Life On Mars? by David Bowie (試訳)

「火星に生き物はいるのかな?」

ほんとにどうでもいいこと
髪がねずみ色の女の子には
なのにママはダメって叫ぶし
パパは出て行けっていうし
なのに友達はどこにも見あたらない
というわけでその子は深い夢へと歩いて行く
ばっちり見える座席にすわって
銀幕に見入る

でも映画は悲しいほど退屈
だってもう10回以上も見てるんだもの
あのバカどもの目にツバをはくことだってできる
なにがよく見ろだ

水兵、喧嘩するダンスホール
あらまあ、見てよあの原始人のヨイショ
なんてでたらめなショウ
ちょっとみて、保安官がなぐる無実の人
おやまあ、保安官は知るよしもない
これが大人気のショウってことを
火星に生き物はいるのかな?

アメリカの苦しそうな額見ればわかる
ねずみのミッキーは牛になっちゃったんだ
いまや労働者は名声のために闘う
だってレノンがまた売り出し中
ほらねずみが大挙して
イビザからノースフォーク・ブロードまで
「統べよ、ブリタニア」は歌えない
うちの母にも犬にも道化にも

で、映画は悲しいほど退屈
だってわたしが10回以上も書いた脚本だから
また書いてるところだよ
ほらご覧あれ

水兵、喧嘩するダンスホール
あらまあ、見てよあの原始人でヨイショ
なんてでたらめなショウ
ちょっとみて、保安官がなぐる無実の人
おやまあ、保安官は知るよしもない
これが大人気のショウってことを
火星に生き物はいるのかな?

Life On Mars? by David Bowie (試訳:細馬)

阿部青鞋の句/『ひとるたま』から(4)

螢火は螢の下を先づてらす

 阿部青鞋『ひとるたま』より。小さなものの小さな大きさを拡大する青鞋のことばは独特だ。「先づ」というのがまずきいている。まず、ときたらその次があるにちがいない。まずと次の関係は、時間だろうか空間だろうか。時間なら、まず蛍火は蛍の下を照らし、次は空中を飛来するのかもしれない。しかし空間なら、蛍の真下が「まず」で、その蛍の輪郭から漏れる小さな領域が、おそらく「次」だ。

 ゲンジボタルの場合、葉の上でじっとして弱く発光するのは主に雌で、雄は飛びながらときに多くの個体が同調発光する。わたしはなんとなく、この蛍は雌だろうと思っている。それはこの句の蛍火が女性的だからではなく、空間的な気がするからである。作者は蛍の下に思いをはせている。飛び廻る蛍を見て「蛍の下」という空間に思いをはせるのは難しい。この蛍はじっと光っており、だから作者は「蛍の下」という語をまず得た。そして蛍の存在をこちらにもらすそのささやかな光が、次。蛍が先でわたしが次。たぶんわたしでなくてもよかった。

わろてんかがわからない

 もう「わろてんか」について真面目に考えないほうがいいとは思っているのだが、つい筋のつじつまを追い始めてしまったので、書き留めておく。

 先週末の話。亡くなった兄の論文は、これからは「この日本でしかできない新しい薬を作る」という主旨であり、栞はその「本当の新しい挑戦」に感銘して出資を申し出たのではなかったか。だから藤岡家は、てっきり新薬開発の研究所でも作り始めるのかと思っていた。ところが今日見たら、薬種問屋は洋薬の専門店となっており、父がニコニコ笑っている。

 それ、兄の夢やのうて父の夢や!

 先週末の話に戻るが、どうやらこの店は薬種問屋だというのに、明治37,8年に大量の戦没者や病死者を出した日露戦争など関係なかったみたいだし、征露丸だの毒滅だの仁丹だのの話も出てこない。兄は「人間は…戦争もする、アホないきものや。人生いうんは思い通りにならん、辛いことだらけや」とてんに言うのだが、これでは「戦争」が何のことかもわからないし、病弱な兄の屈託も、そのことばの重みも伝わらない。せめて少しでも日露戦争の描写をしておけばよかった。

 その兄は「家族の笑顔に包まれ」亡くなったとナレーションで告げられたのだが、いくら「つらいときこそ笑うんや」と兄妹が約束したからといって、跡取り息子を若くしてなくすというそのときに家族が笑顔になるなどということがあり得るだろうか。まさかてんが今際の際に「あーっはっははは」と笑いだしたわけでもないだろうから、その笑顔が生まれる過程をきちんと描いてくれたらよかった。

 栞と会った日に出資の話がまとまり、その日に藤吉と逢い、その翌日にてんがぼーっとしているときには、もう店は洋薬の店になっており、しかもまだ藤吉はじめ一座は京都にいるらしいのだが、いったい今は何年何月何日なのだろう。

 まあ、このドラマに関しては、以上のようなことをいちいち考える態度がそもそも間違っているので、毎日毎週新しい話が始まるのだと思って(それは連続テレビ小説ではないと思うのだが)、気楽に見るのがよいのかもしれない。

 

「わろてんか」をなぜ明日も見るか

ちりとてちん、ドイツ人、土下座、チョコレート、何本もの酒、倉庫、チンピラ、手紙…ほんの10回ほどの間に何ら深みを与えられることなく使い捨てられ燃やされてきたヒトやモノやエピソードたち、倉庫の火事がただの家族騒動にしか見えないのは、火事が深刻だからではなく、このドラマがこれまで番頭や女中頭をはじめ問屋の面々についてろくな描写をしてこなかったからであり、物語の屋台骨を欠いた問屋で父親が孤立し兄が倒れるのも無理はなく、この調子ではいま思い入れしそうになったヒトやモノやエピソードも早晩使い捨てられるに違いない、次は何が粗末にされるのだろうと、もはやヤケクソ気味に覚悟しているのだが、その中にあって、ほとんど後ろ盾のない曖昧な役どころを濱田岳と徳永えりがあまりにも好演している、これは焼け野原の上に演技一本で現実感を立ち上げる劇なのかもしれない、明日も見逃せない気になっている。

 

吉野、釜ヶ崎、西行

 今日は上田假奈代さんと誠光社で釜ヶ崎の話をした。

 最初に声の話をしておいたのがよかった。假奈代さんが十代の頃、吉野山で木に向かって古典を朗読してたら「声が見えた」と言うので、それはふと西行の「吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき」を思い出して、それって西行が木の梢や雲を見るうちに身も心もあくがれ出でる話に似てるなあという話をしたのだが、あとで、釜ヶ崎でビールの缶ハサミで切っていろんなカラクリを作るからくり博士のおっちゃんの話になり、そのからくり博士が、通天閣が自動的にビールを飲むカラクリを作ったという話をきいて、「その人、西行!」って思わず言ってしまったのが今日のヒット。通天閣は釜ヶ崎の梢。

 声は我が身を放つ。その放たれる我が身は、誰に聞きとどけられるように放たれるのか。

 わたしたちはつい、一人語りのおもしろさや巧みさを「表現」と呼ぶけれど、語りは一人では始まらない。それがいわゆる語り芸になる前に、誰かに声で語る気になること、語りを聞きとどけることは、それはすでに表現のたねではないのか。釜ヶ崎で誰にも過去を語らなかった人が、誰かに電話をかけ、声で語り出すときがある。語り手だけに属するのでも聞き手だけに属するのでもない声。そういう話になった。

 普段は釜ヶ崎の話と表現の話は別々になってしまうんだけど今日はそれがくっついたのでよかった、とあとで假奈代さん。


 土地の記憶について。

 いまの釜ヶ崎近辺は明治前期は田んぼだったのだが、明治36年(1903年)に内国勧業博覧会を行うため、名護町(いまの日本橋界隈)に住んでいた人たちを立ち退かせたことで、釜ヶ崎に木賃宿が形成されたという(加藤政洋「大阪のスラムと盛り場」を白波瀬達也「貧困と地域」から孫引き)。そのあと、1970年の大阪万博で日雇い労働者の流入によって釜ヶ崎はまた変容する。假奈代さんをはじめ、内国勧業博覧会の跡地にできたフェスティバル・ゲートで活動していた面々がやがて西成でさまざまなプロジェクトを始めることまで含めると、この地は博覧会によってさまざまな影響を被ってきたのだとも言える。

 天王寺から天下茶屋まではかつて南海電車天王寺線が斜めに走っていたのが、いまはあたかもこの地域の縫い目のようにフェンスで囲われた地帯となって、街のあちこちに破調をもたらしている。たとえば動物園前一番商店街の真ん中を斜めに横切っているフェンス地帯がその典型だ。ココルームの裏には意外に広い庭があるのだが、それは実はこの鉄道跡に接しており、変わった形になっている。また萩ノ茶屋の三角公園もこの鉄道に沿った形で「三角」になっている。そういう話もイントロでちょっとやった。

祭りと脱線

 アネモメトリの最新号で、福永信さんが探訪記を書いておられる。最初から脱線しておられて、実に共感をもって読んだ。芸術祭に行くのはどこか、見知らぬ土地に紛れ込むのに似ていて、わたしもずいぶん脱線を楽しんだからだ。何がどう脱線かは、福永さんの文章をどうぞ。

まちと芸術祭

 それで、わたしもあれこれ脱線したのだけれど、それについては、10/7発売の新潮に「風の一撃:札幌国際芸術祭から」と題して短文を記したのでよかったら読んでみて下さい。吉増剛造、砂澤ビッキ、そして毛利悠子の作品を取り上げています。

DVD版『この世界の片隅に』オーディオ・コメンタリ/キャスト編、目鱗だらけ

 DVD版『この世界の片隅に』、オーディオ・コメンタリ/キャスト編 出演:片渕須直(監督)・尾身美詞(黒村径子役)・潘めぐみ(浦野すみ役)・新谷真弓(北條サン役)がもうもう楽しく、発見が多い。物語の中に声で入り込んだ方々の視点は実に新鮮。

 たとえば駅員さんの「呉」のイントネーションについて、駅員さんらしさをとるか地元らしさをとるか。あるいは婚礼の日のキセノの「『だいじょうぶかいね』のカンペキさたるや!」とか(そうそう、津田真澄さんの突き放した広島弁は実にかっこいい)。あるいはあるいは干し柿を食べる音に対して「ちょっと干し柿食べたくなりますよねー」など。そしてもちろん、尾身さん、潘さん、新谷さんご自身の声の当て方や方言の問題、録音の過程、細かいガヤの声にいたるまで…おっと、このままだと全部書いてしまいそうなので、あとはDVDで確かめてみて下さい。

ユリイカ「蓮實重彦」特集を読みながら

あ、ここもここも、とメモを取り、かつ一方で吉増剛造の自伝にインスピレーションを得ているというのは節操がないにもほどがあるのだが、そうなってしまう。この二人は全くことばに対する感性というものが違っているし、戦後の捉え方も違っているけれど、それを、相容れぬ思想の違いというよりは、人の来歴の違いと考えている。ユリイカの「蓮實重彦」特集を読みながら。島尾敏雄は正直長すぎて過去に何度もあきらめた。安岡章太郎の正直さには感じ入るところがあった。安岡章太郎はなんとか読み通すことがなんとかできる。しかし、実をいえば詩だけでも頭の中が音でいっぱいになってしまうのだ。