「シェイプ・オブ・ウォーター」で引用される映画「Hello, Frisco, Hello」の舞台は、1910年代半ばのサンフランシスコ。若きヴォードヴィリアンのジョニー(ジョン・ペイン)は、トラディ(アリス・フェイ)、ダン(ジャック・オーキー)、バーニス(リン・バリ)の四人組で場末のヴォードヴィル劇場に出ている。やがてジョニーが三人とともに名声を得、転落し、再び復帰するまでが物語の大筋だ。
「You’ll never know」が最初に歌われるのは、映画の前半で、劇場の舞台上にはニューヨークとサンフランシスコを模した簡単な書き割りが作られている。トラディはサンフランシスコ、ジョニーはニューヨーク。二人は離れた場所でお互い電話に向かっている。
この劇中劇の中で「You’ll never know」は歌われるのだが、重要なのは、この曲がタイトル曲「Hello, Frisco」と続けて歌われることだ。「Hello, Frisco」は、1915年を代表する古い小唄なので、ちょっと寄り道して、どんな歌なのか説明しておこう。
1915年。この年、アメリカの大陸横断電話はようやく開通し、ニューヨークーサンフランシスコ間での通話が可能になった。ジークフェルド・フォーリーズは、この時事をさっそくレビューに取り入れて、「Hello, Frisco」という小唄にした。ニューヨークにいる男が、交換手を急かして、サンフランシスコにいるフリスコという女と語り合う内容だ。
もともとの歌のオープニング・ヴァースでは、男はまずセントラルの交換手に呼びかける。
ハロー・セントラル、ハロー・セントラル
とにかくもう、頼むから早く、頼むから早く、お願いだよ
サンフランシスコにつないでほしいんだ、あの娘が一人で待ってるんだよ
フリスコって名前でゴールデンゲイトにいて
セントラル、ひどいよ彼女をこんなに待たせるなんて
お願いだよ長距離電話、わたしをつないでおくれ、彼女を電話に出しておくれ
歌はここからコーラスになるのだが、最初は電話はうまくつながらない
ハロー・フリスコ、ハロー
ハロー・フリスコ、ハロー
待たせないでおくれ
まったくしゃくだな、どうか交換手を急かしておくれ
なんでこんなに遅いんだ
ハロー、さあきこえるかい?
わかってるだろう、愛してるんだ、きみ
きみの声は音楽のように耳に届く
目を閉じるとすぐ近くにいるよう
フリスコ、電話をかけたのはハローと言いたかったから
2コーラス目でようやく電話はつながり、男性の一方通行の歌から、今度は女性と男性のデュエットになる。
ハロー、ニューヨーク、ハロー(やあきみ、ここにいてくれたらなあ!)
ハロー、ニューヨーク、ハロー(そっちの博覧会はどうだい?クマがいるってきいたけど)
ええあなた、きこえるわ、あなたがここにいてくれたらいいのに
ああ、交換手さん、電話を切ってくださる?(きこえるよ、きこえるよ)
ハロー、あなた、ハロー(きみ、指輪を買ったよ、何もかも用意してある)
わかってるでしょう、愛してるのは(もうすぐ一緒になるんだ、ハネムーンに行こう)
あなたの声は音楽のように耳に響く
目を閉じるとすぐ近くにいるよう
ニューヨーク、あなたに電話をかけたのはハローと言いたかったから
1915年に起こったもう一つのできごとにサンフランシスコ万国博覧会がある。「パナマー太平洋万国博」と銘打たれてこの博覧会は、1906年のサンフランシスコ大地震の9年後に行われ、大都市の復興を印象づけるものだった。ポスターには地震で倒壊した建物の光景に、 州のアイコンであるクマのイメージが重ねられた。会場の中心では宝石塔がライトで照らし出され、巨大な噴水が設えられた。アメリカ初の蒸気機関車が展示され、日本庭園が整備された。ハワイのウクレレが紹介されたのもこの万博で、この後、アメリカではウクレレが大流行する。
東海岸との電話線の開通もまた、この万博に合わせたものだった。「ハロー、フリスコ」で男性の語る「そっちの博覧会はどうだい?クマがいるってきいたけど」というセリフは、この万博のことを指している。
相手につながっているともつながっていないともわからない長距離電話。ここにはいない相手に向けて、受話器に語りかける愛のことば。この「Hello, Frisco」に続けて、アリス・フェイは受話器を握ったまま「You’ll never know」を歌い出すのである。