The Beach : Nov. 2004


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20041130

 朝、大学のオフィスへ。担当者はとても親切で、ぼくがなにをすべきかをじつに的確に指示してくれるし、いろいろ便宜も図ってくれる。じっさい、彼がヴィザ申告の最終期限に気づいてくれたおかげで九死に一生を得たようなものだ。今朝も固く握手をして別れ、ダウンタウンの移民局へ。

 21番のバスでのろのろとWilshire通りを東に向かい、7th Ave.で降りる。じつはLAのダウンタウンに来るのは初めてだ。Los Angeles通りを北に上がっていくと、安売りの店が賑やかに並んでいる。ヒスパニック系、黒人系のひとたちが目立つ。Westwoodあたりとはまったく街並みが違う。ビルのフロアにさまざまな店が雑然と入っている状態は、むしろアジアの街に近く、なんだか親近感がわく。通りで売っているウインナをポンテギに変えれば、そのままソウルではないか。
 そのにぎわいは、3rd Ave.を越したあたりからぷっつりと途切れ、やがて官庁街らしき高層ビルの並ぶエリアへと入る。Temple Ave.とLos Angeles Ave.の交差点、フェデラルビルの中に移民局はある。中に入って大学の事務局で教えてもらった部屋に入ると、すぐに受け付けてくれて、何の説明もすることなく、ほんの二三分で事が済んだ。あるいはすでに事務から話が行っていたのかもしれない。とにかくあまりの速さにあ然とする。
 時間が余ったので近所を散歩。そういえばリトルトーキョーが近いと思い、行ってみる。小さなエリアにラーメン屋や焼肉屋や土産物屋が収まっており、生活感には乏しい。もっとも、日本からの地理的な遠さによる望郷と、外国から見た日本の異国さ加減とが重なって、幾重にもフィルターのかかった日本イメージが文字やフレーズやイコンのあちこちに表われており、その意味では興味深い。近くの「西本願寺」で行なわれるという海外版紅白歌合戦の張り紙もゆかしい。

 その西本願寺および新館が全米日系人博物館となっている。せっかくなので入って、あれこれ展示を見ていると、一角に立体写真があった。滋賀県人らしい人々のプライヴェート写真のようだ。見入っていると、ボランティアの方に「何か聞きたいことがあったら」と声をかけられる。立体写真の話からそのボランティアの人自身の話になり、じつは84歳の二世の方だとわかる。あまりの口調の確かさに驚く。84歳ということはちょうど第二次大戦のころ、concentration camp体験や徴兵でたいへんだったのではないか。と思って話をさらに伺うと、なんと442連隊にいたのだという。 442nd regimental combat teamというのは、第二次大戦中、日系人二世を中心に組織された部隊で、ムッソリーニ政権崩壊後のイタリアを始めヨーロッパ戦線を転戦した有名な部隊である。この連隊の戦いぶりは戦後にMGMで映画化され、日系人の地位の向上に大きく貢献した。
 と、教科書的に書くとそういうことなのだが、それよりぼくは、そのボランティアのおじいさんの話が興に乗ってきて、軍隊での星条旗の畳み方を「はっ、はっ」と身振り手振りをつけて再演しているちょうどその時に、灰田勝彦の「煌めく星座」が館内に流れ出して、まるで「東京物語」の熱海の夜と「秋刀魚の味」のバーでぷかぷか動きだす加東大介が合体してアメリカへと反転した世界に居合わせているような感覚に陥り、誇張ではなく、ほんとうに地面がぐらぐらするような気がした。
 展示よりもそのおじいさんの話にすっかり聞き入ってしまった。ショップでEncyclopedia of Japanese American Historyというぶっとい本(これで$24は激安)を買う。日系人の詳しい年表から、イサム・ノグチ、オノ・ヨーコまで、詳しく記されている。

 帰りにBroadwayをぶらぶら。このあたりのヒスパニック系の人たちの店はほんとに親近感がわくなあ。そして、見上げると、意外にも古い建築が数多く残っていることにも気づく。おそらく映画館か何かだったのではないか。と思ってあとで調べたらそうだった。鉄塔の向こうに吸い込まれるような夕焼け雲。20番に乗ってWilshire通りをゆっくり帰ると、とっぷりあたりは暮れていた。


20041129

 朝、自転車で大学へ。チャックの講義に行くと、彼がいささか血相を変えて、「すぐにオフィスに連絡したほうがいい」とメッセージを渡してくれた。どうもぼくが入国後にひとつ手続きをすっとばしていて、その手続きの期限が今日までらしい。そして今日その手続きをしないと、ぼくは不法滞在者となり強制退去、そして未来永劫、米国に入国するたびにリストアップされる身となる。まずは急いで書類を取りに帰り、ヴィザ関係を扱っているUCLAのオフィスへ。そこで書類をチェックしたところ、足りないものがあることが見つかり、再び自転車で家へ。今日は自転車があってほんとに助かった。なにしろ下り坂なら10分、上りでも15分で着く。なんとか午前中に決着がつく。しかし、書類をチェックした結果、じつは入国時に管理局がぼくの書類にスタンプを押していないことが判明。靴下の中までしらべやがったのになんたることか。このスタンプがなければ滞在中はカナダとメキシコには行けないという。クリスマスにオアハカ詣をしようと思ってたのに。というわけで、朝から自転車で何度も坂をのぼりおりしてすっかりくたびれる。

 いささかがっくりして昼食をとり、メールをチェックしていると、再び事務からスタンプの件で緊急メール。明日早急に、移民局で抜けているスタンプを押してもらったほうがいいとのこと。ただし、いったんスタンプがもらえれば、カナダもメキシコも一時滞在できるらしい。行きます、行きますよ。移民局くらい。

 夕方、チャックのゼミ。前半はジーンによるアルツハイマーのおばあさんとその家族の会話。アルツハイマーのおばあさんは意外に発語がしっかりしている。逆に言えば、発語がきちんと文法的に完結しているがゆえに、他の人のリソースとなりにくいのかもしれない。失語症のチルがうまく他の人とコミュニケートできるのは、もちろん彼の性格にもよるのだが、発語の不完全さがじつは鍵ではないか。うまく話せないからこそ、他人が推測する隙間ができ、リソースとなる。完結してしまった発語は、もうそれ以上リソースとしていじりようがない。
 アルツハイマー患者と家族との関係は、とまどい>無視>容認という段階を踏むらしい。最後の段階になると、相手の言うことが正しかろうが間違っていようが、それを認めることで会話が成立するようになるらしい。実例があがらなかったのでなんとも言えないが、もしかすると、ひとつの発話を、単に完結した一人ごとではなく、そこに何か推測すべきことがあると思えるような、聞き手の態度の変化(あるいは感情の変化)が鍵なのかもしれない。

 ジーンの発表が意外に早く終わったので、残りの時間でGScriptの説明をする。たぶんこのソフトをいちばん有効に使ってくれるのはチャックのゼミの人たちのはずで、反応はとてもよかった。まだ、公開にはいたっていないが、QuickTimeにサブタイトルとチャプターを付ける機能を加えつつある。


20041128

 朝6時過ぎにチャックが車で迎えにきてくれる。Kenter通りを上がりきったさらに先のゲートにある地点をスタートに、今日は「犬の散歩」。チャックとキャンディ、そしてご近所の犬仲間の人たちと丘陵地帯を歩く。雨上がりの朝、風がきつくて少し肌寒い。LAにしてはawefully coldなんだそうだが、これくらいなら彦根ではいくらでも体験済みである。雨で地面が湿っているせいか、土埃はさほど舞わない。これというピークはないが、アップダウンは激しく、ところどころ、バイク野郎が好みそうなバンプが続く。犬仲間の女性はハーブに詳しく、道すがら葉を摘んでは匂いをかがせてくれる。このルートを覆っている匂いの変化に分け入っていくような感じ。匂いをかぎ、葉をしがみ、それらの記憶が通りすがりの草からよみがえる。おそらくハーブとはこのような、散歩の記憶を呼び覚ます快楽から生まれたのだろう。
 二時間たっぷり散歩してその犬仲間のお宅にお邪魔し、朝食をごちそうになる。さまざまなベリーがたっぷり入ったオートミールと牛乳、それからウインナにパンケーキ。豊かだなと思う。この豊かさを、初対面のぼくに快く分け与えてくれることも、豊かだなと思う。
 朝のおしゃべりをかわしながらすっかり満腹になり、谷をおりるように作られた庭園を拝見し(これがまた広い)、御礼を言って辞す。ビニル袋には散歩のときに摘んだsage。
 帰りにチャックがあれこれと隠れた名所を巡ってくれる。金属と周囲の木々や多肉植物が不思議な調和を醸し出しているGehry House。機能を失ったかのように斜めに掲げられた金網や鉄の枠組みが、どういうわけか後から生えてきた木々と対話しようとしている。会話の事後性をそのまま形にしたような家。チャックが好きなわけがよくわかる。
 そしてサンセット通り沿いの谷に降りる階段にたむろする日曜アスリートたち(ほとんど神社の階段でウサギ跳びをするノリである)。サンタモニカ峡谷。結局朝から5時間、たっぷりとLA郊外の魅力を味わった。
 帰って昼寝。それからいくつか仕事。またシンメトリーを作ってしまう。


20041127

 朝、ベランダでデジオを吹き込む。シマコさんと「サイゴン」で待ちあわせてベトナム料理。うまい。昼過ぎ、LAに来て以来はじめての本格的な雨。雨宿りがてら、cafe '50sにてお茶。ウェイトレスが、ツインピークスに出てくる店みたいな制服を来ていて、しょっちゅう「コーヒーのおかわりいかがですか?」とたずねに来る。ほうっておいてくれないタイプの店。それでも雨が止むまで無駄話と会話分析話。自転車とヘルメットを譲り受ける。速い。当たり前だが速い。ハイウェイをくぐって部屋まで10分かからなかった。すばらしい。これでレンタル屋にも楽々通える。
 Mixiで、ほとんど確信をもって知り合いだと思う相手にメールしたら、まったくの人違いだった。しかしそれがきっかけでメールをやりとりすることに。


20041126

 ふと思いついて、昨日撮ったトパンガでの写真をいくつかシンメトリーにしてみる。と、自分で作っておきながら、なぜか吸い寄せられる気分。
 天気がいいので植物園に行ってみるが休園。どうやら木曜の感謝祭にひっかけて連休になったようだ。せっかくWestwoodまで来たので、Ralphsで買い出し。Best Buyで、茂木さんおすすめのSeinfeldを買う。The Officeがすばらしい出来だったので、彼の薦めるコメディは信用している。ぶらぶら近所をデジカメで撮影しながら帰る。
 さっそくパイロット版を見ると、シェアメイトとのやりとり、コインランドリー、靴を脱ぐことの意味、などなど、あまりに身近なできごとの連続にぐっとくる。たぶん、こちらで部屋をシェアしなければ、これほどびりびり感じなかっただろうな。ナイトクラブはLaundry machine。
 それから、もう憑かれたようにシンメトリーを作りまくる。100枚ほどになる。その中のいくつかをWWWに置く。「対称植物園」。


20041125

 感謝祭。岩崎先生宅でパーティー。LAから北西に芳賀浩一さんの車で30分、ハイウェイを車で行くのは空港から街中まで来たとき以来、一ヶ月ぶりだ。乾燥したロードサイド。休日のせいか道路が空いていて思いがけなく早く着く。ご子息とチャンバラをして遊んでいるうちにようやくパーティーの時間となり人が集まってくる。うまいタイ料理に舌鼓を打ち、初対面の方々と楽しくお話(なんというか、こちらのパーティーは日本のように固まっていないので話しやすい)。
 2時頃、南にあるトパンガ峡谷へハイキングに。車を飛ばし山間部を縫ううちに、ますます乾いた感じに。ハイキングエリアには、これといった抜き出たピークは見えない。だが、道がさまざまな低木、低草、そして岩のあいだを回り込み、景色は次々と変化していく。土の色がこの世のものとは思えないほど黄色い。青にウロコ雲が大きくかかり、空の形がよくわかる。こんな場所をこんな風に歩くのは初めてだ。パーティーのあとの気軽なおしゃべりはだんだん少なくなり、くっついたり離れたりしながら、次第に風景に魅入られていく。
 4時をまわり、日暮れ時の怖いような空を見ながら車で街に降りる。それからまた岩崎先生宅で飯。昼にセーブした分、飯がうまい。存分にごちそうになり、帰宅。


20041124

 午前中、チャックの講義。そのあとランチを食べながらあれこれ話。発掘現場における指さしについて。マンセル色板(発掘現場の土の色を記述するためのもの)を指さすチューターが、言い淀みながら、なぜか人差し指についた土をぬぐうしぐさをする。指そうとする対象が土なので、まず指から土を取り除くことは、土を指すことを予告する。指す対象と同じカテゴリーのものが指にこびりついているとき、指をまずぬぐう。たとえばクリームを指でさすとき、指についたクリームはぬぐわれなければならないか。絵の具を指す指は、絵の具から自由でなければならないか。指さす対象のもつ喚起力と、指じたいがもつ喚起力の平衡を、人は思わず知らずとろうとするのかもしれない。などなど。
 明日は感謝祭ということもあって、学生の数がまばら。ぼくも早めに大学を出て、ピーツでコーヒー豆買って帰宅。「アカルイミライ」DVD。すばらしい。青春映画だ。生き直す藤竜也。そして「俺を忘れるな(地獄の警備員)」というメッセージを繁殖させたかのようなクラゲ。まるで違う映画であるにもかかわらず、ラストの長回しのシークエンスに「ドレミファ娘」を最初に見たときの感覚。


20041123

 昼食を兼ねてMelinda Chenの"Linguistic Dynamics of Sociocultural Alienation"というトーク。メンタル・スペース理論などを援用しながら、複数の文化のもとで育つということが持つ異化作用について考えるという話。まだこれから考えを進めていくという感じだったが、彼女の語る声がなんとも素敵で、なぜか引き込まれてしまった。あとで、感情のあつかいに関連していくつか話す。
 かえって「おかあさんのうしろ」映像の解析を英語に。


20041122

 ロスに来る前に、「運転免許持ってないとロスでは生き延びられないよー」などと複数の知人からさんざ脅されてきたのだが、こちらに来て一ヶ月、とくに車がなくても不便はない。むしろ車がないことで、さまざまな人から恩恵を受けることができ、ありがたい限りだ。川島さんやシマコさんにはお世話になりっぱなし。忙しいチャックには、毎週車で部屋まで送ってもらって恐縮しているのだが、そのおかげでいろいろ四方山話をすることができる。毎朝、バスの運転手の個性の違いを感じるのも楽しい。

 朝、チャックの講義。じつは読んでなかった海底探査の論文を解説する内容で、じっさいにビデオを見ながら講義してもらうと、ああ、こういうことだったのかと腑に落ちる。会話分析やジェスチャー分析の論文は、ペーパーで見るよりも、じっさいに本人がムービーを扱いながら語るのを聞くのが一等わかりやすい。マクニールの講演でもこのことは痛感した。昼はチャックと定番のカリフォルニア寿司を食いながら話。

 夕方、こちらで初めてのゼミ。チャックのゼミでは、話の途中にどんどん質問がカットインされるので、いわゆる一方通行のプレゼンは成り立たない。というわけで、原稿は用意せず(いつものことだけど)、パワーポイントを見せつつその場であれこれやりとり。残念ながら、まだときどき質問が聞き取れない。とくにプロジェクタのノイズ越しだとかなり英語の分解能が落ちる。片耳だと、定位が分離されにくいので、ノイズ環境における聞き取りに弱いのだろうと思う。発話能力にいたってはわれながら恥じ入りたくなる有様。それでもチャックは盛んにfantastic! great! fascinating!を連発してこちらを励ましてくれる。いろいろアイディアをいただいた。次回はもう少ししゃべりの能力をあげねばなあ。

 奥さんのキャンディに初めて会う。論文からはもっとばしばし才気煥発という感じかと思っていたけど、じつにおっとりと魅力的なしゃべり方をする方で、なんともチャーミング。チャック夫妻とタイレストランで食事しながらエレベーターの話など。


20041121

 明日の発表の準備。英語がしっちゃかめっちゃか。


20041120

 なんだか天気がいい。近所を散歩。黒沢清「地獄の警備員」。わざわざロスに来て黒沢清のビデオを見てるのも妙な感じだが、cinephilにあれこれ置いてあるのでつい借りてきてしまった。


20041119

 あいかわらず、チャプタ作成がうまくいかなくて難儀する。まあ、サブタイトルがうまく作れるからいいか。あきらめて実際の解析にとりかかる。


20041118

 ひさしぶりにapplescriptのプログラムに手を入れる。というのも、発表用にmovieのサブタイトルを大量につける必要がでてきたからだ。こんなのを今後いちいち手作業でやるより、自動生成したほうがよっぽどラクだ。それにしても、QuickTimeのサブタイトルとチャプタ生成はどうも手続きが難儀で不可解なことが多い。
 夕方、川島さんとWestwoodの映画館に"The Incredibles"を見に行く。もうピクサーのアニメーションには、見るたびに圧倒されているが、今回も凄かった。Elastic Girlことクレディブル夫人のドアはさまりのシーン、あほらしすぎる。ただ、デジオでも言ったが、やはりトイ・ストーリーズの流れ者感覚を経て、ピクサー映画は次第にsettle downしてきたというか、家族愛の方向に向かいつつあるようだ。音楽もランディ・ニューマンじゃなくなったしな。


20041117

 午前中、チャックの講義。またノートをたくさん取る。チャックの講義は、理論を教えるんじゃなくてむしろ謎解きで、その謎の解き方が実に人なつっこく、聞いてるとどんどんこっちの頭がひらめき出す。

 夕方、シマコさんに連れられてシェグロフに初めて会う。シェグロフはサックス、ジェファーソンと共に会話分析の基本中の基本、"A simplest systematics for the organization of turn-taking for conversation"を書いた大巨人である。この論文をはじめて読んだときは、かれこれ十数年前だろうか。
 挨拶するなり、ものすごいがっしりと手を握られた。データセッションに出たい旨を伝えたが、参加するには、こちらにそれなりのバックグラウンドがなければならない、と言われた。まあ、彼のセッションはハードルが高いというのは前から聞いていたし、じっさいこちらはどこの馬の骨ともわからぬ人間なので、予想どおりという感じ。あれこれメールでこちらの考えを送りつけてやろう。

 同居人のボーイフレンドとあれこれ話。彼は東京生まれで、日本語も英語もフランス語もできる。日本の話は日本語で、ロスの話は英語で、という奇妙な会話。親の知り合いだという70年代末の著名人の名前がずらずらと出てくるので、ぼくとは親子くらい年が離れてるんだな、と分かるのだが、ベランダでぼんやり話していると、あまりそういう年齢差のことが実感できない。


20041116

 朝からよい天気。散歩をしたりベランダでぼんやりしながらくつろぐ。陽射しと暖かさを味わう。


20041115

 日本から書籍小包。学生に頼んでおいた文献が無事届く。ありがたい。午前中にチャックの講義。例によってノートをいっぱいとる。アイディアが山ほど浮かぶ。
 そのアイディアのひとつ。contrastとindexの関係について。チャックは、言語にはコントラストがあるけどジェスチャーにはないという。そうだろうか。
 たとえば拳を握ったり開いたりすると、それはコントラストになるだろう。手のひらを裏返しても、それはコントラストになるだろう。問題は、コントラストのあるなしではない。そのコントラストが何か別のコントラストを参照できるかどうかだ。言語にもジェスチャーにもコントラストの能力がある。にもかかわらず、なぜ言語はコントラストを受け持ちジェスチャーが指し示し(index)を受け持つようになったのか。
 おそらく最初は、マルチモーダルな関係が分業を促進したのではないか。たとえば、空間的な指し示しの得意なジェスチャーによって同時に発せられる音声のコントラストを指し当てる、という風に。さらに、この同時性のゆるまる場合、つまりシークエンシャルに指し示しとコントラストが起こる場合も、緩やかに指し示しが成立したのではないか。たとえば、何かを言って(コントラストを表わして)から、指が指し示し(インデックス)をおこなうとき、コントラストとインデックスが結びつく、というように。
 そして、このような異なるモードによるシークエンシャルな指し示しから、同じモードによるシークエンシャルな指し示しが行なわれるようになったのではないか。たとえば、前に言ったことで次に言ったことを指し示す、という風に。などなど。

 昼休み、シマコさんから借りたシェグロフの新著原稿をコピーしに近くのコピー屋へ。一枚5円。安い。それからRolphで日用品と野菜を買って、いったんWest LAの部屋に戻る。ふたたび大学に出てきてチャックのゼミ。今日はステファニーによる韓国語の文末「TA」の機能に関する話。「・・・ター、クンデ」という風に話を継ぐケースが何度も紹介される。なんか関西弁の「・・・やんかー、ほんで」に似てるような気がした。

 チャックに部屋まで送ってもらう。夜、国際ジェスチャー学会のプロポーザルを書いて送る。


20041114

 遅く起き出してきた同居人に朝のあいさつをしてから、どうしてもつながらない無線LANの件を相談する。「前に来た人はなんの問題もなくつながったわよ」と言い張る彼女を説得し、とりあえず彼女の部屋にある無線LANの配線を見せてもらう。
 むちゃくちゃだった。なんとベースステーションに電源以外何もつながってない。ベースひとりぼっち。道理で無線信号はキャッチできるのにインターネットにつながらないはずだ。どうやら前の同居人が引っ越した後、彼女がそこにあったパソコンを引き取って、わけもわからず線を抜き差ししたらしい。彼女自身のマシンとルータはかろうじてEtherケーブルでつながっていたが、あとはすべてunwiredだった。配線をすべてやり直し、ついでにいらないパソコンやプリンタを居間に運んでさしあげる。ぼくが人の部屋の整理を手伝うなんて晴天のへきれきだ。あとでチョコレートをもらった。
 めでたく無線LANが開通したので、貯まったメールを処理し、デジオを聞いたりあちこちのサイトに行ったり。夜、資源人類シンポの英語原稿に手を着けるがあまり進まず。


20041113

 あいかわらず部屋の無線LANは不能。原因不明。大学に行き、いくつか事務処理メール。いままで知らなかったショップが開いてたのでふらっと入ると、Doverのペーパーバックがいろいろ置いてあった。JoyceのDublinersがあったので買って、カフェでサンドイッチを食いながらつらつら読む。このほとんどを二十代前半で書いてしまったのだから恐ろしい。描写が気配を生み出すその力は内田百間に近い。
 大学からバスに乗ってなんとなく部屋に近いバス停で降り損ね、結局サンタモニカまで行ってしまう。海岸に出てカニならぬカモメと戯れる。食い残しのサンドイッチをちぎって放り投げると、すぐ頭の上でホバリングしながらキャッチする。あまり長いことこちらを見つめるので、こちらもまじまじと見てしまう。こんなに長いこと鳥と眼を合わせたのははじめて。


20041112

 午前中、卒論生が送ってきた中間発表用のファイルを次々と添削。「文と発話」改訂版原稿を送付。
 夕方チャックの言語の起源に関する発表。ノートをいっぱいとる。「言語があって社会化があるのではない。むしろ人どうしの関係を通して言語が形成されるのだ。」という、当たり前といえば当たり前のことをさまざまな事例を挙げながら話していく。チャックの話、テーマじたいはもう何度も繰り返されてきたことなんだけど、話されるたびに新しいディティールが生まれる。
 夕方、シマコさん宅へ。韓国料理を中心におなかぱんぱんになるまでごちそうになる。しかしほんとシマコさんは料理がうまいな。最後に食べたパンプキンパイが倒れそうなほどうまかった。そのあと、彼女の博士論文のデータを見ながらあれこれコメント。そのあいだにもアリが「ねえ、これどう?」と、万博の資料や日本建築史の資料をあれこれ持ってきて、それがいちいちこちらの琴線に触れるのでどんどんメモをとる。結局夜中近くまでお邪魔して送っていただく。


20041111

 今日はVeteran's dayで休み。浅草十二階の開業記念日でもある。まずは部屋の近くのStarbacksでAirmacを試す。無線LANには無事反応するみたい。それはともかく、Starbacksのホットスポット、1時間で$6もとるのか。まあ急な用事以外には使うまい。

 近所を散策すべく、てくてく歩いてハイウェイを越える。Santa Monica Blvd.とSwatellの交差点にCinefillという名前のままのレンタルショップがあって、ここがなかなかマニアックな品揃えだった。Matador Recordのコンピレーションがあったので借りてくる。ヨ・ラ・テンゴとPavementが目当てだったのだが、これが意外に充実の内容だった。とくにCat Powerのタフな脱力ぶりと、Solexのはじけぶりは新鮮だった。ピチカートVやコーネリアスも、この文脈で見るとまた新鮮。この1999年のMatadorの切り口では、アメリカはがさがさでよれよれで、いっぽう日本はお金持ちでなんでもありに見える。
 とちゅう見つけた古本屋でうっかり「ビーグル号航海記」を手にとってしまい、ひょいと買ってしまう。ちびちびと読み始める。航海記には旅のわびしさのような記述はあまり出てこないが、異国で読むと、その淡々とした記述の底に寄る辺なさが通奏低音のように響いてくる。


20041110

 朝、チャックの講義。彼の論文の中でもいっとうおもしろい失語症のデータの話。失語症のおじいさんと話している女性が、突然自分が彼の話を勘違いしていたことに気づいて「Oh」とおじいさんに向かって言い、次にカメラに向かって「Oh」ともう一度言う(まるでThe Officeみたいだ)のだが、この二回めの「Oh」で受講生がどっと笑う。その笑いにつられて、ぼくもそこで起こっている独特の感情の流れが一気に分かったような気がした。
 じつは同じデータを勤め先の講義で見せたことがあるのだが、日本の学生は笑わなかった。英語独特の間が生み出す間がうまく理解できないせいだろう。
 講義を聴くと、この話がどのようなアメリカ社会の文脈の中で語られているかが分かる。チャックはまず、英語をどれくらいきちんとしゃべることができるかということと、社会的階層のタイプとが、アメリカ社会では相応していることを指摘する(ロシア出身のナボコフが話嫌いであったことも指摘された)。
 もうひとつ、チャックは何度も、旧来の言語学が言語を単独の脳の産物として考えることに不満を呈していて、言語はひとつの脳で生まれるのではない、コミュニケーションの関係性から生まれるのだ、ということを強調する。

 チャックの話を聞きながら、自分の仕事のことも考える。失敗の修復がくねくねした道をたどってしまうのは、修復が失敗の履歴に依存しているからだ。修復は単なる失敗のリセットではない。失敗の上塗りなのだ。手によって行なわれる空間表現は、消しゴムで消されるのではなく、上書きされることで更新される。このとき、下書きが影響を及ぼすことがある。
 ミラーニューロンを考えるのはよいとして、それがどのような時間単位、行動単位で働くのかが問題だ。そして、それはいつどのような環境で activate されるのか。

 昼過ぎ、チャックとTomaselloの最近出した論文についてディスカッション。チャックが「人間とサルを分かつ決定的なポイントは何だと思う?」とふっかけてくる。ぼくはうーん、と考えて、さっきのチャックの講義で出てきた感情の話を持ち出しておおよそ以下のようなことを答えた。

 サルにも感情はあると思うし、それは突発的な発声や身振りのエンジンとなっていると思う。でも、サルが感情に乗せながら維持するのは、どちらかというと同じことばや身振りの繰り返しではないか。サルは人間ほど長いシークエンスに執着しないと思う。おそらく人間という動物は、感情に乗せてお互いの行為のシークエンスを束ねる能力において他の動物とは際だっている。
 それも、単に感情の突発的なバーストに乗せるのではない。人間は相手の間違いを許す。というよりもおたがいに間違いをリソースとして利用する。だから、人間のコミュニケーションは、間違ったからといって簡単にはブレイクダウンしない。つまり、人間は感情にシークエンスを乗せながら間違いを越えることのできる点でサルに比べてかなり異なっている。

 おもしろいことに、イラク攻撃に使われる武器のほとんどは対面を避けるために使われている。たぶん、敵と面と向かうのは、コミュニケーションをブレイクダウンさせるには辛すぎるのだ。ファルージャ総攻撃で壁の向こうに手榴弾を投げていたけど、あれは、敵と会うことなくコミュニケーションをブレイクダウンさせる方法である。戦争は、いかにして人間の「間違いを許す能力」を封じるかをめぐって進化してきた。それを効率化することで、サル以下のコミュニケーション能力を獲得したのである。このような方法を奨励するブッシュはサル以下である。うんぬん。

 「おもしろいね、それ。どこかに書いた?」「いや、まだ」。とにかく論文を書かねばね。

 前から欲しかった"Peanuts"のペーパーバックをAckerman centerで買ったので、部屋に帰ってベランダでちびちびと読む。同居人は二人とも帰ってくる様子がなく、広い共有スペースを独り占め状態。ちょうどオリオン座がかかって、そこにLAX行きの飛行機が横切るのが見える。
 「地球の歩き方」の地図にRhino Recordが載っていて、近所にあるはずなのに、なぜか見つからないと思ったら、なんのことはない、地図が間違っていた。ほんとはLa GrangeとWestwoodの交差点の南にあったのだ。Bordersよりはよほどマシな品揃え。これでもまだ物足りないが、たぶんIndiesばかり揃えてる店はまた別にあるのだろう。


20041109

 朝、大学でネットとファックス。wiredな作業はすべて大学で、というのは、生活がはっきり区切られてけっこう気持ちがよい。wirelessな時間がしっかり取れて、その間にいろいろ考え事ができる。
 天候が暖かいのはありがたい。とにかく昼の太陽を浴びたいので、早く起きて、日暮れまで活動し、夜になったら引きこもる。原始人になったみたいだ。

 川島さんに車を出してもらい、引っ越し作業。まず、West LAの引っ越し先に荷物を下ろす。次に銀行に行き、家賃を引き出して、また引っ越し先へ。鍵をもらってまずは住人の権利を得た。
 次はベッドサイズをチェック。フルサイズだ。衣料品その他が安いRossのNational店へ行き、フルサイズのシーツ2枚、掛け布団、枕カバーの4点セットを買う。さらに枕と毛布も。全部あわせて$85なり。
 いつもながらお世話になっている川島さんへの御礼がてら、いっしょに日本料理屋へ。National近くの寅福という料理屋で、昼は$10以下でボリュームのあるランチが食える。アイオワ産の豚肉でできたトンカツなるものを食す。揚げ方もよく、おいしい。米はおそらくカリフォルニア米だが、香ばしく炊けていていい食感。デザートにマンゴのくずよせなるものを頼む。倒れそうなほどうまかった。
 日本食の記憶がよみがえったので、日本食材店に行き、醤油、みりん、かつおぶし、味噌、冷凍うどんなどを買う。さっそく簡単なうどんつゆを作って素うどんを食べる。なかなか行ける。
 食後にTVを見てたら、もう一人のシェアメイトが帰ってくる。初対面なので Hi, nice to meet you.とご挨拶するが、「あら、ずいぶん早く入居したのね」と言うなりキッチンへ。食事を作ったらさっさと自分の部屋へ引っ込んでしまった。若い女学生がむくつけきアジアのおっさん同居人を見た反応としては上等である。


20041108

 何もかも大きいこの国だが、ノートもでかい。レターサイズで 200ページはある。あんな分厚いノート、持ち運びにも不便でしょうがないだろうに。
 そこでちょっとしたノートをとるのに便利なのが、 Examination bookというやつ。これはつまり一般試験の答案用紙なのだが、 16ページもあって、数回の講義のノートをとるにはちょうどいい。表紙には名前や講義名を書くところもあるし。
 さて、この答案用紙の表紙にはこう書いてある。

 わたしはUCLAでは学問的誠実さに大きな価値があると承知しています。さらに、わたしは学問的不正、たとえばカンニングや剽窃は大学の方針に反することであり担当の管理者によって追求されることも承知しています。最後に、下のサインは、この答案が私自身のものであり、この課題を誠実にこなしたことを示すものです。
 署名欄:
  学問的不正に対する処罰には停学や退学が含まれます。不正に対してはさまざまな処置があります。他の選択肢についてはTA、教授、講師、オンブズマン、学生部長と話し合って下さい。

 携帯屋に携帯を持って行く。どうもバッテリーの接触不良だったらしく、一度分解して入れ直したらあっけなく起動した。それにしてもこんなにあっけなくなおるということは、あっけなく壊れるということでもあるのではないか。

 チャックの講義にゼミ。「忘れる」ということについての秀逸な話。(Goodwin, Charles (1987). Forgetfulness as an Interactive Resource. Social Psychology Quarterly, 50, No.2, 115-130.)
 カップルが何人かの前で話すとはどういうことか。それは、カップルにとって共通の話題を、他の人の前で披露することである。ところで、カップルにとって共通の話題をカップルの片割れが話すのは、他の人には楽しくても、同席しているもう一人の片割れにとってはすでに聞いた話だ。じっさいパーティーなどでは、カップルが別々のパーティーに別れて、それぞれ同じ話を別のパーティーにしている、なんて光景も見かけることがある。
 おもしろいことに、カップルが同席したまま、そのカップルにとって共通の話題を他の誰かをするとき、語り手は「忘れっぽくなる」。たとえば

 マイク:「晩にジョニー・カーソンを見ててそこに出てきた奴のなま・・・なんて奴だっけ。ブレイク?」
 カート:「批評家」
 マイク:「ブレイク?いや」
 パム:「あ、ちがう」
 マイク:「ロバート・ブレイク?」
 パム:「リード?」

 という風に。つまり、忘れっぽくなることで、カップルの片割れは、もう一人の片割れを想起のパートナーとして誘おうとするのだ。おもしろいことに、この例では、マイクのパートナーであるフィリスは誘いに乗らず、代わりにそこにいる参加者が一生懸命、想起に参加しようとしている。この事態をGoodwinは、「関係のリソースとしての忘れっぽさ」と名づけている。
 夜、この前見に行ったサブレットの住人からメール。どうやら面接は「合格」だったらしい。じつはあのアパートは、最初に泊まったホテルのすぐ近所で、ぶらぶら散歩しながらこのあたりに住めたらいいなと思っていたところなのだ。ありがたい。さっそく荷物をまとめる。

 The Officeの第二シーズンを一気に見てしまう。新しいボス、Neilの登場でDavidのみじめさはつのるばかり。どの回もすばらしかったが、とくに最終回はしびれるような出来だった。Timの止まらない衝動の表現、そして立ちつくすあの男!
 


20041107

 朝、アラームをかけたはずの携帯が鳴らないので変だなと思ったら、液晶が点滅して電源が入らなくなっている。なんだ、もうこわれたのか? subletの返事まちだってのに。
 こちらに来てから珍しく曇り。陽射しがないとかなり肌寒い。近所のスーパーで長袖を買う。二枚で$5。安い。

  The Officeの 1st seasonを全部見終わる。いやあ、おもしろかった。
  このコメディでは、カメラ目線の使い方がじつによくできている。
  日本のバラエティでカメラ目線を使うときは(石橋貴明がよくやるように)カメラ目線を送る側が一方的に演出意図をわかっている人間で、視聴者は目線を送ってくる側とともに、モニタの中にいる誰か(センスのない奴)を笑うという構図になっている。
  ところが、「The Office」はそうではない。目線を送ってくる者は必ずしも視聴者の共犯者ではない。たとえば主人公のDavidやその部下のイエスマン、Garethは最悪のセンスの持ち主だが、彼らはひどいギャグを言うたびに視聴者に笑いを求めるようにカメラ付近に目線を送る。いっぽう、Davidのセクハラギャグをまともに浴びている受付嬢のDawnや、彼らのどうしようもなさにほとんどやけくそ気味に絶望しているTimもまた、しょっちゅうカメラ目線を送ってくるのだが、視聴者はそれに共感するというよりも、彼らの絶望をまるで救えない無能な観察者のような気分にさせられる。
  もうひとつ微妙なことを付け加えると、「The Office」の「カメラ目線」は正確には「カメラ周辺目線」とでもいったほうがいいもので、ずばりカメラ方向を見るとは必ずしもというよりは、ちら、ちら、とカメラの傍ら(もしくは上下)を見やるような目線なのだ。その結果、視聴者は、自分が複数であることを感じる。つまり、自分に同意を求められているというより、自分「たち」が同意を求められているように感じる。そして、自分の傍らにいるであろう誰かからも、もしかしたら自分が分かたれているんじゃないか?と思えてくる。
  要するに、「The Office」の「カメラ目線」は、何重にも見る側を孤独にするのだ。そしてその孤独さによって初めて、どうしようもない登場人物たちに共感する道が開ける。最悪なキャラクターであるDavidに対してすら。
  どの回もおもしろいが、 Timの感情の揺れが出ている回はとくにいい。3回と6回はほとんど泣ける。あと、なぜかわからないのだが、紙のサプライをしにきた?らしい青い男が突然呆然と立ちつくすシーンがあって、これがとても印象に残る。


20041106

 朝、近くのPeet's Coffeeで論文読み。Westwood Vilageにはほとんど1ブロックごとに珈琲屋があり、StarbucksもCoffee Bean'sもホテルから近いのだが、アメリカンよりもローストのきつい濃い珈琲が好きなので、Peet'sがあるのはありがたい。
 午前中、植物園を散歩。写真をたくさん撮る。

 昼前、ナゲールさんに会いにパサデナへ。まずWilshireから720番のRapidに乗りRed LineのWilshire Northまで。そこからメトロでUnion駅に行き、さらにゴールドラインに乗り換えればオーケー。所要時間はざっと90分。時間的には京都の街中から神戸に行くくらいの感覚か。LAは拾い。もっとも交通費は激安で、全部メトロバスかメトロなので、最初に一日乗車券を買うと往復$3で済む。

 Mission駅までナゲールさんに車でお迎えにきていただく。近くのレストランで昼間からビールを飲みつつ、初対面でありながら(デジオとオンライン上の)旧交を暖める。なにしろ「デジオ英会話」50回分のバックグラウンドを存じ上げているので、あまり初対面のような気がしない。近くのデザイナーズ・アウトレットでナゲール・デザインのTシャツを拝見。異なる図像のレイヤーが一枚に重ねられており、イマジネーションをかきたてる柄。現在は女性用のみだが近々男性用もできるという。これはぜひぜひ着てみたい。
 パサデナには高層建築がなく、しかも山が近い(ゴールドラインからちらと、雪をかぶったロッキー山脈が見えた)。WestWoodはいかにも現代都市って感じだけど、Pasadenaは西部の町という感じ。スカイラインがひらけているので、歩いていて気持ちがよい。
 楽しくお話する間にみるみる時間が過ぎ日も暮れる。駅の近くのアンティークショップを冷やかして本日のデート終了。ありがとうございました。

 帰ったらすでに8時。腹が減ったのでホテルから徒歩1分のDenny'sに行ってみる。Zetty Nachosなるタコス風の食い物を頼んでみたら、これがとんでもない量だった。油加減も味の濃さもものすごく、1/3食ってあきらめる。Denny'sのメニュー写真にはぜひ横にタバコの箱を置いていただきたい。


20041105

 午前中、 WWWでヒットしたsubletに行ってみる。West LAで環境と部屋割りは申し分ない。シェアメイトの一人は三十代の雑誌の編集者でもう一人は不在だったが二十歳代のUCLAの学生らしい。メールアドレスからは分からなかったが二人とも女性だった。しかも他に候補者がいるとか。それならそうと言ってくれればよいのに。これは望み薄だと思いつつせっかく行ったので彼女の編集したというBrentwoodのセレブな雑誌を拝見する。といっても、彼女の出す固有名詞がさっぱりわからない。ぼくの知ってるBrentwoodのセレブはシェーンベルクだけだし、そんなの彼女のお呼びじゃないだろう。

 論文を読み原稿を書く。大学のfaxが使えるようになったし、基本的にはメールでやりとりができる。原稿に関しては(fax代が余分にかかることを除けば)日本にいるのとさほどかわらない。

 こちらに来てから、すごく腹が減るまで我慢するようになった。でないと、出てくる食事の量がふつうとは思えない。

 夜、高校生なのかでかいパーティーが来てにぎわしい。近くの量販店で「two against nature」のライブDVDを買ってきてヘッドホンで聴く。ドナルド・フェイゲンの薄い唇が歪む。ライブで見ると、女性コーラスの存在が突出している。冴えないやさ男どもと、クールな女たち。スティーリー・ダンの魅力は、情けない男のセリフを女性コーラスが夢のように歌い上げるところだと改めて気づく。女の声が一人称で、男の情けなさをなぞりながら貶める。だから「What a shame about me」は二重にshameなのだ。すごい曲だよなあ、「shame!」って自分も相手も決めつけるんだから。昼間のセレブな雑誌編集者の女性を思い出す。 fameとshameは表裏。


20041104

 こちらに来てから一週間、すっかり早起きが定着した。夜中前には寝て7時には起きる。あまりに天気がいいので早起きしてできるだけ長く陽を浴びていたい。夜はさほど気軽に散歩ができないし、ホテル暮らしだし、どうしても押し詰まってしまう。  午前中、 Art Libraryを物色。とくに身分証明書を見せることもなく、誰でも5階建ての書庫の奥深くへと入ることができる。そこにはアメリカ幻燈協会会誌バックナンバーなどという、誰のためにあるのかと思うような文献があって、もちろんぼくのためにあるのだ。待っててくれてありがとう!こんなところで。大学内のコピーは基本的にコピーカードを買って行なう。カードは全館共通で一枚10円。パラダイスだな。これも誰でも利用できる。

 午後はResearch Libraryでジェスチャー文献をあれこれ漁る。なにしろしばらく文献資料をきちんと勉強してなかったので(うちの大学は正直なところ、文献が弱い)、片っ端からオンライン検索をかけてめぼしいやつを読んでいく。 CorballisがBEHAVIORAL AND BRAIN SCIENCES(2003) 26,199 260に出していた "From mouth to hand: Gesture, speech, and the evolution of right-handedness"とそれに続く議論も、 去年のシンポジウム以来の宿題だったのに長らく読んでなかった。サルのミラーニューロンと人間のブローカー領域の相同性を手がかりに、ジェスチャーと言語の進化のリンクさせ、そこにサルには希薄で人間でははっきりと見られる右利き問題を乗せていくという議論。結論もさることながら、謎解きの過程がなかなかおもしろく、さまざまなツッコミを許すふところもあり、この論文だけでひと講義できそうである。

 あと、今年のはじめにサイエンスに載ってたクリック言語の進化の話。舌打ちを使った言語はカラハリ・サンなどによく見られるのだが、クリック言語を使う人々の遺伝子を調べているKnightたちの仕事によると、その起源はかなり古くにさかのぼれるらしい。Knightはこのデータをもとに、クリック言語を人類言語の起源のひとつとして考えようとしている。まだお話の域を出ないけれども、おもしろいアイディアだ。クリック音を駆使すれば、呼気を使わずに口の形だけで多様な響きを出せる。呼気の調節は、発声をコントロールするときの大きなハードルであり、呼気を乗せようとするとどうしてもそこに生理的な現象や感情が相乗りしてくる。棒読みのような感情の起伏の乏しい、フラットで叙事的な言語が進化する過程で、呼気と独立に発することのできるクリック音が進化したというシナリオはなかなか魅力的だ。
 しかしそうなると、チンパンジーなどがときおり出すスマック音などはどうなんだろうな。あれは感情の起伏からより自由な操作的な記号と考えることはできるんだろうか。Knightの言い分を取るならば、スマック音は、呼気を使う音よりも、より操作的で嘘のつきやすいメディアである可能性がある。


20041103

 今日も7時起床。テレビではオハイオが勝負といっているが、そのオハイオもかなり赤く、ブッシュの勝利は濃厚の様子。憂鬱。朝から、昨日近所の電気屋で買った「The Office」を見る。これは茂木さんが日記で薦めていたやつ。のっけから「AKA」といいながら頭上で指さしをするというとんでもないキャラクターの男がでてきてのけぞった。こいつが主役か。まだ一話しか見てないが、すでにして登場人物全員、すばらしくキャラが立っていておもしろい。

 ホテルからの通り道に植物園がある。中はけっこう広くて、南北アメリカのみならず、日本も含めて世界各国から竹やら椿やらが集まっている。もちろんサボテンも充実。南の植物は枝振りを見ているだけでこちらの思考の時系列が改まるようで楽しい。
 大学でWWWにアクセスし家捜しするが難航。これは携帯電話がないといろいろ面倒だ。UCLA入り口のモバイル屋でえいやっと買ってしまう。 本体と登録料とプリペイド通話料で $140。相場を知らないのだが、まあとにかく手っ取り早く使えるようになってよかった。さっそくめぼしい subletな人々に電話をかけまくる。
 午後にはケリーが敗北宣言をし、ブッシュの当選は確定した。ここカリフォルニア州はケリーの圧勝で、UCLAの新聞によればドミトリーの出口調査では82%の学生がケリーに投票したらしい。もっともカリフォルニア州はアメリカでもひときわ青い州で、その中でもひときわリベラルな大学がUCLAなので、これを全土の傾向と思ってはいけない。
 今回の選挙に見られる赤青二極化傾向は、ぽっと出のわたしより、 町山氏の明快な分析を参照。
 図書館の検索システムにログインできないのでカードのデータを修正してもらう。UCLAの検索システムはかなり強力で、図書館蔵書、オンライン検索が縦横にリンクしている。さっそく帰って読むための論文pdfをあれこれダウンロード。
 夕方、さっそくいくつかの sublet な人たちから反応あり。ここ数日でなんとか決めたいところだ。  


20041102

 大統領選挙の日。とは言え、選挙権のない身には事もなし。あいかわらず早起き。近くのスタバで絵はがき原稿(また遅れてしまった)を書き上げ、図版を作り送付。今日は宿替え。川島さんに手伝ってもらい新しい宿に荷物を移動。Santa Monica通りのEnなる日本料理屋で海鮮丼。ものすごい量のわさびが付いてきて驚くが、味はおいしかった。うどんとセットで$13。ボリュームはアメリカンで腹一杯。

 今度の宿からは大学まで徒歩20分。ちょうど散歩によい距離だ。こちらに来てからというものの、よく歩いている。BotanyとかGeologyとかMathematicsとか書かれた建物を次々と過ぎていくと、何か詩を読んでいるような感じだ。おっと、広場にはデューク・エリントンに捧げる彫像。

 Bruin Cardなるものを受け取る。これはUCLA内でのID代わりになったり、あらかじめ入金しておいてカード払いができたりと、学内では必須のカード。さらに図書館や学外でLANを使うためのIDを発行してもらう。これで文献とネット検索を駆使して自分の端末で文章を書くという夢の図書館作業に励むことができる。
 あとの問題は住居。こちらではsubletなる制度があって、これは自分が短期間留守にする間、人にアパートなどを又貸しするというもの。ネットでいろいろ情報が検索できるのだが、たいていの場合は電話連絡になっており、しかもいったんこちらからかけてあとからコールバックというケースが多い。ホテルのフロントは留守がちであまり当てにならない。となると携帯がないと事は面倒そうだ。

 どうも住居が決まらないと落ち着かないが暗くなるまで図書館。帰ってロビーで選挙戦の結果を少し見て、近くのthe Borders(既出)へ。驚いたことに、この本屋+CDしょっぷの二階が投票場になっていた。CDのロックのコーナーのそばにインストアライブのためのスペースがあって、そこが投票場。トトやザッパのCDが並ぶそばで民主党と共和党の命運が決まりかけている。

 下のTVの前ではポテトチップのファミリーサイズをばくついている家族がいて、なんだか夜を占有しそうな気配なので、とっとと退散し、上の部屋でBlakeを拾い読み。


20041101

 朝から大学で最初の事務手続きあれこれ。10時からチャックの講義。ロドニー・キング事件の裁判記録を手がかりに、ビデオ映像から引き出される結論がいかに恣意的に焦点化されるかという話。いっけんすると、明らかにロドニーが一方的に殴られていることは明白であるにもかかわらず、ビデオから静止画像を抽出し、それを再構成すると、どういうわけか、「ロドニーが警官に抵抗したので警官はしかたなく防御した」という結論になる。たとえばビデオ映像の人物の些末な動き(たとえば倒れているロドニーの腰が動いたかどうか)が、警察側の分析家によって「攻撃への予兆」という風に結論づけられていく。
 映像の中の一部に注意の焦点を集めておいて、注意の向いた部分のみからできごとを再構成する。できごとの一部を抽出し、それを別のやり方で再構成する。と、オリジナルと180度逆の結論ができる。
 チャックは明言しなかったけれど、これは明らかにいまのアメリカで起こっていることに対応している。たとえば、例のイラクの大量破壊兵器の存在を繰り返し訴えてきた手法と同じだ(兵器倉庫の跡が見つかったとか、トラックらしきものの映像が映っていた、云々)。まるで明日の選挙戦を控えたアメリカの現実を想起させるような講義だった。
 2時間、プロジェクタつけっぱなし、レジュメなしの講義なのだが、内容はおもしろく、学生のテンションもほとんど下がらない。質問に対する反応もよい。

 講義が終わってから一人の学生が今回の選挙の話との関連を質問している。彼女がエミネムのヴィデオクリップを例に挙げてからこっちをちらと見る。ぼくが、ちょうど黒のフードのついた上着を着ていたからだろう。フードをかぶって「こんな感じでみんな歩くんだよね?」と言うと、「そうそう!」。

 昼食をチャックと取る。さっきの講義に関連してやはり今回の選挙の話。チャックは強烈なアンチ・ブッシュで(さっきの講義からもそれは分かったけど)、一票の格差の話やら保守派のやり口の話をひとしきりしたあと「もう、60年代がいちばんよかったなあ」などと全共闘世代のようなことをおっしゃる。彼のようなとんがった研究者にとっても、70年代以降の挫折感は深いのだろう。
 そのあとさらにぼくの仕事をあれこれ紹介する。ヘルメット実験や塾の休み時間の解析、それに GScriptなど。ざっと話すつもりが、ビデオクリップを見せるとさっそく「ここは何をしてるの?」と繰り返しデータを見ることに。本当にデータを見るのが好きな人だ。

 四時から今度はゼミ。クリスの発表。建築事務所でドラフトを見る二人の会話。図面にトレーシング・ペーパーを当ててギュッギュと線を引いてダメだしをする二人のビデオを解析しながら、トレーシング・ペーパーを会話の鍵概念としてあぶりだしていこうというもの。チャックがアクロバット・リーダーの使い方から文字の色までじつに細かくプレゼンテーションの方法について指導しているので、ちょっと驚く。
 それにしても、こうやって、講義に出たりディスカッションしたりゼミに参加したりで一日が暮れるというのは本当に久しぶりだ。院生のときはどちらかというと放任されていたし、それが居心地よくもあったのだが、じっさいにこうしてチャックと親密にあれこれ話ができるようになると、「先生」がいるというのはじつに楽しいことだなと思う。もしかすると、ぼくは「先生」に会いに来たのかもしれない。

 ゼミを終えたあと、シマさんにお誘いを受け、夕食をごちそうになる。ひさしぶりの玄米ですごくおいしかった。本棚に「白木屋三百年史」などというマニアックな本があるので(こんな本は、百貨店史の研究者か、ぼくのようなエレベーター史の研究者くらいしか見向きもしないものだ)言語学専門の人がどうして?と思ったら、パートナーのアリさんが日本建築の歴史をやっているそうだ。明治から昭和初期までの建築史の話やヴィジュアル・カルチャーの話をあれこれ。アリが「これ興味ある?」と持ってきた "Cities in evolution"という本をぱらぱらめくると、なんとこれがエジンバラの都市計画を書いた内容で、 あの、カメラオブスキュラのあるGettesの建物の話がずらずらと書かれていた。さっそくBookfinderで探すと一冊手頃なのが見つかる。UCLAには会話・ジェスチャー分析をするために来たのだが、明治の建築と文化の話ができるとは思わなかった。他にも学内に日本研究者がいるそうで(そりゃそうだろう)、何人か名前を挙げてもらった。時間があるときに本を持って訪ねてみるか。

 すっかり長居をしてしまい、最後はホテルに送っていただく。