シェイプ・オブ・ウォーター:声の記憶(3):ことばの栓

 

  ニューヨークとサンフランシスコとの大陸横断電話、といっても、それは狭いヴォードヴィル劇場の舞台の上でのこと、上手にはフラット・アイアン・ビルに電話機が直接取り付けてあってそれがニューヨーク、下手には崖っぷちに立つクリフ・ハウスの向こうに陽が沈まんとしておりそれがサンフランシスコ、二つの書き割りの間には電線らしきワイヤが渡してありこれがアメリカ大陸横断線という趣向。ジョン・ペイン演じるジョニーはニューヨークで、アリス・フェイ演じるトラディはサンフランシスコで受話器を握っている。二人は「ハロー・フリスコ」をコミカルに演じるのだが、そのあと照明は暗くなり、スポットライトのなかでアリス・フェイは一人、静かに歌い出す。
 
You’ll never know just how much I miss you…
 あなたにはわかりっこない、どんなにわたしがさびしいか。アリス・フェイは低い、クルーナー・ヴォイスで、Youで始まり、youで結ばれることばを歌う。
 彼女はいままさに握りしめている最新のテクノロジーによって、相手の耳にダイレクトに届く声を得たはずであり、相手から自分の耳にダイレクトに届く声を得たはずだった。しかし、いまや彼女の歌声を聞いているのは暗がりばかりで、相手のあいづちすら聞こえない。長く引き延ばされるyouは、スポットライトから暗がりへと染み入っていくようだ。
 アリス・フェイは、受話器を耳元に当てたまま、ゆっくりと歌いながら立ち上がり、クリフハウスの向こう、太平洋に沈む夕陽の書き割りにもたれかかり、歌い続ける。歌い手の思いは「You’ll never know(あなたにはわかりっこない)」ということばによって栓をされており、相手には届かない。それでも、栓をされたバスタブに水を惜しげもなく注ぎ込むように歌は思いを溢れさせる。「どんなにあがいても隠せやしない、あなたへの恋心」「もうあなたに何百万回言ったかしら」「願い事をするたびに唱えているあなたの名前」。
 彼女が背にした書き割りでは、太陽が日没の最後の光をたらたらと波間に漏らしており、相手に向けて語りかけるはずだった「恋心」もまた、相手もなく外へと溢れ出している。まるで受話器に「You’ll never know」という栓がはまってしまったかのように。