印刷する。昨日プリンタが復帰したので、これで原稿を作る。書斎らしい作業。
とかなんとかいいながら、まだ論文があがっていない。そちらもカチャカチャと。
半年前、Intel Macを買ったら、手元のLBP3210というプリンタが起動しなくなってしまった。キャノンのサポートページを見ても未対応になっており、あきらめていたのだが、ネットで検索をかけたら OS Xに付いてくるRosetta を使えばなんとかなるらしいことがわかる。
それで、あれこれ試してみたら、なんと起動するようになった。わーい。
具体的な方法は以下の通り。
・以下のディレクトリに移動する。
HD>ライブラリ>Printers>Canon>CAPT>Utilities
・CAPT GaugeをFinder上で選ぶ。
・Finderのプルダウンメニューで「ファイル」>「情報を見る」
・「一般情報」の「Rosettaを使って開く」にチェックを入れる。
・ CAPT Printmonitorについても同様にする。
・CAPT Gauge、CAPT Printmonitorを起動する。
・適当な書類をプリントしてみる(プリンタはLBP3210を選ぶ)
ぼくの場合はこれでうまく行きました。同様のトラブルでお困りの方はお試しあれ。
Lマガの竹内さん来訪。「絵はがきのなかの彦根」と、かえる目の話をする。今月末発売の「本棚通信」に載るそうです。
久しぶりにカフェ工船。論文。
一日ゼミ。
講義。自著論文。トランスクリプトに意外に時間を食う。「ちりとてちん」が心の慰め。
できた。次は論文。
夜、はたと栄町でディスカッションをする予定だったことを思い出した。あわてて自転車を飛ばす。上田先生、吉村さんとあれこれ論文の構成を話し合う。
講義。ここのところ、先日の研修会をヒントに、リスポンスペーパーを作っている。
それはそれとして。まずは研究ノートを一本。
朝、東大駒場へ。昨日の部屋にPCの電源があるかと思って覗こうとしたが、鍵がかかっている(当然か)。
昨日、三輪さんにぜひと勧められた「機械のための音楽」展示を見る。
じつはじっさいに音が鳴っているのを見たことがなかった紙腔琴の演奏をビデオでやっているので食い入るように見てしまう。空気量が足りないせいか、ときどき低音が抜けるタイミングがすばらしい。
しばらく見ていると隣室から楽器を鳴らす音が聞こえる。行ってみると、作家らしい男性が楽器の説明をしている。そして聞いているのは・・・畠中さんではないか。というわけで、畠中さんのご相伴にあずかり、マシンの制作者であるマーティン・リッチズ氏自ら楽器の演奏をしてくれるのをたっぷり聞く。三輪さん協力の「思考する機械」も実演してもらった。
リッチズ氏は、引き込まれるような静けさで語る、なんとも魅力的な人だった。
さて、今日こそは余裕を持って目的地に行かねばならぬ。新幹線で静岡へ。そこからさらに東静岡へ。まだ40分ある。
昨日手早くチェックした記憶では、確か静岡芸術劇場(SPAC)は東静岡駅から近いところだった。あたりにポスターが見あたらないので、近くにいたタクシーの運転手さんに「静岡芸術劇場はどこでしょう?」と尋ねると、「ああ、この近くだよ。乗って」と言われたので、素直に乗る。
車は街中を抜け登り道になる。「ちょっと上のほうなんだよね」。そのうちに、「日本平動物園」を過ぎ、道はうねうねと蛇行をし始めた(あたかも紅天女の里を訪れる山道のように)。
ようやく「舞台芸術センター」と看板のあるだだっ広いロータリーに来て「ここですよ」と言われて降りる。なるほど「SPAC」と文字打たれたバスが停まっている。が、なぜか開演前だというのに人っ子一人いない。
街をはるかに見下ろし、夕暮れの富士山がよく見える。こんなに絶景なのに見事に人がいないとはどういうことか。もしかしてやってしまったのだろうか。近くに「静岡芸術劇場」のポスターが張ってあるので、携帯で電話をかけてみる。
「ええと、いま、舞台芸術センターという、山の上のほうにいるんですが、静岡芸術劇場は、ここじゃない・・・ですよね(すでに弱気)」
「ああ、当劇場はそちらじゃなくて駅のすぐそばなんです」
日が暮れてゆく。
ああ、一人っきりだなあ。
昨日からなんだか、別の場所に行ってばかりだ。
山の上には、ドライブらしい一般車がときおり通るばかり。バスは一時間に一本。気を取り直して、104でタクシー会社を紹介してもらい、タクシーを呼ぶ。帰りの山道はますます暮れなずんでもの悲しい。
運転手さんは「これはずいぶんのぼったねえ」を連発したあと、「静岡はなまものが上手いよ」と言う。なまもの、というのは刺身のことらしい。そして、「劇場」といえば地元では山の上のことで、駅のそばのほうは「グランシップ」と建物名で呼ぶそうだ。
ロビーに入ると、にぎやかな女子高生たちの声が聞こえる。係の人に誘導されてこっそりと席に着く。
舞台は階段教室になっており、生徒たちは、委員長の話がひとことあるたびに、あちこちの席でそれぞれかしましく会話をしている。
そこに、「岡本さん」と呼ばれる婦人が転校生としてやってくる。婦人は、舞台俳優のような張りのある声ではなく、物静かでつつましい声で話し、その声は、転校生である自分が受け入れられるだろうかという物怖じではなく、むしろ、転校生である自分が入ってもこの教室のバランスは崩れないだろうかという配慮を、表しているように聞こえた。
自分が遅れてきたこともあって、この「岡本さん」に仮託することで、ようやくこの劇を見る落ち着きを得た気がした。じっさい、この劇を通して「岡本さん」の声は、自分の立場に対する不安を口にしているときでも、むしろにぎやかで不安定な生徒に対するいたわりに満ちていた。
階段教室は舞台に向かって降りており、理科教室の授業になると、生徒たちは広々と開かれた舞台下へと降りることで、教室を出る。無人になった教室の椅子にはそれぞれの生徒のブレザーや鞄や小物が置かれている。
休み時間になって戻ってきた生徒たちは、親や先生たちの恋愛を取りざたする。おそらく、日曜日のこの舞台を見に、出演者の親や先生たちが詰めかけているはずで、ときおり客席から起こる笑いの質によって、教室でのにぎやかな話は、絵空事ではなくゆるやかに客席に触れているのだという感じが伝わってくる。英語のテストの「ひっかけ問題」に話題が及んだとき、ある生徒が「でも、勉強にひっかけはいらないんじゃね?」と言うと、会場からなぜか感心したような声があがる。それは、単なる機知への反応というよりは、親や先生として、自分の虚を突かれたような反応に聞こえた。
そんな客席の反応を感じながら、この出演者たちには、みんな名前があるのだなと思う。
名前のある出演者たちが、食べられる動物の話をしている。食べられる動物に名前はあるだろうか。名前のある動物は食えないと思う。しかし、昨日まで次郎と呼んでいた動物を食べる人もいる。パンダの映像が流れる。そういえば、動物園のパンダには名前がある。
昼休み、屋上で誰かのハッピーバースデイが歌われる。名前を呼ぶための歌。年齢を数えるときに唱えられる名前。そして事件が起こる。時間を数えながら。
もし、この教室が平たい平面で、こんな風に坂道のような場所でなかったら、事件は起こらなかったかもしれない。
事件はひっそりと起こり、その後のやりとりで事件について触れられることはない。が、いつ、誰がその事件のことを語り出すのか、見ている側にとって事件は、気づかれない残響のように響いている。
傾斜のある教室のあちこちで交わされる会話は、いっそう自然になっていき、台本を感じさせないほどになっていく。出演者の体がほぐれてきたのだろう。「そう!」といいながら相手を指さす体が大きく相手に向かう。体が動くことで、階段の上に、下に、声が無理なく届くようになる。誰かの会話に割って入る声、入ってきた声に応える声の宛先が明確になる。力む声、裏返る声、見下ろす体、振り仰ぐ体に、階段教室を上る体、下りる体に、出演者のふだんの癖や体の使い方がにじみ出す。
出演者の一人が教室を駆け下りようとして危うく転びそうになる。客席から驚きと安堵の声が上がる。その子が普段、転びそうになるところが劇中に漏れてきたような気がした。あの世がこの世に漏れてくるように。転校生はなぜ「転ぶ」と書くのだろう。
放課後、一人、また一人と教室を立ち去っていき、やがて教室には誰もいなくなる。椅子は、どれも同じ椅子になる。ブレザーや小物で飾られた椅子を思い出さざるをえない。名前のある椅子とない椅子。
そこに、「岡本さん」と、忘れ物を取りに来た生徒の一人が戻ってくる。その生徒は、教室の端からひとつひとつの椅子を指しながら、持ち主の名前を呼んでいく。あの事件の子の名前も、さりげなく呼ばれる。「岡本さん」も呼ばれる。
そして、巨大な天井が、ゆっくりと圧するように降りてくる。
その、天井の向こうで、ゆっくりと演奏されるピアノに合わせて「せーの!」と声がする。見ると、出演者が全員手をつないで、ジャンプしている。
なぜジャンプなのか、理由は分からない。ジャンプという方法だけがある。揺れる手が拍子を取っている。制服も不揃いで、それぞれの屈託があるであろう出演者たちがひとつの動作をするための、シンプルな方法。
全員のジャンプが地響きを立てて、そのたびに、スクリーンに出演者の名前が、ひとりずつ召喚される。この世から飛び立ち、再びこの世に生を得る方法。
出演者の名前と劇中の名前は同じだった。「岡本さん」も。
終演後、打ち上げに混じらせていただいた。時に声を揃えて盛り上がる女子高生たちの会話は、まるで劇中のように広い館内に響く。
乾杯のあと、出演者の紹介という段になって、18人の生徒たちは、演出の飴屋さんに全員の紹介をリクエストしていた。「あたしたちの名前全部言えますか!」
東大駒場のシンポジウムを東大本郷と間違う。
赤門を入ってから、あまりに気配がないので、今一度パソコンを開いて場所を確認してから、しばしボーゼン。
それから電車を乗り継いで、なんとか午前中のセッションには間に合った。
このところさまざまな新書で精力的な活動をしている一ノ瀬さんの発表を拝聴。伝単ビラの小さな事実を丁寧に拾い上げる話で、仕事の精度に心動かされた。公式発表に残りにくい庶民の考えを構成していくのは難しいが、まださまざまな方法がありうるのだと感じた。
わたしは「趣味と戦争」というタイトルで30分ほど話す。絵はがきというパーソナルなメディアが、消印という官の痕跡を求めたという問題について。
キラ星のような発表者の連続であったが、なかでも乾淑子先生の「戦争柄」にはいろいろ考えさせられた。
戦争柄に単に新聞や絵はがきの柄が引用されるだけでなく、新聞や絵はがきというメディア自体が引用されている。じつは絵はがきにも、新聞記事を(新聞だとわかるように)引用したり、じっさいに新聞を貼り付けたものがしばしばある。
この、報道内容だけでなくメディア自体を引用することにはどういう意味があるのだろう。
おそらくひとつには日付と事件という問題がある。
新聞を引用することで、それが単なる美的な装飾ではなく、ある特定の日に起こった事件であることを示す。事件を記念する一種のスタンプのような役割を果たしていたのではないか。
メディアを引用するということが持つ額縁(フレーム)問題。そういえば、田島さんが発表されていたポスターでも、やはり企業が贈る「ガクブチ」がおもしろいポイントだった。
終了後、着物を畳んでおられる乾先生と会場で親しくお話するうちに懇親会に遅れる。
懇親会会場を「生協3F」と聞いたので、近くの学生に尋ねて、言われたところに入る。しかし、入った建物の中にはなぜか「身体表現講座」などと書いてある教室多数。うろうろしていると、偶然、三輪さん・佐近田さんに会う。「機械のための音楽」のシンポジウムのために来ているとのこと。
二人と別れてさらにうろうろしていると、親切な外国人の先生に「会場はこちらですよ」と言われる。行ってみると、そこは懇親会場ではなくコンサート会場で、三輪さん・佐近田さんも居た。
これも何かの縁かと思い、二曲ほど聴いていく。
シューベルトの糸車を描写した歌曲、オフェンバックのオランピアが歌う歌曲(北島マヤが演じる、あのロボットですよ)楽し。
はっ。そんなことはしておれぬ。
部屋を出て、さらに懇親会を捜索。ようやく、生協には「北館」と「南館」があることに気づく。会場にたどり着いた頃には、懇親会開始後、すでに一時間以上たっていた。
宿に戻ったあと、会場にPCの電源を忘れたことに気づく。一日中忘れてばかりいた。