蝉の季節

 春が暖くなって暫くした頃、奥の鍋土(なべつち/注:現在の焼山吉浦線の奥)の方へ山を登って行くと、姿が見えぬのに林の間から「ゲース、ゲース」と春蝉の大合唱が聞えて来る。それから一ヶ月位、どこへ行っても蝉の声はパタッと聞えなくなる。

 7月に入って夏休みが待たれるなあと思う頃、「チーッ、チーッ」と2段トーンのチイチイ蝉が庭の木の隅の方で先ず鳴き出す。小型で羽が茶鼠色で少しすばしっこい。次に「ケリ、ケリ、ケリ」と茶色の油蝉が登場して来る頃は夏休も始った頃で最も夏が楽しい頃だ。

 「シャン、シャン、シャンシャン…ジュジュジュウ」と熊蝉が鳴く頃は暑さばかりがこたえて宿題等思いだしたくない頃である。この頃三日市へ行くと「カナ、カナ、カナ…」と日ぐらしが聞けて子供心に文学的な品のある自然に思いをはせる。

 𠮷浦へ帰った頃「オーシ、ツクツク、オーシツクツク、……」とつくつく法師が鳴くと「アア夏休が終るなあ」と悲哀を感じた。この蝉はそれを知ってか終頃に「ツクリン、ヨーシ……(𠮷浦地区の表現)」と転調をして泣き終いをする。

現在の焼山吉浦線沿い、𠮷浦から山手に向かう道はあちこちU字型に屈曲している。鍋土峠はその焼山𠮷浦線の途中にある。

細馬芳博(昭和4年生)のノートから。