twitter: kaerusan
つぶやく「ラジオ 沼」: radio_numa
■書いたり話したり歌ったり
京都新聞『現代のことば』次回は12/16夕刊掲載予定
大友良英のJAMJAMラジオ:11/6放送分
/11/13放送分
12/4(土)江戸東京博物館フォーラム
1/9(日)音遊びの会@水戸芸術館
1/11(火)ワッツタワーズ@渋谷
1/22(土)かえる目@カフェ・パルル
1/23(日)グレンスミス、キツネの嫁入り、かえる目@元立誠小学校
ライブ情報は、かえる目ホームへ。
一日、部屋の本棚を片付ける。あまりの乱雑さに何度かへこたれそうになり、呆然と音楽を聴く時間もあったが、なんとか年越し前に終わる。整理の途中で鶴見俊輔『読んだ本はどこにいったか』を見つける。まさにこの瞬間に読めといわれているかのようなタイトル。家で静かに越年。
惨憺たる自室の整理にとりかかるも、なかなか床が見えぬ。段ボールを二箱作ったところまでで終了。
毎年恒例の大掃除の日。夜中にオールザッツ。途中で寝てしまう。
風呂とトイレの掃除は済んだ。部屋はまだぐちゃぐちゃだが。
posted at 15:47:30
しかし毎年ながら、ユニットバスの底は我が家のダークサイドだな。人の生活の堆積を見てぎょっとする思いである。
posted at 15:49:25
さらにたまった書類と格闘。学会誌特集の編集など。
【質問】ヒッチコックの『鳥』の話をしていたら、「そういえば」と知人は、世界がびっしりネコで覆われた中、主人公がマタタビを投げながら逃げるマンガがある、と言い出しました。わたしはかつがれているのでしょうか。
posted at 13:53:59
空が広いと雷がよく見える。遠雷、って外国語みたいな響きだな。このことばが出てくる歌、グレンスミス以外にあったっけ。
posted at 16:17:10
だだっぴろい田園地帯を自転車で抜けていると、まるで雷の標的になってるみたいだ。
posted at 16:20:05
薄暗い冬の雷地帯を抜けて喫茶店につくと、休憩地を得たホビットの気分である。
posted at 16:24:35
歳末のスーパー、BGMが「犬のおまわりさん」や「待ちぼうけ」で、まったく気勢があがらない。
posted at 21:01:46
わわ! RT @OUTONEDISC 岸野雄一率いるワッツタワーズ 1/11コンサートのゲストヴォーカリスト続報です。郷拓郎(detune.)、やくしまるえつこ、ほか。どの曲を歌うかのクイズも開催中です。http://bit.ly/gDtkAI
posted at 21:13:57
卒論指導。たまった書類あれこれ。
録画していたM1をみる。たぶん誰もがそうなんだろうけど、スリムクラブは衝撃だったなあ。
posted at 03:04:54
すごく背の高い身長の二人が膝を折ってマイクに向かってる。その不自由さ、登場人物の不自由さに重なり、ことばの不自由さに重なってる。何かを持てあまし、この世向きではない感じ。
posted at 03:08:26
二本目のネタで歌われている歌が、ブルーハーツだということに遅れて気づかされた。あれ、やられたなあ。
posted at 03:09:28
RT @riinmt: 昨日は水戸公演に向けた音遊びの会の最後のWS。かなりいい図が見える。45分の中に、ぎっしりと51人分のいいところが詰まっている。とびきりの舞台になること間違いなし!!楽しみ〜!!!http://bit.ly/f29r5d
posted at 12:21:06
「音遊びの会」のWSに行くと、ああいまステージ外で起こっているこれをそのまま舞台に持って行けたらと思う瞬間がいくつもある。あれもこれも拾えなかったと思う。それでまた行きたくなっちゃうのかもしれない。
posted at 12:25:06
神戸大で音遊びの会のワークショップ。1月の水戸公演のリハを兼ねて。今回は藤本さんとデュオ。じつは休憩中に藤本さんが鼻歌を唄っていて、それがとてもよかったのだが、舞台でその感じを出すことができなかった。水戸ではちょっと違うことを考えてみるか。
夜中、アブ・アイワークスの仕事を考え直すべく、ヒッチコックの『鳥』を見直す。何年ぶりに見たんだろう。例によって、昔見た映画の記憶というのがとんとない人間なので、ほとんど初めて見たような気がする。色づかいにすごくショック受けた。
フィッシュリ&ヴァイスを見ながらメモをとっていると、よく覗き込まれる。だけどただのいたずらがきなんだ。 http://plixi.com/p/65355830
粘土のように湿った、いまできたばかりの、ようやく輪郭があらわれつつある暗さで。 http://plixi.com/p/65356465
未だ歴史から名を与えられぬ瞬間を写す粘土入りの鉛筆の要領で。 http://plixi.com/p/65357100
「広い家を作ろう。石ならある。」 http://plixi.com/p/65358075
さて帰ろう。 http://plixi.com/p/65362885
The joy of stats をみて、おお、と思った人は、 http://bit.ly/fpysGc Gapminderを実際にやってみるといいよ。 http://bit.ly/6leaqq
posted at 19:32:27
こんなやつがいた。 http://plixi.com/p/65413316
posted at 22:40:20
これは映画の中にいたんだっけ。 http://plixi.com/p/65413565
posted at 22:41:27
いま練り上げられたばかりの。乾くのを待っている。未来から名付けられるのを待っている(が、名付けられない)。 http://plixi.com/p/65414851
posted at 22:46:56
さて、査読と編集のあわただしい季節。来年、社会言語科学の特集「相互作用のマルチモーダル分析」はおもしろい内容になりそうです。 http://www.jass.ne.jp/activities_journal.html
posted at 10:58:40
卒論生に卒論指導という名のプレゼントを鋭意贈呈中。
posted at 15:43:58
ラジオ 沼 454: 『トビオ』(新曲) http://12kai.com/numa/index.html
posted at 23:26:20
祝日を休みにしない教育というのは、まっとうな教育なのだろうか。
posted at 11:42:15
さて腹減った。今日は(も)ラーメンかなー。
posted at 11:57:36
ええい、愚痴をいうても始まらん!湯浅湾大音量でかけてもう一仕事(周りに人いないし)
posted at 12:43:25
自分を含めてくそったれな午後、自転車を飛ばしながら湯浅湾の替え歌をがなるとまったく爽快である。
posted at 19:16:17
休日に並ぶ車を自転車で抜きながら、垂れる鼻水の味に、タイトルをつけてみるザンス。 ああ、ソルティアワー、冬仕込み。
posted at 19:17:48
蓋のはずれた側溝に落ちかけて、呪う穴のくらがりを、愛称で呼んでみるザンス。 ああ、ボンソワール亭ブラックの介。
posted at 19:20:50
祝日の日、教室には不思議な一体感が漂う。せっかくの休みの日だというのに、ぼくもわたしもせっせと教室に出てきて、講義の時間の中にいる。たき火を囲んでいるみたいだ。まだかろうじて「祝日」の感覚が残されている。これが常態になったら、ただ辛いだけだろう。
posted at 19:43:24
かごの底の白菜の切れ端をはがしながら、選ぶ安売りのサバに、オペラの歌手がとりつくザンス。 ああ、ドボヅベエフ・ジェニ左右衛門。
posted at 21:23:21
さ、今日は店じまい。オールフリーと筒ポテに向かうなり。
posted at 23:21:33
同業者から「今年の講義が終わった」というTLが月曜あたりから続々と。わたしゃ明日の祝日も24日も講義ですだ。もっとも学生も、なんですけどね。
posted at 16:05:43
@moomoocushion 介護のアイディアを出す場面は、ある意味で即興ダンスに似ているのかもしれないです。もちろん、実際の入浴やトイレ介助はすごくたいへんなんですけど、グループホームの職員さんの語りは、意外なほど明るいことが多いです。
posted at 16:12:50
@fukutaka いやいや、そのおとうさまとのやりとり、すごくいい話ですね。いつか何かを書くときに使わせていただきたいほど。
posted at 16:13:44
@implicature こういうできごとに「profile」ってことばを使うと新鮮ですね。
posted at 16:14:15
@shigekzishihara 実際、即興ダンスの細かい動き、息の使い方は、音楽に通じているように思います。
posted at 16:15:09
講義で、ハックルベリフィンが・・・というと、けげんな顔多数。もしや。「えーと、マーク・トウェインって知ってる人」。ゼロ。「じゃ、ディズニーランド行ったことある人」。大多数。「そこにある蒸気船の名前は?」「あ!」。なんかわかる順番が違う。
posted at 16:22:17
ってわけで卒論ゼミに行ってくるぜ!
posted at 16:22:30
奈良の介護施設に。ある認知症のおじいさんに、ズボンをはいて下さい、で通じないとき、ズボンに足を入れて下さい、だと通じた、という話を聞く。複雑な行動を割ると通じる好例。
posted at 22:42:36
相手が何かをする構えになってからはむしろ楽で、相手に何かをする構えになってもらうのがたいへんなのだ、という話も。そのフェーズで何が起こっているかを記述する必要がある。
posted at 22:43:58
食べて下さい。持って来て下さい。立って下さい。お年寄りとつきあうと、これらのひとかたまりに見える依頼が、じつは複雑ないくつものステップの組み合わせでできていることに気づかされる。
posted at 23:45:34
「介護者が、対面ではなく横に並ぶとうまくいくことが多いような気がする」ベテラン職員さんの話。ここでも「横顔の君」現象。常に見守られ続けるのではなく、そばに居ながら放っておかれること。
posted at 23:52:39
佐久間さんとおばあさんのダンスを見てわかること。見事なシンクロが起こる時、お互いは何も常に相手の動きに注意しているわけではない。注意の起こるタイミングがあって、そこで一気に新たな動きが創発する。そしてひととき自由になり、次の注意のタイミングが来る。
posted at 23:55:04
どうもこのところ便通がなくておかしかったのだが、ついに午後、容易ならざる事態に陥り、市民病院の窓口に頼み込んで午後の急患に。びろうな話で恐縮だが、痔に加えて脱肛気味のわたしは、便が固くなると便のかわりに肛門が外側にびろーんと出てきてしまうのである。いつもはそれをだましだましやり過ごしているのだが、今日はいくらなだめすかしても、便ではなく我が体の中身が出て来ようとする。そして、どうやら腸内にはここ一週間の便が目白押しである。
確か去年も同じ症状に陥ったのだが、そのときは、浣腸一発で済んだ。が、今回はなかなかうまくいかない。看護師さんが肛門に指を突っ込んで、なんとか指でさぐってかき出そうとしてくれる。これがもう、吐き気がせりあがってくるような苦しさである。相当固いかたまりがいくつか、出口をふさいでいるらしく、「ちょっといきんでくれますか」「あ、いまは力を緩めて」という調子で、看護師さんの指先にそのカタマリを送り出すべく、括約筋およびその周辺を締めたり緩めたりする。なんとも情けないが、当人には尊い協働作業である。
20分くらい苦闘の末、ようやく問題のカタマリが四つほど出る。それからあとはブリバリと、一気に貯まっていたものが吹き出す。括約筋はすべての力を使い果たしたようにしびれている。いつおもらしをしてしまうかもしれない。尻を浮かせながら横座りにタクシーに乗る。
午前中、POPOとレコーディング。その場でカメラで撮っていた古澤さんの提案で急遽PVができることに! その後、宇波くんと追加レコーディング、ミックスとマスタリング。長い一日だった。
昨晩「秋刀魚の味」を見直しながら、岡田茉莉子はハムたまとハンバーグをどうしただろうか、というのが気になった。一人で食べるハムたまとハンバーグはなかなか切ないなあ。
posted at 08:27:08
新幹線で査読に取り組むも目がしょぼついて30分で断念。しばらく寝よ。今日はこれから医学書院、身振り研。夜はloop lineでpopoとHOSE。
posted at 08:28:41
@otomojamjam わ、大友さんお大事に。養生養生。
posted at 10:41:17
@shigekzishihara やや焦げめのハムエッグと推察。ハム刻んだオムレツかなあとも思いましたが、佐田啓二がそんなに気の利いたものを作るとも思えず。
posted at 10:42:44
丸の内線に『どんどん儲かる「笑顔」のしくみ』を読むしかめつらの人。この顔がいま、どんどん笑顔になったらどうしよう。スリリングなひととき。
posted at 10:47:31
医学書院でインタヴュー。国立情報研で身振り研。砂川さんの遠隔家族会話のデータ。そのあとlooplineのpopo, hose。向かいの店で開演前から飲み始め、ずっと飲みながらのライブ。とうめいこうそく、よかったなあ。最後にはご指名を受けて歌ってしまった。
映像データを見るのは楽しいなー。ジェスチャーを見るゼミはついつい時間を延長してしまう。
本日の京都新聞夕刊「現代のことば」に「介護する身体」を書きました。
posted at 12:56:56
ラジオ 沼 453: 川沿いの匂い/『霧のベイカー街』(Gerry Rafferty - Baker Street) http://12kai.com/numa/
posted at 13:19:01
京都新聞「現代のことば」、例によって3日くらい経ったらwebに載せます。遠方の方は読む機会が少ないと思うので。
posted at 16:45:33
ジェリー・ラファティの最近の消息を見て驚く。こんなことになっていたとは・・・ http://bit.ly/fA6y7Q
posted at 22:28:26
卒論指導も佳境に入ってきた。
講義、会議、忘年会。建築デザイン学科でやっていた石田修武さんの講演会打ち上げにちょっとまぎれる。
毎年恒例のワッツタワーズ1月11日O-WEST公演だが、今年はなんと1曲づつゲスト・ヴォーカルが交替で歌い、岸野さんは歌わないという試み。ゲストヴォーカルの第一陣は、あがた森魚,アヤコレット,一方井利昌,イルリメ,久保田慎吾,田中亜矢,トクマルシューゴ,直枝政広,二階堂和美,日比谷カタン,細馬宏通,堀込高樹,巻上公一,水谷紹(アイウエオ順)各氏。
・・・というわけで、不肖わたくしめも末席を汚しております。いやあ、自分はともかく岸野さんの人脈ならではの、
あまりにすばらしいメンバー。みんな来てね。
続報はOUT ONE DISCのTwitterにて。
http://twitter.com/#!/OUTONEDISC
右手の親指だけでギターを弾く練習。一弦飛ばしの往復を何度もやる。そういうことをそういう速さでやるのかと親指が驚く。運動の範囲がぐっと広がった(あくまで本人比ですが)。
posted at 01:26:20
Mint-Leeさんこと岡村みどりさんのCD『ブルースでなく(Mint-Lee)』、あまりの衝撃作なので、1.11のライブに来た人は買ったほうがいいよ。一曲ずつSF小説が書けそうな想像力ですけん。
posted at 20:56:31
この方はいろんな曲のPVを「勝手に」作ってるそうなのですが、いいですねー。選曲もいいや。つれれこ社中「肉屋」。 http://bit.ly/ijVD7i さがゆき+大友良英の「上を向いて歩こう」も。 http://bit.ly/fLaiis
posted at 11:52:38
みんなも見るといいよ。平野遼さんの「河童の腕」 http://www.youtube.com/watch?v=lzSJ_lEOEJs 平野さんのホームページ http://www.idd.tamabi.ac.jp/i46055/menu.html
posted at 12:25:33
さて河岸を変えて仕事の続き(って喫茶店ですが)。
posted at 14:34:18
あちこちからのお誘いを断って今日と明日は自宅に(でなければ、貯まった仕事が片付かないのである)。
まずは貯まった査読論文を一日中読む。おおよそコメント文を書いて終える。
「わたしのすがた」鑑賞前に近所を散歩してたとき、一軒の家の庭から水が吹き上がったのを覚えている。草木にやる水というよりは、庭からほとばしるような水だった。あれはたぶん、飴屋さんが撒いてたんだな。
posted at 02:20:18
輪島裕介「創られた「日本の心」神話」読了。読み応えのある通史。とりわけ後半の五木寛之を中心とする記述を読み「創」の字の含意に気づかされた。不機嫌なですます文体もおもしろく。
posted at 03:17:03
さて、は「然て」と書く。古語では「そのままで」の意。然て打ち置きたるは、おもしろく。あるものをそのままにしておいて、次に移るのも、さて。然て然て。
posted at 14:34:36
しらなんだ、このアニメーション。世界は広い。 http://www.youtube.com/watch?v=ISvc2AvOhoI&feature=grec_index
posted at 20:09:37
旧ソのアニメーションはまだまだわからないことだらけだと痛感する。 http://bit.ly/eWZHqF http://bit.ly/erQ06R
posted at 20:19:17
ただ唄ってるだけの回です。
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石田美紀さんから『監督と俳優の美学』をいただいた。石田さんは「「横顔の君」佐田啓二」という論考で、「君の名は」をはじめ、佐田啓二のシャープな横顔について論じている。ヒロインが見つめるショットに続いて佐田啓二の横顔が映される。そこでは、彼女「が」彼「を」思う様が描かれている、と石田さんは論じる。魅力的な論である。
そのくだりを読んで、それはつまり「わたしを見ていないときのあなたが好き」ということなのかな、と頭の中で翻訳してみた。石田さんは、「不死鳥」「君の名は」「あなた買います」と、佐田啓二のスマートな顔立ちが活かされた映画を論じているのだが、ぼくはなぜか、小津安二郎作品に出てくる世帯じみた佐田啓二の顔を思いうかべていた。
「秋日和」で、佐田啓二と司葉子が並んでラーメンを食べている。司葉子演じるアヤ子は母親と喧嘩したところで、佐田啓二は「いやあ、けんかはいけないな」と言いながらラーメンをすする。二人はカウンタで横に並んでいるから、ラーメンを食べると佐田啓二は横顔になる。横顔の君、というより、ラーメンの君になる。
佐田啓二は、自分が母親とつまらないことで喧嘩したことを話してラーメンをすする。そのあとすぐ、母親をなくしたことを話してラーメンをすする。ラーメンの君なのである。そしてまた、いやあ、けんかしないほうがいいな。けんかしちゃいけないな、と言う。司葉子が、え、という顔で佐田啓二の方を向くと、彼はラーメンに向かっている。ラーメンをすする彼を見つめて、司葉子は、そう、と言って考え込む。
このときおそらく、司葉子演じる娘は彼のことが好きになってしまったのである。わたしを見つめていない彼のことが。いや、わたしを見るのをやめてラーメンをすすっている彼のことが。
小津作品には、対面して話す人もよく出てくる。正面から捉えられた人がこちらを見なくなるとき、その人の顔は、こちらからそれたように感じられる。けれど、横並びに座る人がこちらを見なくなるときは、こちらから顔がそれた、という感じはしない。むしろ、その人の本来の仕事に戻った、という感じがする。横顔の君は向かうべき仕事を持っている。ここにはない何かに心を奪われているのではない。ここにある、わたしではないことに向かっている。
たとえばラーメンに。
わたしには彼の見ているものが見える。そしてわたしではないそれを彼が見ているのが見える。彼の見ているものはラーメンのように明白で、ラーメンのように音を立てる。そしてわたしも彼のように音を立ててラーメンを食べている。だからわたしは、けんかしちゃいけないな、と思う。いけないなと思って、そしてけんかしちゃいけないな、ということばをラーメンの君の声で噛みしめている自分はラーメンの君のことが好きなのだな、と思う。
そういう風に「秋日和」のことを思い出していると、考えの中で佐田啓二の横顔は、ラーメンの汁まみれになってしまったのだった。
西巣鴨、飴屋法水(構成)『わたしのすがた』。新宿を歩きながら録音(約15分)。
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講義とゼミが二本。卒論ゼミは、1時間ほど延長。
貯まっていた書類の山を片付けるもののはかどらず。書類の下のほうはもはや記憶から消されている。書類テトリス状態。しかし、やがて催促という形で上から降ってくるのである。まるで星新一の「おーい、でてこい」。
4:30起床。品川発6:00の新幹線に乗ると、彦根には8:00に着く。新幹線の中で準備をして一コマ目の講義に間に合うという寸法。体力のないときにはあまり使えない方法だが。
今日は、三回生の実験日。午後はずっと録画録音の準備と調整。最後に被験者となった一回生全員に集まってもらってデブリーフィング。けっこう盛り上がった。
映像を使用する実験だったので、同意書を映像の使用用途別にとってみた。32人中、以下の人数が非希望だった。
研究会・学会での動画公開 3/32
授業での動画公開 10/32
写真による著作・論文での公開 0/32
線画・モザイク処理写真による著作・論文での公開 0/32
web上での動画の公開 12/32
web上での動画公開はもっと非希望の人数が多いかと思ったが半数以上はオーケーだった。YouTubeやニコ動などでweb動画の在り方がどういうものかが浸透しているせいだろうか。もっとも、被験者となったのは実習を受けている大学生だったので、一般の学生の場合だともう少し数が増えたかもしれない。
蔵前の古本屋で、岡本良雄の童話集『ふくろふチーム』を買う。岡本良雄の名前は知らなかったのだが、装幀と、『八号館』のために添えられた色刷りの挿画が気に入って落ち着いて読みたくなった。戦後まもない出版だ。表題作は「ふくろふチーム敗戦記」が正式な題名。百貨店の少年店員たちが集まって作った野球チームの短い物語なのだが、ほっと息をつかせるような不思議なぬくもりを感じさせる。どの物語にも、これといったファンタジーはないのだが、ままならぬ生活への違和がふといとおしさに変わる瞬間があって、暖かい読後感。装丁は織田正嗣。この人の名前も初めて知った。
新宿をあるきながら、思いつきを携帯に録音する。街中でひとりごとをぶつぶつしゃべる人なのだが、携帯を構えているので、さほどあやしまれない(と、思う)。
初体験のセットが多く、どんな内容なのか事前には皆目見当つかなかったが、いやあ、凄かった。core of bellsの瀬木俊のどこから弾が飛んでくるかわからないリリシズム、とくに先輩の石原さんとのかけあいだった「さーまたーいむ、ぐらーふぃてぃー」とヴェネズエラの寺の歌が忘れられない。もっと聞きたいなあ。jusei 田中淳一郎のコンビニ物語も、どこに感情の起伏が潜んでいるのか予測できない危うさ。新しい才能が次々来るなあ。佳村萌、秋山徹次、宇波拓のセットは、ブックエンドのテーマに始まったのだが、キャプテンののギターがとるテーマからの距離感が絶妙。HOSEのカバー、いい日旅立ちなど萌さんのポップス観を覗くような歌も楽しく。終了後、キャプテンとの語らいに興じる間に麓健一を見逃した。先日のzineギャザのライブがよかっただけに、しまったことをした。ギターをずらりと並べたO-G'sはなごやかなライブ。ジャンボリーっぽい! 見汐麻衣の歌とギター、よかった。オリジナルもカバーも(「それは、ぼくじゃない「よ」」って言うところ)。最後の原將人+植野隆司では、あまりの時空の歪みに魂を抜かれた感じです。なんでも原監督は古語辞典を愛読されているそうで、旺文社の全訳読解古語辞典を愛読しているわたしには他人事とは思えない。ちなみに監督は三省堂の全訳読解だそうです。
江戸東京博物館で、研究フォーラム「浅草十二階に魅せられた男〜喜多川周之コレクションの魅力〜」。『風景の生産・風景の解放』の佐藤健二さん、生前の喜多川氏と交流のあった小木曽淑子さん、そして学芸員の行吉正一さんとご一緒する。ぼくが十二階について調べ始めたときはすでに喜多川さんは亡くなっておられて、生前の喜多川さんのことは存じ上げない。常設展を下見しながら、小木曽さんや佐藤さんからその人となりを伺っていると、喜多川さんの人なつっこい語りが感じられるようだった。
喜多川さんの文章には、断定を避けて含みを残すところがあちこちにある。だから、最初はなぜ留保があるのかわからず、あちこちでひっかかる。けれど、その留保をたぐっていくと、留保にはちゃんと理由があることがあとからわかる。
佐藤さんが講演で紹介していたTV番組では、豆屋で富貴豆の店主と話し込む喜多川さんの姿が収められていた。その所作を見て、ああ、この人はよく身体の動く人だったのだなと思った。だからきっと、江戸や明治のわざが持っている所作をことばで伝えようとして、ことばで伝わらないことがあることを痛感しておられたのだろう。喜多川さんは「これはこうだ」ということを単純に書くかわりに「ここには何か伝わらないことがある」ということを記している。自分はそういう謎に導かれて十二階のことを調べていったのだなと思った。
会場には喜多川さんのご子息の方々もいらしていた。『空飛ぶ五代目菊五郎』の矢内賢二さんも来ておられて、ちょっとご挨拶。
終了後、佐藤さん行吉さん、そして生田さんや丹下さんらと合流して飲む。
西巣鴨、飴屋法水(構成)『わたしのすがた』。雨の音をききながら。
この放送をダウンロードする
氷雨がばちばちと顔に当たる中、自転車で大学へ。会議に講義。統計学の講義で、母集団平均の推定を説明するのに、食玩の大きさを測るコレクターの話を、比率の推定を説明するのにチョコボールの金のエンゼルの話をする。標本抽出とは大人買いであり、大人買いといえども母集団を完全に把握できるわけではない。てな話、伝わったのかどうか。
NASAが宇宙人に対する見解を発表するという噂をきいて夜更かし。結果は、味噌をチンしないで食う宇宙人、いや、ヒ素をリンの代わりに取り入れる湖底生物の話だったが、DNAの一部でPがAsに置き換わっているというのは、生物学を学んだものにとってはけっこうショックだった。そんなのあり?
そろそろ卒論も佳境に入ってきた。90分のゼミをさらに一時間近く延長。まだ学生にも(そして講評するぼくにも)確たる出口は見えない。いまはまだ見るときでもない。もう少しデータを見ないとね。途中でどうしようもなく目がしょぼしょぼして目薬をさす。