テッド・チャン「あなたの人生の物語」の時制は

 テッド・チャン「あなたの人生の物語」の時制は、どこをとってもやり直しのきかない過去と、現在の喜びと、そこに重なる未来の痛みとに満ちあふれている。「わたし」の心は人類の逐次的言語の鋳型で形成されており、しかもエイリアンの目的的言語のパースペクティブでその心に起こることを想起するのだが、小説はまさに、この脱臼してしまった言語で書かれており、「あなた」という代名詞も「おとうさん」という名詞も未来に属していながら、想い出の対象になる。

 この作品の最後の3パラグラフの時制はひときわ美しいのだが、その、終わりから2パラグラフめはこうだ。

From the beginning I knew my destination, and I chose my route accordingly. But am I working toward an extreme of joy, or of pain? Will I achieve a minimum, or a maximum?

 巧妙にもこのパラグラフには、過去形と現在進行形と未来形があって、現在形がない。そしてこの疑問を主人公が思い浮かべるまさにいま、最後のパラグラフには、現在形しかない。