大阪へ。中之島図書館で「上方」の索引をチェックして覗きからくりと錦影絵の項などを一通りあたる。府立図書館の主な本はたいてい中央図書館にあるのだが、大阪関係書はなぜか中之島にあったりする。交通の便と雰囲気は圧倒的に中之島のほうがよいのでありがたい。
そのあと、旭屋までぶらぶら歩いて本を買い込む。妹が絵を出しているという宝塚造形大サテライト(ここは夜にタレルによるライトアップを行なっているらしい)に寄って、それから梅田の喫茶店へ。
今日買った吉田豊「寺子屋式古文書手習い」は「江戸かな古文書入門」の続編というべき内容。候文の基礎に始まって、定型となる漢字の略し方を覚えていく仕
組みになっている。前作もそうだったが、吉田豊氏の本は、明治期のハガキ文を読もうとしているわたしのような人間にドンピシャの内容でたいへんありがた
い。これまで謎だった部分が、「仕候」などと他愛なく読めてしまうことがわかり、目が明いた気分になる。
その「寺子屋式古文書手習い」を読みながらしばし鉛筆で変体がなの稽古。そのあと、先日来読めなくて困っていたハガキを取りだして眺めてみると、判読できなかった部分の半分が読めるようになっていた。すばらしい。
などとやっているとハットリフェスティバル
とそのすてきなパートナーより「ほーい」とメール。いま大阪にいるというので、ハットリはさておきそのすてきなパートナーに会いに心斎橋で落ち合いアメ村へ。ぼくのアメ村記憶は
10年前ですっかり止まっており、キングコング→タワレコ→タイムボム→モンスーンで収穫をチェック、といったレコ屋コース以外とんとわからない。そのモ
ンスーンがすでになく、キングコングは場所が変わっており。もうオレの時代は終わったよ、と、ありもしない時代を振り返りたくなる午後。
いっぽうハットリフェスティバルは複眼ギャラリーで遊んだりコアな食道楽本を読み込んだりしていて、関西人のぼくよりよほどこのあたりに詳しい。いい雰
囲気の喫茶店、ということで「上のほうだけど、grafはどう?」と聞いたら、そのすてきなパートナーから「じつは行ってきました」と白山陶器のパンフが。
結局さっきまでいたというFuturoに行ってビール。
そのあと新世界に移動し、ここでもハットリ羅針盤が示す串カツ店に入る。松岡直也が微音でさわやかに流れる中、なぜか小室哲哉の話になり、ショウケース
のネタを指さしながら「オレならこのタコとホタテとウインナでコムロできるね!」などとコントロールを失った妄言を吐きながら次々と串を裸にする。うちア
ホやから欲しいものがさっぱりわからへんーでもホタテを食べたらこれかなって思うときもあるー、タコタコタコだらけの毎日ーウインナ食べても満たされない
赤い休日ー、(このへんからラップね)二度づけして怒られてみたい夜、コロモこびりついた串並べて明日をうらなう、串と串とが交差してわたしにダメ出しす
るdestiny、油まみれの服のにおいで目覚めた月曜の朝、古いシャツ脱ぎ捨てて出かけたら今日も食いにいくのか New World のカツを。
さらに暴走してもよかったのだが、相方が味なごはんを作って待っているというので、彦根に戻る。
妹と弟が来る。弟のところに子供ができたので、計四人。それぞれ年齢が違うのでなかなかかしましい。あと5年くらいしたら全員で遊べるようになるかもしれない。
それにしても、いまや幼稚園の子でも「ゲッツ!」て言うんだな。今が旬というときに最大風速で消費されていくお笑いの風は、わたしの姪というローカルにまで及んでいる。
G4のメモリを増設。てっきりスロットが二つあるものと思っていたのだが、蓋をあけてみると一つしかなく、これまで使っていた増設分のメモリが無駄になってしまった。吉岡氏に近くまで来てもらって譲る。
枚方へ。昼、しばし吉岡夫妻と近況報告がてら弁護士の苦労話を聞く。
交通事故で、誰がどれくらい注意を怠っていたかということは、裁判の焦点のひとつとなる。そうした「注意」は多くの場合、ブレーキをどこで踏んだか、前後にどんな車がいてどんな状況だったか、といった記憶と目撃証言によって構成されていくという。
ドライバーが相手をどこで視認し、逆に相手から見てドライバーがどこでブレーキを踏んだか、さらに第三者の目撃ではどうだったか、という記憶は、よく考
えてみるとそれほど正確に為されるとは限らない。にもかかわらず、それぞれの証言はしばしばぴたりと一致するという。証言や記憶というのは、やはり聞く側
(もしくは尋問する側)によってつじつまが合うよう構成されているのではないかという気がする。
実家へ。あれこれ話。
母親に「親指記」を見せるとさっそく抜き書きをして出来を検討し始める。元国語教師の血が燃えるのであろうか。「はじめにいくほどええね」とのこと。最近はいささかヒット率が低いらしい。
明治期の絵葉書の文面に読めないところがあるので、両親に見てもらうと、二人とも空にかなを書くようなしぐさをする。いわゆる空書行動なのだが、変体がなを読むときに空書が起こるということには気づかなかった。
そういえば、変体がなを覚えるには自分で書いてみよ、という話をよく聞く。手頃な本を買ってきて修行するか。
京都へ。菅原さんのところに西浦のビデオを取りに行く。夜、院生のお二人と飲み会。最後は菅原さんと例のごとくミックへ。例によって夜半まで。
石黒さんから「いにしえおもしろ写真館」CD-ROMをいただく。これはすごい。明治から昭和の浅草上野の今昔を豊富な写真・絵葉書資料で見る内
容なのだが、十二階の歴史が年代を追って一気にブラウズできる。写真の精度も申し分ない。十二階の上から眺めると、地上で「氷」の字がへんぽんと翻ってい
るのが見えたりする。あちこちクリックして愉しむ。
浅草公園六区の解説に「午前中の撮影なので人通りは少ないが、光線の具合がよく美しく撮れている。」とあって、なぜ「午前」と判断できるのかしばし考えて
分かった。影の方向なのだ。人々の影が西に短く落ちているので、時刻まで判断できるというわけだ。これには唸らされた。
夜、ハッシュで百間。百間の旺文社文庫版は玄関正面の本棚の上の方に置いてあって、一年に何回か、ここにすっと目が行く。出がけに適当なのを抜いて鞄に入れて出先で読む。今日は「菊の雨」。
すかっと晴れたのでどんどん洗濯する。
絵葉書趣味に一枚の絵葉書から(12),(13)追加。
午前中に台風が彦根上空を過ぎると、いきなり7が三つそろったように空気が涼しくなり、まるで「もうー、だいじょうぶだー」という剣さんの声が聞
こえそうな、そんなサマホーリデイな午後、ホロヴィッツかけながら、春から買いためてきた絵葉書を見直して、思い付いたことをあれこれ書きとめる。
絵葉書趣味に 明治・大正絵葉書記事拾い読み(1),(2)追加。
近くのスーパーが夜の9時半まで開けるようになった。この時間なら行きやすい。レジもあまり待たずに済むのでほとんど巨大コンビニという感じ。
ゼミ。これで前期のゼミは終わり。午後、パナソニックデジタルの方々が来訪。音声入力による映像データベースのデモを拝見する。映像を見ながら声 によってどんどんキーワードを入力していくことでデータベースを構築するというシステムで、たくさんある映像資産を活用するには便利なシステムだと思っ た。特にこれからはHDやDVDが主要なメディアになってくるだろうから、こうしたデータベースによって手もとの映像を簡単に引き出すことができるとあり がたい。
いっぽうで、ジェスチャー研究というのは、こうしたデータベースの手前、つまり、キーワード化やカテゴリー化が成立する手前で行われるものではな
いかという気もした。ジェスチャーが特定の判断基準によってカテゴライズされ、映像を巻き戻すことなくさくさくタグづけできる状態になったなら、その段階
で研究はほとんど終わったようなものだ。むしろそうした状態を避けるように、何度でも映像に裏切られるように研究は進む。
夜中に森さんと女殺油地獄の電話をしていて、「ポエムの第四コーナー」というフレーズを思い付く。競馬場のような無限地獄にコーナーはあるのか。
生物は生き難さを生き延びており、人間は進化の過程でおそらく、生き難さを生き延びるためのデバイスとして自己慰安を獲得した。自分の行為と感情
を結びつけ、特定の結びつきに対して正のフィードバックがかかるようなシステムを得た。その結びつきには大幅な個体間差と個体内差があり、生きがたさに思
い当たらない人もいれば生きることがひたすら憂鬱な人もいるだろうし、同じ人にも躁鬱の波は高く低く訪れるだろうが、少なくともどんな行為も自己慰安のシ
ステムから逃れることはできない。
行為は他人の前で行われるか、あるいは他人の前に痕跡を残す。自己慰安は他人への行為という形をとる。自分には慰安として向けられた行為が、必ずしも他人への慰安となるとは限らない。限らないが、自己慰安が相手の慰安に重なるような他人がいることは、慰安である。
国立文楽劇場。
一部「瓜子姫とあまんじゃく」姫に化けてから機織りごっこをするのが楽しくてしかたがないという感じのあまんじゃくのはね回る様楽し。
夏
休み親子向け公演とあって場内はもうもうたる菓子の匂い。「文楽はおもしろい」では、そのざわつく子供の興味を巧みにひきつける解説の数々。三人遣いの息
が合わない例を示していくところがおもしろい。子供を舞台にあげて足遣いをやらせるところでは、主遣いの頭が足さばきのおかしさを見下げるという一体分裂
状態。
「西遊記えぴそーど1」音効にシンセなどが加わっていたが、このようなアイディアは実験作というよりむしろ旧弊な試みで、むしろ太棹でどんな音を出すかを考えるほうがチャレンジだと思う。話がぶつぎれでまとまりを欠く。
二部「源氏布引滝」。琵琶湖とその周辺が題材ということで近しい感じ。相手をかばうため相手の片手を切り落とす。そのメンタリティ。九郎助住家の 段は、さまざまな解説書に名作とうたわれており、人間国宝吉田玉男の登場もあって、みどころ満載、のはずなのだが、なぜか急激に眠たくなり、首を落とす場 面でももうろうとしてしまった。寝不足で来ては行けないと反省。
三部「女殺油地獄」豊島屋の段では住大夫の浄瑠璃も相まって迫力抜群。
「行く末思ふお吉の涙、折からに鳴く蚊の声もいとゞ涙を添へにけり」(蚊の声の風情!)
「嫁
入先は夫の家、里の住家も親の家。鏡の家の家ならで、家といふ物なけれども、たが世に許し定めけん」など、名文句続出。これらが名文句だと思えるのは、子
供を蚊帳に入れるというしぐさや、鏡をのぞきこみながら娘の髪をくしけずるというしぐさが効いているからで、こうしたことはテキストだけではなかなかわか
らない。最後の油地獄も、三人遣いの三人がひとかたまりになって右に左にどうっと滑っていく、棒の先の銭がじゃらじゃらこぼれる、というのを見てはじめ
て、ああ、人も人形もここが地獄の一丁目なのだと思える。
油屋の女房に精神的な家はどこにもなく、五月五日の節句一夜だけが、かりそめの家である。精神のホームレスである。ホームという場所なきホームレ
スが住む、時間という家。家をいえいえと鏡写しにはね返す、そのことばにはリズムがあってスペースはなく、そのリズムにおいてかろうじて時間の家があらわ
れる。リズム&スペースならぬリズム&ブルース。
「こなたの娘が可愛い程、おれもおれを可愛がる親仁がいとしい。銀払うて男立てねばならぬ。諦めて死んで下され。口で申せば人が聞く。心でお念仏南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
といいながら与兵衛は女のリズム&ブルースに念仏唱えて殺してしまう。男はなぜ自らのリズム&ブルースを念仏に、明らかに地獄行きとわかっているスペースにはまっていくのか。スペースへ堕ちるものが唱える念仏というブルースを捉えない限り、この地獄は解けない。
毎度お世話になっている山下さん、雨森さんたちと中華を食べて、きたぐにに乗って帰宅。
羽尻さんから「至急電話」というメールが届き、どうもそれは至急というほどでもなかったようなのだが、ともかく遊びに行こうということになり、加 山さんとともに多賀方面へ。そばを食ってから河内の風穴へ。「犬を放り込んだらお伊勢さんから出てきた」と言われるほど複雑怪奇、果ての知れないこの風穴 からは、なるほど黄泉から来たのかと思われるほど、夏とは思えぬ冷たい風が吹き出しており、ざあざあと外に流れ出す川面では、たっぷり湿り気を含んだ暖か い空気が冷やされて、もうもうたる霧になって肌にじっとりまとわりつく。風穴の中はまず人間離れしたスケールの空洞で、羽尻さんは完全にスピルバーグ、 ルーカス、マトリックスをリローディッドする世界に入りきって奇声を発し続けていた。彼にはある種のコスプレ精神に取り付かれる癖があり、こうなると誰も 止められない。入り口にほかに何人か観光客がいたはずなのだが、誰もついてこないのは、おそらくこの声に怯えたためである。アップダウンを過ぎ、はしごを 上り、ここからは入れませんという柵の前で呆然としてからゆるゆる入り口に戻ると、外は土砂降りで、入り口近くでしばらく雨宿り。一人、長浜から来たとい うお年寄りが一緒に雨宿りしていたのだが、あまり話したがらない。この人も声におびえていた一人に違いない。羽尻さんがタバコをふかすと、煙は外に向かっ ていき、ちょうど入り口のところで、白いカタマリとなってものすごい勢いで外に吸い出されていく。
そのあと、龍潭寺に行くが、書院が改装中でちょっと残念。たねやでぜんざいを食って解散。
朝、ブラジルで昨日までのコピー見直し。より道で昼飯。
浅草新劇場で「明日は明日の風が吹く」。キャバレーのシーンで、(絵に描いた)エッフェル塔の横に立つ裕次郎。足を広げてすっくと立つその立ち姿
はなるほどまさしくエッフェル塔だ。最後の三兄弟が並んで決闘におもむくシーンでは、長男役の金子信雄と並び、裕次郎の長身はいやが上にも際だつ。
この頃の浅丘ルリ子はじつに初々しい、というかあまりに無垢過ぎて客席のあちこちから失笑も。
いちばんのみどころはなんといっても浜村美智子。両手で耳をふさぐように歌うシーンは悩ましいにもほどがある。
木馬座で浪曲定席を途中から。藤田元春はやや高い声ながらわずかに濁る倍音おもしろく「良弁杉由来」。志賀で鷲にさらわれた子供が奈良に落ち、僧
侶に拾われて後に高僧になり、年老いた母親と再会するという話。説教節にも通じる内容。文楽でも同じ話が明治二十年にできているので、そこから来ているの
かもしれない。
港屋小柳は忠臣蔵からの演目、ぼくにはこの人の高音はどうも幅が狭く思えて、思えてと思う間に、あ、眠ってしまった、すいません。東野浦太郎は「五稜郭始末記」。侠客柳川熊吉が五稜郭の戦いの戦死者の遺体を手厚く葬る話。切ったはったではなく、その後を語るというところがこれまた説教節の伝統を思わせる。お盆が近いなあ。
明治維新、文明開化というとほがらかな響きだが、そこには血なまぐさい陰惨な戦いがあり、累々たる屍の怨念が渦巻いていたはず、上野の森は戊辰の血を吸って生臭く、明治の浪花節の流行は、血気を血気で供養するような精神によっても支えられていたのだろう。
神田に移動して絵葉書を少し。早めに引き上げるつもりが、ものすごい夕立ちに閉じこめられてしまい、ボンディでカレー食ってようやく移動。東京駅で新幹線待ちの間に八重洲ブックセンターへ。
車内でデュバル「ホロヴィッツの夕べ」青土社。無類におもしろい。とくに著者がホロヴィッツと会い始めてからの記述では、ときにピアニストと聴衆の歴史を織り込みながら、そこにホロヴィッツのこわれやすさと強さが描かれていく。そしてオクターブ連打のような夫人の存在。
もうろうとホテルに戻り、午後いちで都立図書館へ。円朝全集をざっと読む。春陽堂版、角川版を見たが、明治期の新聞で報じられていた「十二階を題材とした落語」らしきものは見あたらない。残念。
それはともかく、円朝の「心眼」には参った。すごいな。どうすごいかというと、
さて、これは外題を心眼と申す心の眼というお話でござりますが、物の色を目で見ましても、ただ赤いのでは紅梅か木瓜の花か薔薇か牡丹かわかりませんが、ははあ、早咲きの牡丹であるなと心で受けませんと、五色も見分けがつきませんから、心眼と外題をいたしましたが
いきなり、「心で受けませんと、五色も見分けがつきません」と、なんとも志向的クオリアな結論で始まるのだ。 しかも、これはあくまで序の口。
盲人の梅喜が女房とともに断食をして満願の日に目が開くという筋書きで、「壺坂霊験記」に通じる説教節の下敷きを感じさせるのだが、その目が明いてからの描写がおもしろい。梅喜はばったり会った近江屋金兵衛に伴われて、目明きの世界のひとつひとつに驚いて見せる。
梅喜「あの向こうに二つぶらさがっていますのは・・・・・・・」
近江屋金兵衛「あれは提灯よ」
梅「家内などが夜つけて歩きますのはあれでげすか」
近「なに、それはもっと小さい丸いので、ぶら提灯というのだが、あれは神前へ奉納するので、まわりを朱(あか)で塗りつぶして、中へ黒で『魚がし』と書いてあるのだ、まわりは真っ赤、中は真っ黒」
梅「へええ真っ赤・・・・・・真っ黒、うまくつけましたな、なるほど真っ赤らしい色で」
目が明いた梅喜の見るさまざまな色の洪水、その洪水を、提灯の朱と黒がくっきりと色分けようとしている。もともと目明きである近江屋金兵衛には、それは「魚がし」というとるにたらないメッセージにしか見えないのだが、梅喜には、今自分がまさに獲得しようとしている赤の赤らしさ、黒の黒らしさを刻印するものに見える。
この話はいささか落語的に誇張がなされており、じっさいに開眼手術をした人の場合、もっと視覚と身体感覚との統合は複雑なプロセスを長い時間かけてたどる
ことになるのだろう。それでもおもしろいのは、「ははあ、早咲きの牡丹であるなと心で受けませんと、五色も見分けがつきません」というマクラが、ここで思
わぬ形で効いているからだ。
梅喜の「真っ赤らしい」ということばは、「ははあ、魚がしの提灯であるな」という心によって生まれているのではない。
それはむしろ近江屋の心である。近江屋にはさしたる色への驚きはなく、ほとんど梅喜へのサービスくらいのつもりで「まわりは真っ赤、中は真っ黒」と、いさ
さかくどい表現をしている。
近江屋は「真っ赤」と「提灯」とを結びつける。いっぽう、梅喜のことばはその「真っ赤」と「色」とを結びつけている。驚きは、色と物体との関係によって生まれているのではない。赤と色との関係によって生まれつつある。目の前の提灯は、提灯を越えた赤を担うものであり、これまでのさまざまな色経験が提灯の「真っ赤」の上で分節化されなおそうとしている。この過程が「真っ赤らしさ」という驚きのことばとなる。
ここで五色の見分けがついているのは近江屋のほうだが、その見分けは当然のように意識下で行なわれており、「心眼」と言挙げするほどのことではな
い。むしろ「心眼」と呼ぶに値するのは梅喜の驚きのほうである。色のクオリアを考えるとき、しばしば目の前のものと色との結びつきが強調されるが、それは
じつは語るほどのことではないとぼくは思う。むしろ、目の前のものが、これまでの色の再編を迫り、世界が急速に組み直されていく過程が問題であり、再編を
迫るような「もの」との出会い方が問題なのだ。
この梅喜の驚きがまさに「心眼」であることは、この落語の最後の部分によって明らかにされ、そこにいたる過程もじつに見事なのだが、ここではあえて書かない。
広尾から参宮橋に移動。巻上さんのワークショップのパフォーマンスを見て、そのあと「声とコミュニケーション」の対談。
終わって、近くの韓国料理屋ですごいボリュームの水餃子。
横浜へ。開港資料館で新聞をひとしきり読む。昼休みに新聞博物館に行くが、常設企画とも、どうも展示の詰めが甘い気がする。とくに音に対する配慮 が足りない。明治の新聞売りの声はアナウンサーみたいだし、あちこちで音声がバッティングしている。明治から大正期にかけての新聞史、とりわけ技術史を もっときちんと見たいものだ。
近代文学館でさらに資料集め。喫茶でコーヒーを飲んでたら、店主が「クリームと砂糖を入れなさい、カロリーつけなきゃ」といって、有無を言わさず
クリームをどーっ、砂糖を一杯二杯と入れてくるくるっとスプーンでかき混ぜる。いつもブラックで飲んでるのでどうかなと思ったが、なるほどここのコーヒー
はこうすると味がひきたつ。そのあともあれこれ話を聞いたが、なんといっても、「カロリーをつけるために」コーヒーを飲む、という考え方がおもしろかっ
た。
文学館が閉館してから少し間があるので、村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」。
村上氏はこの対談でリズムと「スペース」の重要さを何度も強調している。リズムのほうは「文章のリズム」といったぐあいによく使われるけど、そこに、スペースという空間感覚が重ねられているのがおもしろい。そして、このスペースとは、間合い、もしくは呼吸の問題らしい。
そのへんの翻訳の間合いというのは、最初のうちはどうしたものかちょっと戸惑いました。でも僕は途中から、あ、これは字句の意味よりはスペースの問題なんだ、呼吸の問題なんだ、と思うようになったんですよ。ホールデンは呼吸をしたがっているんです(p37)。
たとえば英語の表現に「キュウリのようにクールだ」というのがあるけど、あれもひとつのクリーシェですよね。
それを、ただ「とてもクール」と訳すと、もちろん意味自体としては○なんだけど、cool as a
cucumberというひとつのセットとしての言葉の存在感は、どっかにぺろっと消えちゃいます。それが僕の言う言語的様式性と、語義的内容の問題なんで
す。cool as a cucumberというのを、ただ「とてもクール」というふうに訳しただけでは不十分なケースもしばしばあると思う。
そのcool as a cucumberというクリーシェの占めるスペースみたいなのは、やはりスペースとして日本語に訳し換えないと、本当の意味では正確な翻訳になっていないんじゃないかと。(p36)
(村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」文藝春秋新書)
「呼吸」というのが、単に息継ぎなんじゃなくて、むしろ強調とか誇張にかかわる感覚だというところがミソ。もっと短絡して「強調とは呼吸である」といってしまいたい興味深い論。強調とか短絡とか捨てぜりふとかを、みんな呼吸するための「スペース」だと思うとなんだかわかったような気になるな。
時
間を空間に固定する感覚は、終わった文字列を再訪しながらそれに息を吹き込むという翻訳者の感覚につながる。そしてこの、終わった時間を場所として再認す
る感覚というのは、おそらく村上春樹の小説の核でもある。その意味で、彼が翻訳という作業と小説執筆という作業を往復しているのは興味深い。
夜、東伯楽でハットリフェスティバル。アニメの企画を考えるように言われて、次々とでまかせなアイディアを口にするが、我ながら、じつに実用性に乏しい。楽しく飲み食いするうちにもうろうとなり、ハットリ邸に沈没。
彦根から新幹線で東京へ。車内で苧阪直行編「意識の科学は可能か」(新曜社)。2000年の心理学学会のシンポをまとめたものだが、当時のものよりさらに問題がはっきりしている。
苧阪氏の論考は、ワーキング・メモリというの複雑な問題をかなり明確に図式化しようとしている。見通しがよいのだが、いっぽうで疑問が残る。たと
えばp31のようなダイナミックスモデルの図式は、一見、とてもすっきりして見えるが、それは、感覚の入り口である目・耳から一方的に入力が入り、「環境
と自己の理解」という出力が出され、この二つがまるで別物のように描かれているからだ。
必要な情報が入ったあと、情報処理が終わるまで身体が環境
から切り離されるのならこれでいいと思う。が、じっさいの身体は、環境の中でたえず動き続け、何が必要な情報かという判断じたいを更新し、注意を更新し続
ける。そのような事態を捉えるには、この図式からもれている「情報と自己の理解」と目や耳との関係を考える必要があるし、それらがワーキングメモリや中央
実行系に及ぼしている影響について考える必要があると思う。
一般に、情報処理モデルには、情報入力から情報出力までの間のタイムラグを軽んじる傾
向があるように思う。このタイムラグのあいだ、わたしたちの身体が環境から全く切り離されているなら、おそらくわたしたちの心理はもっと容易に理解される
だろう。が、残念ながらそうではない。
以前、チャットシステムの時間構造の話の中で、私は以下のように書いた。
現在、チュ−リング・テストは、チャットと同じように、文字列の送受信を使って行われている。相手が何か発
言を送ってきたら、適当な答えを返すような自動応答プログラムが、テストの対象だ。判定者とプログラム(もしくは本物の人間)を一定時間チャットさせる。
判定者はどちらが本物の人間でプログラムか判断する。相手のプログラムを本物の人間と取り違えたなら、プログラムはチュ−リング・テストに合格することが
できる。
最近の自動応答プログラムは、かなり作りこまれていて、文法的に間違いのない、しかも相手の使った単語をある程度取り込んだ、いかにも人
間の言いそうな応答をさせることはできる。数分の会話なら、相手を煙に巻くことはできる。そして、会話プログラムの作成者は、判定者の発言内容を取り込み
ながら、いかにもっともらしい応答を自動的に作成するかに心を砕いている。
しかしプログラムは応答にあたって、どのようなスピードで一文字一文字を表示していくかを気にする必要はない。せいぜい単位時間あたりの発言量に気を配る程度だ。なぜなら、先にも述べたように、現在のチャットでは参加者の文字入力過程はシェアされていないからだ。
また、プログラムは、相手と自分の発言が重複してしまうかどうかを心配して細かい送信のタイミングを調節する必要もない。たとえ判定者とプログラムが同時に発話を送信したとしても、二つの発話はもれなく二つの行に配列されるだろう。
さらに、プログラムは自分の発言中に、いつ相手が割り込んでくるかとびくびくする必要もないし、そうした割り込みに反応して自分の発言を止めたり軌道修正したりする必要もない。なぜなら、一つのターンは一気に送信され、その間に相手の発言が割り込む可能性はないからだ。
ボ
ルターはチューリング・テストの限界について「マシーンは人間の触覚、味覚、臭覚を模倣することを求められているわけではない。つまり、人間の持つ多面的
な巧妙さを示さなくてもよいのである。コンピュータは人間のように書き、読めばいいのであって、その作業はただアウトプットされるテキストによってのみ判
別されるのである。」(ボルター1991/1994)と鋭く指摘している。しかし、チャットの時間構造には、じつはボルターが述べている以上の制約があ
る。プログラムは、人間のように書き、読む必要すらない。プログラムは書くという過程、つまり文字列を送出する過程の一部始終を相手に見せる必要がない。
適当な単位の文字列を一気に送出すればよいのだ。
チャットを用いたチュ−リング・テストにおいて、プログラムは、人間が音声会話で行なっているよ
うなルールの生成や組織化からまぬがれている。重複やターンの生成はあらかじめ排除されているか、簡略化されており、プログラムは重複やターンを扱うため
の複雑なコミュニケーション技術を持つことなく、判定者と「会話」をすることができる。
レーブナー・プライズ・コンペティション(*5)のような
会話プログラムのコンテストに参加しているプログラムの中には、すぐれた単語の識別能力と膨大な辞書を持ち合わせ、豊富な話題を提供できるプログラムがい
くつもある(*6)。チャットというメディアを用いる限りにおいては、過酷なチュ−リング・テストに合格するプログラムの登場はもはや間近いと思われる。
しかし、それは、それは人間の会話コミュニケーション能力のごく一側面を機械が真似たということに過ぎない。
プログラムは文字列を生成する過程を
表現することを免れている。いっぽう、言葉の生成過程を相手にさらすというリスクを負うことで、人間どうしの音声コミュニケーションは複雑な陰影を帯びて
いる。刻々と進む発言のプロセスを参加者全員で共有し、お互いの発言の時空間的な重複を許すようなチャット環境が出現したとき、チュ−リング・テストの新
世紀が訪れるだろう。
(「チャットは何を前提としているか −チャットの時間構造と音声会話の時間構造−」
細馬宏通 2000 岡田美智男・三嶋博之・佐々木正人編『bit
別冊 身体性とコンピューター』共立出版 pp. 338-349)
IRCのようなチャットでは、コミュニケーションが入力時間と出力時間に分断される。こうしたチャットをコミュニケーションモデルに据える人は、
コミュニケーションを入力時間と出力時間に分断して考えることになる。こうした考え方は扱う現象をシンプルにする。が、いっぽうで、そのシンプルさは、情
報処理過程のリアルタイム性を回避することで得られていることもあることを意識しておく必要がある。
下條信輔氏の論考は、語りうる範囲を明確にしていて得るところが多
かった。とくに「心理物理実験は自他の相互理解に依存するのであって、逆ではない。心的経験にまつわる自他の相互理解という謎を、心理物理実験のパラダイ
ムの枠内で、それに依存して解くことはできない道理です。」という指摘と、「主観経験の共有という意味での『間主観性』と、脳のイメージングを始めとする
身体と脳の『間客観性』との間のメタ関係」という問題の所在の指摘。
午後、下水文化研究会の集まり。江戸東京博物館の十二階模型前で話。煉瓦の由来を尋ねられるがはっきり答えることはできず。「もっと公共機関の資料を使ってよくお調べにならないと」と指摘される。勉強します。
早稲田に行き、次世代研究会。清水さんのダイナミック・タッチに関する研究発表。ダイナミック・タッチが振り方によって結果が変わることがわかり得心。「不変項が言語に凍結する」という三嶋さんの名フレーズを受け、「言語とは『不変更を探してね』という依頼である」という考えを思いつく。
その後飲み会。久しぶりに根ヶ山さんとあれこれ話した。
ゼミ。みるみる時間がたつ。夏休みまであと少し。
ルータの会社やNTTやらあちこちに電話する。結局、症状からは原因が特定できないの
で、NTTの修理の人に来てもらい、原因を切り分けてもらう。どうやらNTT側の交換機の不調だったようで、夕方には無事直った。電気関係の修理の人の手
際は確実な魔法のようで、テスターといくつかのチェック項目をあたっていくうちに、見えない原因があっ振り出されていく。パソコン修理の人にも感じること
だが、電気修理をする人の的確さにはどこか聖的なところがあると思う。
夜、琵琶湖花火の低い音。三階の踊り場から見物。