かえる目


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音盤

主観
 1stアルバム「主観」

惑星
 2ndアルバム「惑星」

拝借
 3rdアルバム「拝借」

切符
 4thアルバム「切符」

あなたはときどき遠くで

 荒井由実の「卒業写真」は、複雑な時制を持った佳曲で、いわゆる「卒業ソング」とは似て非なるものである。

 歌詞のなかの「わたし」はすでに「卒業」しており、いままさに「人混みに流されていく」ところ、そこから「あなた」に「遠くで叱って」と呼びかける。これは卒業という時点を遠くから眺めるわたしと、そのわたしをさらに遠くで眺めるあなたの歌であり、この世から過去を見るときに、過去を起点に現れるかすかな仰角をもとに、あの世のありかを計測し、そこに向けて危うくシグナルを送ろうとする曲である。

 この歌を初めて聞いたのは確か高校生のときだった。そのときはまだ、「卒業」ということじたいも淡い未来で、さらにその先で人混みに流されているわたしなど、どこにどう置いてよいのやらよくわからなかった。だいいち、あらかじめ人混みに流される大人のわたしを想定し、そこで生じるであろうあいまいな甘さにひたるというのは、高校生には過ぎた感傷であった。わたしは、このような感傷は幼稚なものであり、たぶん大人になれば通用しなくなるだろうとタカをくくっていた。つまり、大人になれば、「卒業写真」からもいつか卒業する日が来るのだろうと思っていたのだった。

 しかし、そうではなかった。長じるにつれ「卒業写真」は色あせるどころか、有線から鈴木茂のギターのイントロが流れるたびに、この世から過去とあの世に向けて三角形が描かれ、その射程はますます深くなる。人混みに流される器量も欠いたまま人目もはばからぬオヤジになりおおせた現在、そのような精神の三角測量がこの身に駆動することを恥ずかしく思わぬほどに、わたしの面の皮は厚くなった。「おやじの肉体にユーミンのマインド」を自称する由縁である。

細馬宏通

(20060528 軽音楽フェスティバル@キッドアイラックホールに寄せた文章)

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