先週、青山さんからいただいたテヴォー『不実なる鏡』(岡田温司・青山勝訳/人文書院)を読み始める。絵画・ラカン・精神病と副題のついた本で、ベラスケス、セザンヌ、それにアール・ブリュットの何人かの作品が扱われている。ラカン、と聞いたとたんに逃げ腰になる人もいるかもしれないが、この本はラカン理論の解釈を長々と議論するものではなく、絵画を解析しながらちょいちょいとラカンが顔をのぞかせるという体裁になっていて、ラカン素人なぼくにも読みやすい。
二章での左右性の議論は、心理学者にとってはなじみ深いもので、テヴォーの説は『鏡の中のミステリー』の高野説とおおむね重なっている。画家が鏡像を利用して自画像を描くとき、絵筆をどちらに持つように描くか、という問題、すなわち「絵画的発話行為」(すごい造語だな)と「発話行為」の矛盾をめぐる考察は、心理学者がおもいつかない視点でおもしろかった。
この本の圧巻のひとつは、やはり第三章のラス・メニーナス分析だろう。フーコーの『言葉と物』における分析で不徹底だった部分を、テヴォーは説得力のある鏡の配置図によって解決している。フーコーの分析に興味のある人はぜひともこの本の分析を読むべきだと思うが、簡単に書いてしまうと、テヴォーはこの部屋に、大小二枚の鏡a,bを配する。そして、部屋の中ほどに立てられた大鏡は、壁に対して斜めになっており、ベラスケスはこの大鏡の像を描いた。いっぽう大鏡aと反対側の壁には小さな鏡bがあって、ここに国王夫妻の反映が映っていた。つまり、この絵全体がひとつの鏡像であり、そこにもう一つの鏡像(国王夫妻)が映り込んでいる、というわけだ(詳しくは本書p63の図参照)。
この説の魅力的な点は、人物配置のみならず、この絵に含まれているいくつかの不可解な所作(人物の視線や、第二侍女の不可解なお辞儀、扉の向こうのドン・ホセ・ニエトの脱帽など)に明快な理由が与えられる点だ。
テヴォーによれば、これらの所作は「思いがけずも国王夫妻が入室してくる」という事件によってもたらされた。そう考えると、この絵の一見ばらばらな視線の動きは、a,b二つの鏡の反射によってもたらされたということがわかる。
第二侍女のお辞儀やドン・ホセ・ニエトやいちばん右端の男の視線は、国王夫妻の姿を発見した瞬間をとらえたものだとすれば説明がつく。なるほど彼らのまなざしや身振りはテヴォー説でいう鏡a,bを介して国王夫妻に向かって注がれている。それに対して、第一侍女と尼の態度は国王の登場を感じさせないが、それは鏡aに目がいっていないからである。そして王女マルガリータは両親の姿に気づきその鏡像を見つめながら、なお王女らしく毅然とポーズをとり続けている。
テヴォー説をとるなら、ベラスケスは非常に複雑な活人画を描いたことになる。「国王夫妻の入室」という事件によってもたらされた身振りは、絵が描かれているあいだじゅう続くわけではない。だからベラスケスはモデルたちに「お、いま国王様にお辞儀してるその感じ、いいねえ、それでいこう」とか「あ、いま国王様のほうちらっと見たその目線、そのままでね」とか、「あ、あなた、あなたはお辞儀しちゃだめ。まだ国王様に気づいてないふりね」などと指示しなくてはならない。モデルがポーズを崩した瞬間を、ポーズとして取り込み直さなくてはならない。テヴォーが別のくだりで指摘しているように、活人画に描かれる身振りは「回顧的にもう一度繰り返してくれと要求する」性質のものだからだ。
つまり、この絵は、国王夫妻の登場によってモデルのポーズが破綻する瞬間、モデルがモデルならざる者になろうとするその瞬間を、あやうくなぞろうとしていることになる。絵のモデルとなっているその最中に国王の登場に気づく者、気づかぬ者、気づきながらポーズをとり続ける者。これら三態のモデル/非モデルのありさまを、モデルたちは回顧的になぞり直す。
ちなみに、ぼくはこの絵で尼僧が「気づかぬ者」に含まれていることに興味を惹かれる。国王に気づかぬ尼僧がもらす所作が、国王の威光に照らされている。それは、あらゆる所作が神の威光に照らされているという、修道院の空間での尼僧のありように似ている。
宗教画にはしばしば「モデルの気づかぬ神性の現れを鑑賞者が目撃する」という構造がある。この絵は、伝統的な宗教画におけるモデルと鑑賞者との間にある神性への気づきの時間差を、気づく者と気づかぬ者との間にある時間差に変換し、絵画の中にうまく取り込んでいる。
テヴォーの分析を読んだ後では、ラス・メニーナスの見え方は決定的に変わってしまう。ベラスケスの描いたのは鏡像だった。この絵は水銀の皮膜を持つ鏡である。しかし、それだけではない。
絵を見ているわたしはもうひとつの鏡像世界を思い浮かべる。そこでは、わたしは、第二侍女の視線やドン・ホセ・ニエト、あるいは右端の男の視線をはねかえし、国王に送り届けている。わたし自身が水銀の膜を帯びて、真っ平らな鏡になっていく。
午後、内井昭蔵氏の追悼の会。2*5mの布にプリントされた氏の全身写真の前には、氏が沖縄から持ち帰ったという集合住宅用のブロックによって作られた献花台。そこに向かって一人一人が追悼の辞を述べるというもので、背筋がしゃんとなるようなよい会だった。献花台の制作も含めて設営進行の多くを学生が行っているのも感心。
夜中にハッシュに行くと、田辺君が買った葉巻があるというので一本いただき、あれこれモルトとの組み合わせを試す。ラガブーリンだと葉巻の煙から遅れてヨード臭がやってくる感じで、これはこれでおもしろい。が、ラフロイグくらい癖があった方がいい感じ。普段タバコを吸わないので、すぐまわり、ごくゆっくりたしなむ。1時間かけても葉巻は半分しか減らなかった。
ついに携帯を買ってしまう。
前々から何度か買おうかと思いながら、電話で呼び出されるのがあまり好きではないこともあって遠ざけていた。が、さすがに耐え難くなってきた。
携帯の使われる空間はイヤでイヤでしょうがない。そのくせ、世間はどんどん携帯不所持者に不便になり、街角の公衆電話は数を減らしつつある。学生はゼミ中に着信音を鳴らすし、直前に遅れてくることを携帯で連絡してくる。茶店では背中を丸めて小さい画面に没頭している客がいる。なぜこの世の中は携帯を持っていること、携帯で気軽に呼び出せることを前提に進んでいるのだ。そういうのがいちいちカンに触ってしょうがない。
で、こうしたイライラが生じるのは、自分が携帯を使っていないせいであることは分かっていた。
新奇なメディアを肯定的にとらえるか否定的にとらえるかは、自分がそれを使っているかどうかに大きく依存する。
たとえば、ぼくはいま喫茶店でパソコンを叩き、憩いの空間にさかさかと微かな活動音をもらしているのだが、そのことを屁とも思わないし、他人が同じことをやっていても違和感を感じない。おお、ご同輩、てなもんだ。が、人によってはこうした振る舞いを奇異に感じたり苦々しく思うかもしれない。
ぼくは車の免許を持っていない。そして運転マナーの悪いドライバーに邪悪なまでの敵意を持っている。ふだん、およそマナーとよばれる概念からほど遠い無礼な生活を送っているのに、歩行者であるぼくは、彦根市内のドライバーの運転マナーに自分でも驚くほど非寛容である。ブレーキをろくに踏まずに横断歩道に左折でつっこんでくる車を、何度仁王立ちでにらみつけたかわからない。無法な車どもめ、この素手で止めてやる、国芳描く近江のお兼の気概である。幸いこれまで車を受け止めたことはなく、今日まで無事生きながらえてきた。しかし、もし自分に車が運転できたらどうか。こんな生意気な歩行者は車で馬乗りになって、悔い改めるまでぶんなぐっているだろう。
かつて80年代末から90年代前半にかけて、「パソコン通信」が一部で流行し始めた頃、文学者などプロの書き手を含む非パソコン通信ユーザーから、パソコン通信の言説の低劣さに対する苦言があちこちのメディアに流布された。しかし、いまやそうした人々の多くがインターネット上に自ら言説をものし、掲示板を見たり読んだりしている。別にインターネットになったからといって格別に言説が高級になったわけでもなく、また、掲示板などのコミュニティ機能はパソコン通信時代からあったものと本質的に変わらないのに、である。
ネットワークを自分で使えば、ネットワークに対する無用な敵意は軽減される。利用者が増え、ネットワークメディアに対する敵意が減った。これがこの十数年間に起こったネットワークにおけるもっとも大きな変化である。
これらのさまざまなくだらない例から分かるように、いったんあるメディアを使い始めると、メディアの良し悪しにかかわらず、そのメディアに対する感情はおのずと肯定的に傾きやすい。だから、メディアはよくよく選んで使わなくてはならない。
携帯の良し悪しはわからない。が、もはや携帯を持たなければ世界中がアイ・ヘイト・ユーなのだ。かくして、メディアの良し悪しにかかわらず、ぼくはメディアを手に入れる。手に入れて世界を肯定するしかない。ハスイケさんが「パソコンでも」と奨められて習うがごとく。
そんなわけで携帯を買ってしまったので、さきほどからあれこれ設定しているのだが、なんといっても神経質になるのは音/バイブ設定だ。ぼくは電話の着信音や着メロが嫌いで、喫茶店でいつまでも着信音を鳴らしっぱなしにして聞き入っているやつを見るとぶんなぐろうかと思う(幸いぶんなぐったことはない)。世界のあらゆる音は聴取のもとで平等である。が、人の着メロを聴くと、そのあまりの愚劣さに携帯をふんだくって聴取ごと踏みつけてやろうかと思う。なまじこざかしい和音が入っていたりすると余計に腹が立つ。
が、そのぶんなぐりたい相手が、いまや自分になってしまうかもしれない。頼むからよけいなときに鳴らないで欲しい、という一心である。まずあたりさわりのない、なるべく目立たぬ着信音を一通り調べてみる。「夢」というのがあるから何かと思えば、ドビュッシーの「夢」をポップスアレンジしてある。ドビュッシーも海辺で泣いているだろう。踏みつけたい着メロNO.1というところだ。その他どの着信音も死にたくなるような音色やメロティばかりで、つつましいものはひとつもない。考えてみれば、着信音とは本質的に耳障りなものであって、つつましくてはその機能を果たさない。ならば着信音には死アルノミ。とにかくいかなるときにもオフに設定するノミだ。
ところが困ったことに、どうやら携帯というのは「いついかなるときでも音を鳴らさない」という設定にはできないらしい。着信音をオフにしてやれやれ一安心と思い、いったん電源を切って再び電源を入れるとバイブが鳴って心臓が飛び上がるほど驚く。ここは喫茶店なのに。誰がぶんなぐりにくるかもしれないのに。説明書を読むと、着信音をオフにしている場合は有無を言わせず電源投入時にバイブが鳴るらしい。大きなお世話である。
それでも、ちきちきいじるうちに(携帯のボタンを押すと、憩いの空間にちきちき音がもれる)、おお、画像が見れるじゃん、とか、WWWが見れるじゃん、とか、タイムマシンに乗ってやってきた山田隆夫に驚く戦国時代の人々のようにいちいち感心していると、ぴぴぴぴぴぴぴぴととてつもない音がして、死ぬほど驚き思わずフタを閉める。
ああ、誰かに殺されるかもしれない。
おそるおそるフタを開けてみると、「充電が必要です」とメッセージが現れている。そんなことは黙って伝えてくれればよろしい。あちこちマニュアルを見てみたが、「充電必要時:大声を出す/黙る」といったメニューは見あたらなかった。
かくするうちに、だんだん携帯を持つ人の肩身の狭さが身に染みてきた。携帯を持つことによってかくまで人が弱くなるとは思わなかった。
よいことずくめに見えたUnicodeだが、ひとつ落とし穴。日記検索用CGIにひっかからなくなってしまった。jcode.plにはUnicode変換は入ってないようだし、さてどうするか。
研究室用に買ったプロジェクタをこの前の高校講義以来、家に持って帰っている。せっかくなのであれこれ試す。パソコンの画面出しを一通りやってみて、ついでに障子やら天井やらいろんなところに投射してみる。最近のプロジェクタは実に明るく、投射面の凹凸をくっきりと表す。ファンの音がうるさいのが難点。
ひとしきり遊んで、さて何かDVDでも試すかと思い、近くの店で『ミツバチのささやき』を買ってくる。
さすがに土手から草原に降りて小さくなるアナとイサベラの姿は走査線ににじんで辛いものがあったが、空の色や土の色は、普通のTVに較べてずっと微妙。暗がりのディティールもかなり映る(この映画は、暗い場面が映らないとまるで価値がない)。何より、画面が大きいだけで全く印象が変わる。汽車が通り過ぎた後、二人の背後にたなびく煙は雲と見まがうほどで、ああここにも精霊がいるのだなと分かる。
それにしても、あらためて見て、『ミツバチのささやき』は実にパースペクティブに意識的な映画だと思う。人がパースペクティブを知覚するには時間が必要だということ、大きさの恒常性を持つもの(たとえばヒト)が移動していく必要があるということを、ヴィクトル・エリセはよーくわかっている。パースペクティブが用意されて初めて、精霊を迎える用意ができる。精霊はパースペクティブの辺境に現れる。線路の果て、草原の家、夜の川辺。
この映画は透かし絵的、ジオラマ的でもある。部分合成を使った窓の灯りの灯り方の微妙さ。昼の壁に夜の窓、昼の窓に夜の壁をフェード・イン/アウトさせながら光をにじませていく手法は、透かし絵の明るさを二本のろうそくで調節するような手つき。
学内で先月亡くなった内井昭蔵氏の展示をやっている。ほとんど学生が作ったというのだが、丁寧に組まれた木製のパネルは、さまざまな高さに立体棚やショーケースを配していて、構造に工夫がある。こういうのを見ると建築系の学生の生産性は大したものだと思わざるをえない。
同じ大学に勤めていながら学部が違うこともあって内井氏のプロフィールについてこれまでまるで知らなかったのだが、お祖父さんの代からニコライ堂ゆかりの人で、子どもの頃から敷地の中をかけまわっていたそうだ。遺品には復活祭のエッグスタンドや内井氏自身の手描きによる宗教画の絵葉書がある。
建築家の人には失礼を承知で書くと、じつを言えばぼくはこれまで、建築家の用いることばにクライアントを煙に巻くための粉飾が感じることが多く、このジャンルの言説をあまり好きになれなかった。が、内井氏のさまざまなノートの走り書きを見るうちに、ふと、これらのことばは自発的ジェスチャーのようなものかなと思う。ことばにならない概念を言い当てようと同じ場所を行き来することば、同じ音を唱えることば、ことばならぬ場所へ出ようとすることばの運動。かたちに近づこうとすることばが必然的にもってしまう繰り返し。
昨日『クレーヴの奥方』を見たせいもあるが、ナザレの修道院の構造に見入ってしまった。こんど世田谷美術館に行ったら、その採光とビザンチン教会のことを考えてみよう。
ミラーニューロンについてあれこれ調べているのだが、どうももとになっている Rizzolatti & Arbib
の話があまりにシンプルで、考えを広げるにはもう少し実証研究が必要な気がする。「同じ行為に対して発火する」というのだが、その「同じ」というのがどの程度同じなのか。発火のタイミングはどれくらい相手の行為に同期(あるいは遅れ)をとっているのか。また、ミラーニューロンはどのような神経系と連絡しているのか。どうやら来年、Arbibが本を出すようなので、そこにどれくらいの知見がまとめられているのか注目。
会議。せっぱつまった準備をして彦根東高校で心理学を紹介する講義。臨床心理学に人気があるのは予想していたが、アンケートをとってみると、やはりサイコドクターなどのドラマから得た「心理学」のイメージが強いようだ。あと、「心理学や心理に関係する本を何か読んだことがありますか」という質問に、多くの学生が「こころ」と答えていた。なるほど、「こころ」というタイトルほどズバリ心理なものはない。
実際には心理学全般の紹介はほんのわずかで、知覚心理学の話(というか「錯視図形と人間のアタマの話)が主になってしまった。まあ90分で、心理学には○○心理学がありますよ式の話をエンエンとするのもなんだかつまらないので、これはこれでいいかと思う。
DVDでマノエル・ド・オリヴェイラ『クレーヴの奥方』。誰もいない楽屋。カメラの背後に視線が合わされる芝居、読み合わせのような芝居。物語の展開を説明するそっけない字幕。最初は「まるでゴダールじゃん!」と思うのだが、時代遅れとしか思えないはずの17世紀の小説のセリフが、次第に静けさを帯び、彫像や十字架がただならぬ大きさで空間を見つめだす頃には、もうゴダールでもなんでもよくなった。ラストの、画面に広がる客席の暗がり、暗がりの向こうの舞台のさらに向こうにあるであろう誰もいない楽屋、あ、また冒頭ではないか。
繰り返し現れる修道院、その中庭を囲む回廊と個室が見せる光学。修道院のような映画、中庭のような、個室のような映画。中庭のように薔薇を咲かせ、ろうそくの灯りで経巡られる。個室のように、神の気配で満ちている。
マリア・ジョアン・ピルシュのシューベルトのダイナミックな演奏のあと、同じピアノでペドロ・アブルニョーザが弾くのは、人を食ったような簡素な単旋律。そして公園からカーテンに移るシーンで使われる禍々しい音楽はなんだろう。
ドライヤーの信仰もストローブ=ユイレの計算もタルコフスキーの静けさもある。ヴェンダースが音楽によせる信頼だってある。が、そのどれでもない。これが91歳の監督の撮った映画だろうか。
午前中に一発講義をこなして、午後京都へ。「コミュニケーションの自然誌」研究会。水谷さん、中村さん、ぼくの順番で「感情の猿=人」合評会。
後の飲み会であれこれ話している間に終電の時間に。タクシーに飛び乗ると運ちゃんが「ああ、もう彦根までの電車はありませんねえ」と無情なことを言う。「野洲までの電車ならないですか」「野洲まで行ってそこからタクシー? それならいっそここからタクシーに乗った方が速いし安上がりだねえ。滋賀から乗るとタクシーは高いからねえ」その口調がまるで運命の台本を読むかのように淡々としているので、つい「そういえばそうだねえ」とあいづちを打ってしまう。「いいよ、お客さんなら3割まけとくよ」とだめ押し、結局京都から彦根まで乗ってしまう。高速はガラガラで気持ちがいいほどメーターが回る。消費のスピードを体感する。1時間足らずで着き、確かにメーターより3割まけてもらい、高速代までまけてもらい、16000円。大した稼ぎがあるわけでもないのに、なぜこんなことをしてしまうのだろう。日記を検索したら、二年前にもこんなことがあった。
明日の合評会に向けて、もう一度、菅原和孝「感情の猿=人」を読み直す。
いろいろやることがあるのだが散漫な日。サラマーゴ『リカルド・レイスの死の年』(岡村多希子訳、彩流社)を読み始める。
Beyond
Innocence@フェスティバルゲート。おお、すごい内装だ。音響ブースまである。まるでトリックアートみたいな白黒の窓が気に入った(といったら稲田さんに「そんなんいわんといてくださいよー」と言われた)。今日はソロ特集。一筋縄ではいかない技のデパート、サム・ベネットに続いて、川端稔のサックスの音の多彩さ、というより音から音への移行の多彩さに耳を見張ると、半野田拓の自楽器演奏にはどこかMr.マリックのショーを見るようなBGM感があり、日本人のボケにツッコミを入れる一楽儀光はしかし、じつは伊勢佐木町ブルースのオカズを叩きたかったのではないか、休憩をはさんで矢井田瞳の百倍色気のある倉地久美夫の足さばき、通り魔のようなマゾンナ、シンバルをなでる小鳥・小島剛、コンピューターの一日をマッサージ機で探査するHACO、川端稔のあとではなぜかフツーに聞こえてしまうアルフレッド・ハルス、さらに休憩、姜泰煥のめくるめく変幻ブレス、ボリュームも音数も少ないのにダイナミックレンジの広すぎる千野秀一、もやがかかった繰り返しが危険ないとうはるな、謎のギャグを放つロベルト・ゾルツィ、またまた休憩、鈴木昭男の爪はじきの空振りにスプリングが震えるのを見た、イクエ・モリの鮮明このうえないラップトップ演奏にパノラマカーが通り過ぎるのを聴いた、そしてハーディ・ガーディ・マン灰野敬二で夜半の夢へ。以上敬称略、15:00から夜中まで。
休憩時間にフェスティバルゲートのジェットコースターに乗る。通天閣のイルミネーションを見ながらしずしずと上がるところまでは風情なのだが、その後がすげえ恐い。フリーフォール状態が二度ほどあるのだが、建物やレールが近いこともあってこれはほんとに恐かった。この体験はじゅうぶん700円の価値がある。USJができたせいもあるのだろうが、土曜だというのに、人がほとんどおらず、客が来るたびに二三人のみを乗せて随時運転。21:00までやっている。新今宮駅から徒歩1分。行列なしでノーウェイト。手早く人生やり直したいときに便利。
コースターで涙目になってから、下のコンビニに行くべくエレベーターを出たとたん「まいごのまいごのこねこちゃんー」という声を聴く。間違った人生に降りてしまった。なぜか1Fではずっと童謡がかかっているのだ。また人生やり直しに来たい。
サウンドスケープ協会のMLで60年代に使われていた「パノラマカー」と「ロマンスカー」の補助警報が話題になっている。「補助警報」というのは、走行中に奏でられるホーンやオルゴールでメロディのこと。名鉄パノラマカーの音・小田急ロマンスカーの音。この冥界ぶりはすごいな。ノイズがかえって、こちらの聴取を誘っている。こうやってパソコンで聴くからいいようなものの、毎日こんな音であの世に誘われる沿線の住民はたまらないだろう。じっさい、住民からの反対により音を鳴らすのはやめになったそうだ。
「パノラマ」という眺望を売り物にするネーミングをつけた列車が、メロディという音風景を振りまいて走る。メロディはドップラー効果によって聴く者の前でその形を変える。形の変わりようから聴く者は列車の速度を知る。速度によって、自分と「パノラマ」との距離の変化を知る。速度によって生まれる「パノラマ」に思いを馳せる。速度によってしか生まれ得ないもの。その同じ速度が、生まれたものを自分に近づき、自分から遠ざけていく。
DVDで『魔笛』(サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場管弦楽団)。パパゲーノとパパゲーナの多産なPの音。この掛け合いは後年、ハゴロモフーズのパパっとライスCMに生かされることになる。
ハッシュで飯。東京から津賀くんが来ていて久しぶりに話す。いま、アダプトプログラム(公共空間の一部を一般市民に「養子」に出して清掃してもらうことをこう呼ぶという)にかかわっているという。ACTの第一世代の二人がカウンタの中の真本くんとこの津賀くん。なんというか、ぼんやりしている自分よりよほどまっとうに生きているなあと思う。
リトル・ミルというのを飲んだが、ほかのシングルモルトと全然違う甘さ(マシュマロといわれればそんな感じ)のあと、割り切れない皮膜のような後味が残る。これを「濡れた段ボール」と呼ぶ人もあるそうな。結局マッカランに落ち着く。
飛田良文『明治生まれの日本語』(淡交社)で、犬の名前に「ぽち」をつけることの起源について、あれこれ考察されている。花咲かじいさんの歌に「うーらのはたけでぽちがなく」というフレーズがあるが、もともとこの童話の犬は名前のない犬か、せいぜい「ぶち」犬であって「ぽち」ではなかったらしい。明治十九年の小学校教科書に「ポチ ハ、 スナホナ/イヌナリ/ポチ ヨ、コイコイ、ダンゴ ヲ ヤル ゾ。」というのが載っているのが今のところいちばん古い文献のようだ。おそらくは「ぶち」ないしはまだらを表す擬態語「ぽちぽち」から「ぽち」は来たのだろう。
・・・という話になぜ興味があるかというと、以前から、明治期以降の新たな事物に「P」の音が氾濫し始めたのが、どうも気になるからだ。パノラマ、ルナパーク、オペラはむろん、パルトン、エレぺートルなど、本来Bで発音されるべき音がPとして流布したりする。このP感覚はなにか。なぜ「ぶち」は「ぽち」になるのか。
口中に一瞬貯められた空気が「ぽん」と声なく破裂する。薄い膜が震え、その震動を借りて、何者かが飛び出してくる。声をつけて「ぼん」だと、破裂した膜の振動のカタマリが空気に預けられ、飛び出してくるものはその空気のカタマリまで纏っている。「ぽち」も「ぶち」も、誰かが筆か何かでつけたまだらだとして、そのまだらの現れ方は、「ぽち」では行為の力から出でて軽く、「ぶち」では行為の空気まで背負って重たい。
Pの音は、行為と対象を切り離す。Bの音は、行為を対象に添わせる。
誰がぽちのまだらをつけたかわからない。しかし、まだらをつけた者の意図から離れて、ぽちのまだらはぽちぽち現れた。ぶちもかわいいが、ぶちぶち現れたぶちのまだらには、カミガミの意図が貼りついて、シモジモにはそれが、カインのしるしのように重たいのだ。
そこで、同じまだらを「ぶち」ではなく「ぽち」と呼ぶ。呼ぶ者の重さから離れたぽちがいる。行為はザンギリ頭のように涼しくなり、対象は距離の彼方にいる。明治の見世物に含まれるPの音には、この距離感がある。おもしろうてやがてはかないことを受け入れる距離。
その、距離の彼方にいるはずのぽちが答える。答えの中に行為がある。行為は対象から距離をとりながら、対象の答えに思いがけず泣けてくる。ぽちは明治の涙。ポチハスナホナイヌナリ。
エルツ『右手の優越』(吉田禎吾他訳、ちくま学芸文庫)。エルツは、手の左右性にわずかながら生物学的根拠があることを確認しながら、そのわずかな根拠を逃さず社会的な極性にまでおしすすめてしまう文化の力の不気味さについて書いている。ディティールについてはさまざまな反証があがっているし、井上京子『右や左がなかったら』(大修館書店)を読めば、そもそも左右概念とは?というところまで相対化されてしまう。しかし、文化が極性化の装置であるという考え自体は頭にとどめておいていいだろう。
「明治の読売新聞」の索引を意を決してバージョンアップ。なぜ意を決する必要があるかというと、これ、CD-ROM38枚あって、HDへのインストールに一枚あたり7,8分かかるのだ。つまり、7,8分ごとにとっかえひっかえるという作業に5時間ほどつきあわなくてはならない。というわけで、『ニジンスキーの手記 完全版』鈴木晶訳(新書館)のメカニックな訳文にくらくらしながら、細切れの7,8分を過ごす。私は魂で泣く。私は悲しい。私はすべての人を愛する。私は速く書くが、ちゃんときれいに書く。みんなは私の字が好きだということを私は知っている。私はきれいに書くのが好きだ。みんなに理解してもらいたいから。活字になることはこわくない。私は活字が好きだ。でも活字は手書きの文字がもっている感情を伝えることができない。機械を使って書くのはきらいだ。速記はきらいだ。急いで書き留めたいときに速記を使うのは好きだ。速記術を覚えることはぜひとも必要だ。私は早口で話し、私のしゃべったことは速記で記録されるだろう。私は速記が好きだ。速記者が一生を速記に捧げるのはいやだ。などと読んでいると、CD-ROMがしゅるるるると回転を止めるので、とりかえてやる。この翻訳はすごい。地面に足をつけたまま旋回を繰り返す。旋回して別の場所に出る。別の場所かと思ったら元の位置にいる。ぼくは昔出た市川雅訳の『ニジンスキーの手記』も読んだ。しかし、この鈴木訳完全版は、内容も訳文もほとんど別物だ。ニジンスキーがディアギレフにあてた手紙、男が男にあてた手紙はちんぽだらけだ。僕はちんぽだ。僕はちんぽだ。僕はちんぽの中の神だ。僕は僕のちんぽの中に宿った神だ。あんたのちんぽは僕のものじゃない。僕のものじゃない。僕は彼のちんぽの中のちんぽだ。僕ちんぽ、僕ちんぽ、僕ちんぽ。あんたはちんぽだ、でもちんぽじゃない。あ、またCD-ROMが止まった。
さて、あと大正時代が26枚あるのだがどうしよう。
ジェームズ・マードックの"Ayame
san" 部分訳。十二階に関連する部分を10数ページほど。
キェシロフスキ『デカローグ』その10。ここまで見るのに一ヶ月を要した。あまりのスローペースに我ながら呆れる。十戒ならぬ破戒ソングで始まり終わる最終話は、切手父
"Root"(確か第8話で倫理学者の女性と立ち話をする)の死によって、にわか切手ブラザーズのなった兄弟の疑心暗鬼のお話。切手を交換して子どもが手に入れた使用済み切手の山が泣ける。そして切手兄の、悪いのか情けないのかわからない顔がたまらん。いっけん端正な顔立ちながら戦前戦後のどさくさをくぐり抜けてきたらしき切手商の方が、おどしをかける切手兄より数段上手。
それにしても、兄弟や切手商が切手を直接手で触っていたが、あんなに指紋をべたべたつけたら切手の価値はガタ落ちではないだろうか。
ワルシャワやクラクフでは、専門の絵葉書屋は見つからなかったが、切手屋は何軒か見かけたなあ。ポーランドの切手は妙に色違いが多かったりして、切手帳にならべると楽しい。ぼくも子どもの頃「Polska」と書かれた切手を何枚か持っていた。
グラモフォンから出たブーレーズとオッターのラヴェル・ドビュッシー新録(UCCG1122)。ああ、ブーレーズはいよいよ『近代音楽』に、追悼の指揮を振っている。ダイナミックスと緻密なアンサンブルとが確かな典礼に身を委ねて、遠い昔の王女のパヴァーヌを思い出すようにはかない。70年代の同じ曲の録音に較べても圧倒的に声部のバランスがよくなっているし(『墓』の木管の絶妙なつつましさ!)、クリーブランドの弦は豊かにふくらみを帯びて録音されている。が、しかしすべては確実なテンポの中でサヨナラサヨナラと手を振っている。ソリストのテンポに委ねられた『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』がわずかに、ドビュッシーのあやしい魔を息づかせている。
CBS時代に録音された『クープランの墓』や『マ・メール・ロワ』のアンサンブルには、まだまだ微細な生気が飛び跳ねていて、ラヴェルの音楽は、死んでいるのに生きているかのようだった。それに対してこのアルバムのラヴェルは、生きながら埋葬されていくかのようだ。
ハッシュでスコッチ。Longmorn
15年。スモーキーさはほとんどなく、スコッチに酸っぱい、という形容もヘンだが、味蕾を煙で焚きしめるのではなく、さっと収縮させる感じ。舌の上に空気が広がるのではなく、舌を丸めさせてひとつの味覚に集める。少しだけ甘いのだが、それはたぶんエステルからくるもので、マッカランのキャラメル味とはかなり違う。
Royar Lochnagar
12年は最初にエステル臭で入りながら、舌の奥に煙を薄くたなびかせていく。同じハイランドでも、タリスカーのように煙に急がない。おもしろい味。(などと書いているがさっきうっかり付け合わせのトウガラシをかじってしまい味覚がおかしくなっている)。ちょびっとなめさせてもらったGlen
Scotia 14年はかなりエステルがきつく、よく言えばカルヴァドス風の花の香り。
ほんとにいいのかい、ガール。ちゃんと調べたかい。と唄うのは、東京中低域「In the Mass」。一回聴いただけなのに強烈に耳に残る。
どうも風邪っぽい筋肉痛で仕事が進まない。
浜田寿美男『身体から表象へ』ミネルヴァ書房。『発達』の連載をまとめたもので、記憶、模倣、参照枠(浜田氏の用語では「身体軸」)の話など、
取り上げられている事例の関心が近いのでがーっと読む。浜田氏のステップ・バイ・ステップの思考をたどりながらいろいろ考えさせられておもしろい本だった。が、いくつか疑問も。
たとえば、浜田氏は、高野陽太郎『鏡の中のミステリー』の説明に対して大筋では認めつつも部分的に異議を唱えている(p
124)。
「鏡の中ではなぜ左右が逆転するのか?」という問いに対する高野氏の答えをかいつまんで書くとこうだ。じつは、鏡像では、左右だけでなく、前後も反転している。が、ヒトは、前後の反転を見逃して左右の逆だけを問題にする。それは鏡を見ている人が、頭の中で鏡像の身体枠に自分の身体枠を重ねようとするからである。
このとき、前後のみを重ねる方法と左右のみを重ねる方法がありうる。前後を重ねようとすれば左右が合わなくなるし、左右を重ねようとすれば前後が合わなくなる。どちらの方法でもよさそうなものだが、左右が合わない場合よりも前後が合わない場合のほうが、よりズレがひどくなる。ヒトのからだは前後軸のほうが左右軸より非対称的にできているからだ(余談だが、もしヒトのからだが左右非対称にできていたら、もしかしたら鏡の中の前後が合わないと感じる動物になっていたかもしれない)。
というわけで、ヒトは鏡に映った自分の前後軸に身体を合わせようとする。その結果、前後左右が反転した鏡像を見て、前後のみが合い左右は反転していると感じる。これが高野説。
さて、高野説では、対面する身体に対して自分の身体枠を重ねる感覚を社会的学習の所産だとし、その根拠としてピアジェの実験を上げている。
(ドアのほうを向いたとき)ノブは右側についている。さてドアの向こう側にも人がいて、いまドアをあけようとしている。その人はこちらを向いているわけだ。その人にとっては、ノブはどちら側についていることになるだろう? わたしたちは、こちら側にいたままで、それを判断することができる。スイスの偉大な心理学者ピアジェは、幼児にはそれができないことを実験で証明してみせた。
(高野陽太郎『鏡の中のミステリー』岩波書店)
これに対して浜田氏は次のように異議を唱えている
なるほど実際には目に見えないドアの向こうの人のことを表象して、その人の視点をとるということは、四、五歳までの幼児には難しいでしょう。しかし目のまえにいる人の身体に対して、その身体の姿勢がおのずと子どもの側に伝わるという現象はそれこそ新生児の共鳴動作においてすでに見られることではなかったでしょうか。(中略)
そしてさらに赤ちゃんの段階から見られる模倣自体が、見たとおりにするのではなく、したとおりにするのです。つまり身体軸を重ねて、相手の主体のすることを自分の身体で再現することが模倣であったはずです。
そうだとすれば、人を目のまえにおいてその人の視点をとる、あるいは目のまえの鏡像を見てその視点をとるというのが、高野氏のいうような社会的学習によるものだとか、あるいはピアジェ的な脱中心化によるのだという考え方にはやはり同意しかねます。
(浜田寿美男『身体から表象へ』ミネルヴァ書房)
この反論は少し違うと思う。高野説をくつがえすには、身体軸の左右問題が生じる場合について考えなくてはいけない。が、浜田氏は、身体軸の左右を問わずにすむ例によって反論している。
新生児の共鳴動作は、ぼくの知る限り口の開閉などの、左右の極性を伴わないものではないだろうか(たとえば対面している赤ん坊が、利き腕の左右にかかわらず、こちらの右手が上がるのを見て自分の右手を上げ、左手が上がるのを見て左手を上げるなどということがあるのだろうか?)。
また、四五歳児が実際にドアの向こうに人がいて、ピアジェの実験をクリアできるかどうかは、必ずしも明らかではない。成人でも、対面している人の手足の左右を問われると、一瞬とまどうことがある。
対面する相手の行為にヒトが初期から反応することは事実だ。しかし、だからといって、模倣をしている個体が、対面する相手の身体枠に、個体自身の身体枠を180度回転させて重ねているとは限らない。もしかしたら、前後軸のみを回転させて、左右については認知していない可能性だってある。
そういえば、ミラーニューロンは、はたして対面する相手の身体軸に自分の身体軸を重ねて発火する「身体枠回転ニューロン」なのか、それとも前後軸のみを合わせて左右軸について考慮しない、文字通り「鏡像(ミラー)ニューロン」なのか。これは原著にあたってみる必要がありそうだ。
こんなことを考えてしまうのは、最近、前後左右問題を含む課題を対面状況で解いてもらう実験を解析していて、いくつかの例で、左右の「引き込み」によるスリップが見られることに気づいたからだ。ここで説明を書くと長くなるので簡単に書くと、左右の「引き込み」とは相手が「右に」といいながら右手を出すのに引っ張られて、つい左手を出したり、それを自分から見て「左」と解釈するスリップである。これはいまぼくが仮に使っている用語なので心理学事典にもどこにも載っていない。
ピアジェの実験に関するぼくの予想は浜田氏と逆で、おとなでは、対面する相手がじっさいにいる方が、イマジナリーな課題よりも成績が落ちるのではないかと思う。つまり、対面時における相手の身体の左右と自分の身体の左右とのコンフリクトは、生身のからだを使った課題のほうが紙の上の課題よりきつくなるのではないかという予想だ。これは実験してみる価値がありそう。
じつは浜田氏自身、自分の身体軸と他人(映像)の身体軸のコンフリクトを、「「見る」と「する」の絡み合い」と呼んで、おもしろい考察をしている
それは、弁当を食べながら、窓ガラスに映った自分の映像を見る例だ(p125)。。横並びに自分と他のもう一人が並んで弁当を食べる。その横に鏡があるとする。二人とも右手で箸を持っているとすると、鏡の中では二人とも左手で箸を持っていることになる。しかし、浜田氏の体験によれば、他人の動かしている手をみるときと自分自身の手をみるときとでは感覚が違うという。他人の手は左手に見えるのだが、自分で箸を動かしながら見ると、自分で「これは左手だ」と言い聞かせないと左手に見えないらしい。
これが対面でなく横並びの映像であることに注意。
完全な二日酔い。が、風呂でできるだけアルコールを飛ばして睡眠文化研究会。「繰り返すことと眠ること」というタイトルで前半はウィンザー・マッケイについて、後半は繰り返しについて話すが、明らかな準備不足で前半と後半が完全に分離してしまい、さんざんなプレゼンに。恐縮。
まずいことを早く忘れるべく、八重洲ブックセンターで山ほど本を買う。
帰ってから古本屋から平川祐弘『漱石の師マードック』(講談社学術文庫)。
昼に少し時間が空いたので、ピープショーを作っている吉田稔美さんと会う。本や絵葉書を山ほどいただいた上、制作上の話をあれこれ伺う。ピープショーはパソコンで印刷しているということなのだが、それにしては色合いが落ち着いている。やはりいろいろ色調節に秘訣があるとか。
「不思議な国のアリス」をモチーフにしたピープショーを見せていただいたが、遠い景色もさることながら、覗き穴のすぐ手前ぎりぎりのところで、眼をかすめるように入ってくる近景がおもしろい。
絵葉書を見るとき、けっこう気になるのは、裏の絵もさることながら、表書きのスタンプのところのデザインだ。宮武外骨の絵葉書では、このスタンプの部分に、小さくオチのようなものが書いてあって、オチではあるのだがその小ささが、まるでサゲを言い終えて高座を去っていく落語家の後ろ姿のようで楽しい。
で、吉田さんの絵葉書を見ると、やはりこのスタンプのところに、一枚一枚違うデザインがしてあって、それが表と微妙に符丁する。外骨みたいですねと言ったらやはりご存じだった。
夜、ハットリカーニバル、うなちん、索ちゃん、泉くんと沖縄料理。世界がもし100人のハットリくんだったら、という話に終始したように思う。目に映るものすべてがおかしくてしょうがない男を演じながら、河岸を変えてG街、そして最後はスコッチをがんがん飲む。タクシーで2時頃ホテルに帰還。少し明日の準備をして寝る。