早朝、まだ暗いうちから提灯を片手に行き交う人々。カメラはそこから「小原呉服店」という看板へと近づくと見せながら、さりげなく、地上から二階の高さへと移動している。だから、次のショットが一階ではなく二階のできごとであることが、すっと見る者に直感される。
天井から弧を描くように動くカメラが捉える、蒲団からはみ出ている子供の足。がらりと引き戸を開ける音がして、人々の「おはよう」の声が重なるが、この場所には何も起こらない。どうやら先ほどのカメラの動きから直感されたとおり、ここは二階らしく、音と声は、見えない階下からしているらしい。
いや、本当に階下だろうか。「まだ真っ暗やん。こんなはよからお父ちゃんどこ行くんやろう?」そういいながら子供の眼はまだ開いていない。「真っ暗」なのは、単に外が暗いからだけでなく、眼が開いていないからではないか。これは真っ暗な夢の中なのかもしれない。先ほどの「おはよう」の声たちも、もしかしたらこの子供の夢の中の人々が発しているのではないか。
「なんかあったかなあ? 今日…今日…あ!」
突然、子供の眼はパチリと開く。開けることで、真っ暗闇に朝を招き入れるように。「だんじりや!」子供は叫びながら階段を駆け下りると「お父ちゃんおはよう!」とまず挨拶をする。「おお、起きたんか?早いのう」。すると近所の衆が「おはよう糸ちゃん」と声をかけ、糸ちゃんと呼ばれた子供は「おはようさん!」と返事をする。たったこれだけのことで、幼い糸ちゃんがもう近所づきあいのあること、返事だけは一人前であることが知れる。おばあちゃんが「糸子おはよう」というので、糸ちゃんは糸子という名前なのだと分かる。おかあちゃんも「おはよう」と声をかける。気取りのない声で、しかし繰り返しを怖れることなく、家族一人一人がおはようと言う。糸子は、そういう家族に囲まれて暮らしている。
そそくさとだんじりにでかける父親に、いってらっしゃーいと声をかけた糸子は誰にそんな見送り方を教わったのか、外に飛び出し盛んに手を振る。「きぃつけてな!おとうちゃん、きぃつけてな!」 お父ちゃんは振り返ってから、遠くの糸子に半ば手を伸ばすように、半ばその声を制して大丈夫だとでも言うように、てのひらを振るのではなく、前方にぐいと突き出す。お父ちゃんが向き直って歩き出しても、糸子はまだ両手を振りながら懸命に繰り返している。「きぃつけてな!おとうちゃん、きぃつけてな!」
見る者は、その幼い糸子の声に送り出されてから、二人の糸子による愛らしい歌へと誘われる。
幼い糸子の声は、だんじりの日の忙しさを簡潔に紹介する。「まちの男の人らはだんじりを引きにいきます。女の人らはごちそうをようさんようさんこさえます。」何気ない説明だけれど、のちの糸子が女と男の区別のあり方に繰り返し挑んでいくことを思うと、このごくありきたりな説明ですら、彼女の行く末に関わっているように感じられる。