Deacon Bluesについて(M. Myers “Anatomy of a Song” より)

 ウォール・ストリート・ジャーナルで健筆を振るうマーク・マイヤーズの「Anatomy of a Song: The Oral History of 45 Iconic Hits That Changed Rock, R&B and Pop.」はタイトル通り、ロック、R&B、ポップ史に残る45曲を取り上げたもので、一曲一章で構成されており、それぞれマークによる簡単な紹介のあとに当事者のインタビューが収められている。インタビュー自体はさほど長い分量ではないけれど、ミュージシャンのことやアルバムのことを幅広くきくのではなく一曲を集中的に取り上げることで、当事者の思わぬひらめきがあちこちに顕れており、読み応えがある。

 この本、選曲がまたぐっとくるのだが、どんな曲が入っているのかは、マーク自身のwebを参照してもらうとして、ここではスティーリー・ダンの「ディーコン・ブルース」の章から、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーのやりとりをいくつか訳出してみた。サウンド作りについてもサックスのピート・クリストリーブ自身の発言など、ここに訳出した以外にもいろいろおもしろいことが書いてある(そしてあちこちのブログに出典なしで引用されている)ので、興味のある方は原著をあたるといいと思う。

 途中でウォルター・ベッカーが「天窓」についてさらりと発言していてはっとさせられる。この天窓のイメージは、まるでフェイゲンの「ナイトフライ」のラストではないか。確かにこの二人は、どれがどちらの考えなのか分かちがたいほど、イメージを分かち合っている。

 


フェイゲン:ウォルターとぼくで「ディーコン・ブルース」を書いたのはカリフォルニアのマリブで、1976年にはそこに住んでたんだ。ウォルターがぼくの家に来て、二人でピアノの前に座ったりしてね。ある日ぽつんとコーラスを思いついたんだ。もしアメフトのチーム、アラバマ大学なんかが「クリムゾン・タイド(真紅の潮流)」なんておおげさな名前になるなら、まぬけや負け犬にも同じくらいおおげさな名前があってもいいなってね。
ベッカー:ドナルドの家は砂丘のてっぺんにあって、小さな部屋にピアノが置いてあったんだ。窓からは他の家の向こうに太平洋が見えた。「クリムゾン・タイド」ってことばはぼくたちにはただただ勝者に授けられたずいぶんとごたいそうな名前にしか思えなかった。「ディーコン・ブルース」はそれに匹敵する敗者向けの名前だったんだ。
フェイゲン:ウォルターが来て曲を作りながら物語にあうようにさらに詞を埋めていったんだ。そのころ、ロサンゼルス・ラムズとサンディエゴ・チャージャーズのラインマンにディーコン・ジョーンズって選手がいた。ぼくたちは熱心なアメフト・ファンってわけじゃなかったけど、ディーコン・ジョーンズの名前は1960年代から70年代はじめにかけてよくニュースで口にされていて、ぼくたちは名前の音が気に入ってた。「クリムゾン」と同じ二音節でちょうどよかったしね。ウェイク・フォレスト大のデーモン・ディーコンズとか他の負けがこんでるチームとはまったく関係ないよ。ぼくらがその頃アメフトでなじんでた唯一のディーコンが「ディーコン・ジョーンズ」だったんだ。
ベッカー:他の作曲チームとは違って、ぼくらは曲と詞を同時に作っていくんだ。ことばと音楽は別々じゃなくて、一つの思考の流れなんだ。たくさんのリフをいったりきたりして、二人とも結果に満足がいくまで、ことばと音楽をすりあわせていく。二人ともいつも考え方やユーモアのセンスが似てるからね。

(中略)

フェイゲン:「ディーコン・ブルース」は郊外に住んでるミュージシャン志望の男の話だと思ってる人も多いだろうね。実を言えば、男が夢を達成したかどうかは定かではない。楽器さえ吹いてないかもしれない。これはある種のサブカルチャーから来た郊外に住む男の幻想なんだ。ぼくたちの歌にはジャーナリスティックなものが多いけど、この曲はもっと自伝的で、ぼくたち自身がかつて思い描いていた夢のことなんだ。ぼくはニュージャージー、ウォルターはニューヨークのウェストチェスター・カウンティ、二人とも場所は違うけど郊外育ちだからね。
ベッカー:ディーコン・ブルースの主人公はトリプル級の負け犬、LLL級のLoserなんだ。夢をかなえた奴のことじゃない、夢破れた破れ者の破れかぶれな人生のこと。
フェイゲン:この曲は「今日こそ the expanding man の日/あの幻はおれの影、かつてはあそこにいた」と始まるんだけど、この「the expanding man」ってのはアルフレッド・ベスターの「破壊された男 The Demolished Man」から思いついたって感じかな。ウォルターもぼくもSFファンだからね。歌の主人公は、自分が進化のレベルをあがっていくとともに、意識や精神の可能性や人生の選択肢を「拡張 expanding」できると空想してるんだ。
ベッカー:男自身の来歴はたいしたことはない、だから彼にがんと叫ばせてちょっとした未来予想図を与えてやったのさ。
フェイゲン:たとえば郊外で両親の同居してる奴がいるとする。31歳のある日、彼は目覚めると、生き方を変えてガツンといくと決める。
ベッカー:あるいは、ガレージに作った自分の部屋に天窓を作ろうと穴を開けたら、心が波立って、天啓を得るとか。一人チェスで本の通りにコマを動かしていてふとズルをするとか。何か不思議なことが起こって、突然、自分のまわりや人生のことに気づいて、自分の選択肢について考え出すんだ。この曲に「fine line」って出てくるだろう。「問うても無駄さ/キスを投げてさよならしておくれ/今度こそやってやる/fine line を越える覚悟はできている」のfine line ってのが敗者と勝者の分かれ目なんだ、少なくとも彼の決めたルールではね。彼は明らかに以前越えようとして、うまく行かなかった。

(中略)

ベッカー:ディーコン・ブルースはぼくには特別な曲。一日中録音をミックスして、いったん出来上がったら何度も何度も聞き返したくなった。あんなことはあれっきりだ。何もかも完璧な音だった。音楽自体も、登場する人物も、楽器の鳴り方も、トム・スコットのタイトなホーン・アレンジもぴったりだ。
フェイゲン:ディーコン・ブルースも他のすべてのレコードの場合も、ぼくたちが正しかったと思うのは、商業的におもねろうと決してしなかったことだね。自分たちのために作る。今もそうだ。

Marc Myers “Anatomy of a Song: The Oral History of 45 Iconic Hits That Changed Rock, R&B and Pop. ” 2016 より。