ペドロ・コスタ「ヴィタリナ」

「ヴィタリナ」を見て何度も眠りに落ちた。闇から顕れる映画なのに、闇に塗り込められていくようだった。とにかく視認するのがワンショットワンショットとても時間がかかって、何が写ってるんだろう、それはなに?それはどこ?闇から輪郭、闇から面が浮き出してきてようやくその闇に慣れた頃には、あるいはその闇に慣れようとして眠りに落ちた頃にはもう次のショットになっている。そうやって何度も闇に塗り込められていく。懺悔するときも闇、懺悔する顔がどこにあるのか格子がどこにあるのか、そしてわたしは格子のこちら側にいるのか映画館の闇にいるのか、そう思う間に静かで訥々とした告解の時間が過ぎていく。闇から何度も空間を見いだし続けて、ビタミンAを使い果たして、ユーロスペースを出ると、渋谷は隅々まで明るくて、向こうにお茶づけ海苔の看板が見えて、このやたらと明るい街はどうかしてるんじゃないかと思う。

(2020.9.28 センター街を歩きながら吹き込んだものを編集)

試訳:Elmore James “Shake your moneymaker”

腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、そんでちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいん

腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、そんでちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいん

つきあいだしたあのこ、住んでるのは高台
つきあいだしたあのこ、住んでるのは高台
愛してるって言われるけど、信じられねえな

腰を振らなきゃだろ、腰を振らなきゃだろ、ベイビー
腰を振らなきゃだろ、腰を振らなきゃだろ
腰を振らなきゃだろ、ベイビーちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいん

つきあいだしたあのこ、ぜったい本気じゃない
つきあいだしたあのこ、ぜったい本気じゃない
ちっとも動きやしない、いいこと教えてあげてるのに

腰を振らないんだ、腰を振らないんだ
ぐいぐいしないんだ、腰を振らないんだ
腰を振らないんだ、ないんだちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいん

腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、腰を振るんだ
腰を振るんだ、そんでちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいーんちゅいん

(試訳:細馬)

燃える子どもの夢

 まなざしといえば、つい先頃、改訳が文庫化されたラカン『精神分析の四基本概念』で繰り返し論じられる夢がある。それはフロイトの『夢判断』の最終章で紹介されている夢で、重要な筋書きは以下のようなものだ。
 
「ある父親が昼も夜も病床にいる子どもの看病をしていた。子どもが死んでしまったあと、父親は隣の部屋に引っ込んで休息するが、ドアは開けておいた。隣の部屋で、大きな蝋燭たちに囲まれている遺体を見ることができるようにするために。一人の老人が番人役となり、遺体のそばで経文を唱えていた。父親は、数時間眠ったのちに夢を見た。子どもがベッドの側に立ち、彼の腕をつかんで、咎めるように言う。「お父さん、ぼくが燃えているのが見えないの?」父親は目覚め、隣の部屋からまばゆい光がさしてくるのに気づいた。急いで入ると、老人が眠りこけており、帷子と大事な子どもの片腕が、倒れた蝋燭のために焼けていた」(フロイト「夢判断」細馬訳)。
 
 この事例でラカンが注目するのは、子どもの「見えないの?」という「まなざし」の懇願であり、ここからラカンの「眼とまなざし」の議論が展開していくのだが、その問題は『精神分析の四基本概念』で読んでいただくとして、わたしがこの夢ではっとさせられたのは、別のことだ。夢の中の子どもは「彼の腕をつかんで」父親に触覚的に関わろうとする。そして、フロイトは、この「腕をつかむ」ということに注意している。
 
「しかし、夢が意義深いプロセスであり心的できごとの只中に差し挟まれるのだとわかっていてもなお、このように一刻も早い目覚めが必要な状況下にあってさえ夢がやってくるというのは驚くべきことではないだろうか。この夢もまた、願望の充足なしにはありえなかったのだということにわたしたちは気づかされる。夢の中で、子どもはあたかも生きているかのように振る舞い、父親に忠告し、ベッドの側にきて腕を引っ張りさえするのだが、この動作は、夢が子どものことばを引っ張り出す源となった同じ記憶の中で行われていたものだろう。この願望の成就のために、父親は自身の眠りをひととき引き延ばしてしまったのだ。夢が目覚めを促す考えに打ち勝ったのは、父親が子どもを再び生かそうとしたがためだった。」(フロイト「夢判断」)
 
 子どもの警告にもかかわらず、夢がなおひととき眠りを延長したのは、父親が子ども「再び生かそうとした」がためだったのだが、その感覚を得るには、子どもの声だけでは足りなかった。子どもが自分の腕をつかむその体性感覚を、子どもが触ると同時に触られていることを、父親はありありと感じたかったのである。