31日付「読売新聞」朝刊「江戸博蔵めぐり」に「関東大震災の絵はがき」と題し、被災した十二階の絵はがきが出ています。ただ、説明がどうも…。「死体を移した絵はがきもあった。残酷な映像は当時、規制対象となっていたためか、発行元の記載がない。法を犯しながらも営利を追求した発行元と人々の情報への欲求がこうした映像を後世に残したのかもしれない。今でいうインターネット上の非合法サイトといったところだろう。」など。これも喜多川周之氏所蔵の絵はがきだったのでしょうか?見てみたいです。
意味無いです。
ただいま、ワークショップちう。
震災当日&震災前! なんでそんな写真が入手できるのか。
喜多川氏恐るべし。福助足袋の正確な日にちはちょっと割り出しが
難しいですね。少なくとも新聞広告が打たれた日ならわかるんですが。
石黒氏の関わった写真集は何冊か持ってるのですが、石黒コレクションの
中にも開設当時の十二階などいろいろいい写真があった記憶があるので、
たぶんいい写真が入ってるでしょう。うーん、はやくみたい。
いまテレビでやってるアニメはドラゴンボール(スペイン語)と
ポケモン(スペイン語)です。悟空の声がえらくひょうきん。
ちょっとハイなので、長文です。
『古通』『趣味』内容確認しました。『趣味』は十二階からのまなざしや浅草公園内の見せ物など。『古通』は喜多川周之ワールドの再確認。すごい!大震災当日の十二階の写真が(もちろん震災前です)。塔全体に大きく「福助足袋」が。だだ、広告の取り付けは12年5月と、日にちまでは明記しておりません。雑誌『日本一』にも十二階(画文)が出ているよう(以前ちょっと調べましたが、全冊確認は困難?)。当然『文藝倶楽部』にもあるらしい。わたし的には、一番の驚きは鰭崎英朋と十二階。英朋のことも調べていますが、新発見資料か?なんでこんな所に!とにかく喜多川周之はすごい! 十二階と相撲との間でゆれうごくバルトン、小川一眞、鰭崎英朋、文藝倶楽部……。すごすぎる(ひとりで感動)。 冒頭に申し上げたとおりの状態で書いていますので、詳しくは、帰国されたときにでも。 最後に、新刊情報。4日前の日経に『明治・大正・昭和東京写真大集成』(石黒敬章著、新潮社、二万円)が31日に刊行と出ていましたが、著者の知人の情報では十二階も出ているそうです。
えー、やっと電話線を確保しました。といっても1夜だけですが。
吉野さん<
ヴェネチアでは宿じゃなくてインターネットサービス屋でアクセス
してました。で驚いたことに日本語システムをインストールして
あるインターネット屋があった、という次第です。
観光地ってこともあってネット屋はえらく繁昌してました。
ビエンナーレは意外にとしよりの姿が多い・・・まあイタリア一
物価が高いところなんで、バックパッカーにとっては、けっ、
て感じの場所ではあるかも。
剛田さん<
ああ、そうでした、小川バルトン、相撲つながり。
ヴェネチアビエンナーレで海外作家が、相撲レスラーと外国人が
組んだところを写真に撮って展示してました。
大江さん<
「十二階であいませう」・・・わあ、それ、見た過ぎです。
細馬様
こちらこそ、宜しくお願い致します。挨拶、遅れまして申し訳ありません。
私は、乱歩の「押絵と旅する男」を読んで以来、十二階の魅力に取り憑かれました。
私もHPで浅草十二階のことを書いていたのですが、なかなか十二階の資料というのが無くて(特に内部に関する)満足に書けませんでした。その後、貴サイト「浅草十二階計画」が登場して、こんな素晴らしいサイトがあるのなら、私みたいな者が、これ以上は何も書くことはないと思って、それ以来、更新は止めました。
「浅草十二階」の本は、一も二もなく、買って読みました。私は、ずっとこんな本が出ることを待ち望んでおりました。
ところで、例の「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のテレビマンガのタイトルは、「十二階で会いませう」でした。
吉野様
いつぞやは、当サイトを覗いて下さって(洋館の写真)有り難う御座いました。
うかつにも、W.K.バルトンが相撲の本を出していたのを忘れていました。(というか、気づきませんでした。)「Wrestlers&Wrestling JAPAN」という題名で明治25年頃刊行されたようです。小川一真刊で英文です。相撲を研究する上でも、当時の写真があり貴重なものです。いまでは、非常に高価なこともあり、現物を手にしていません。(見たことがある人の話は聞きましたが)ということで、十二階と離れますが、あまり知られていないと思いますので、情報まで。
ヴェネチアのネットサービス…
2,3年前私の泊まったところはテレビもなく、電話もフロントに骨董品と見紛うばかりの交換機が置いてあって、夜ネットに繋ごうとしたら宿屋のおやじに叱られました。
都市の保全のために、モータリゼーションばかりか、設備の近代化も犠牲にしているのだなあ、と妙に感銘を受けていたのですが、単なる安宿だっただけなのですね…
大江十二階さん
お名前、乱歩ページにて拝見しておりました。今後ともよろしくお願いします。
で、ななんと留守中に十二かい登場とは。くー、再放送見るしかないかなあ。
単行本チェックもしたいところですが、あれを全部読破するのはちょっとたいへん。
Loroさん
どうもです。情報誌等にはそろそろ企画書を送るといいとおもいます。
画像なんかもあるとインパクトありですので、巻上さんと相談して
アルタイ関係の画像を入手するといいと思います。
ぼくの方は簡単なページを下記のところに出国前に作っておきました。
ご参考までに。
帰国後、さらに充実するYOTEIです。
乱文失礼しました。
はじめまして。
昨日、日曜日のテレビ番組、「こちら葛飾区亀有公園前派出所」というマンガで、浅草十二階が登場しました。子供のテレビマンガで十二階が登場するのを初めて見ました。十二階は、なかなかリアルなマンガになってました。
細馬様の著作「浅草十二階」は、早速、六月に購入して愛読させて戴きました。
ima, hosoma ha europe ni ite
amari internet wo miraremasen
mata
internet cafe wo mitsuketara
misaseru youni simasu ne
hosoma no tsure no yuko desita
訂正です.
コンサートをさせる
↓
コンサートを企画なさる
です.なんでこんな.
今度,巻上さんとボロットさんの喉歌コンサートをさせるHosomaさんの
掲示板は,ここでよいのですか.
初めまして.もしも間違ってたらごめんなさい.
日記を拝見すると,今はお留守のようですね.
「十二階」と言えば,ちょっと前に
江戸川乱歩原作で,「押絵と旅する男」という邦画をビデオで観ました.
それに,十二階が出て来ました.
コンサートの準備の進め方,
いろいろと勉強したいので,よろしくお願い致します.m(_ _)m
おっとなんと日本語が×。もとい、かける。
というわけで、ヴェネチアのインターネットサービスからお送りしてます。
とりあえず鐘楼には登りました。建築の大きさが日本に比べてかなり大きい
ので、100メートルくらいでも「てきせつな低さ」って感じです。
ビエンナーレはいろいろ各国館をまわって明日からパビリオン系を
深める、というところです。
そういわれてみると、十二階爆破のときに子犬がいたような
気がします(おいおい)。UFOを守る会、ってけっこういいと
思うんですが、そもそも守ろうが守るまいがUFOの知ったこっちゃ
ない、って感じがするところがなんかいいであります。マーズ・アタック!
とかなんとか言ってるうちに出国のときは刻一刻と近づいている。
えー、23日からひとつきほど留守にいたします。当初予定になかった
エジンバラ行きを無理矢理ねじこみました。
大学時代の恩師が「河童を守る会」をやっていました。河童を研究したり、突然出家したり、変なオッサンでした。何せ母校・東洋大学の学祖は、明治の妖怪博士・井上円了ですから。
「守る階」をつくるなら・・・いま、おやじギャグが頭の中を猛烈に渦巻いていますので割愛。
それはそうと、この掲示板には、博識な方が多いようですからお訪ねしますが、十二階爆破の瞬間に、寺田寅彦が見たという子犬について、ほかに誰か書き残していないでしょうか? 寅彦の創作とは思うのですが、「ないもの」を「ない」と断じるのは、結構大変なものです。いくら否定されても、幽霊やUFOを信じる人が多いように。
>石井さん
お化けを守る、って身のほど知らずな感じがいいですね。UFOを守る、ってのも
いいかも。十二階を守る階、てのはどうでしょう。どの階で守るねん!
>剛田さん
菅野の謎は解きたいですねー。喜多川氏も菅野については書いてませんでした。
絵はがき界最後の秘境かも> 菅野自身。「趣味」これまた未見でした。凌雲子って
名前がたまりません。
喜多川周之氏はすごい人ですね。恥ずかしながら、「十二階計画」を見るまで知りませんでした。絵はがきのことを調べたくて、以前ある人に聞いたら、「歴史読本」に載っていた、とのこと。それが、喜多川氏の連載だったとは。早速調べに行きます。菅野力夫に続き、岡山で、スミス君の絵はがきを衝動買いしてしまい、泥沼への予感が…。
話は変わり、『趣味』(明治39年創刊)に、「浅草公園廻り」(凌雲子)があります。他にもあるかもしれません。調べてみます。
『文化画報特別増刊大震災画報』(所持しています)の表紙が震災でやられた十二階(三色版)、口絵にも十二階の爆破の様子があります。
「浅草十二階を守る会」というのは、お盆らしい思い付きでした。あちこちのテレビ番組で、怪談番組を見るとはなしに見ているうちに、昔「お化けを守る会」という粋人の集まりがあったことを想い出した訳です。「ないもの」つながり、といいますか、四角四面な会より、どうせなら浅草十二階を守る会などという会があったら、面白いかなと……。「お化け」の方の主宰者は、平野某という翻訳家でした。大先生、どこかのワイドショーに出演した時、「お化けは怖くないんだ、友達なんだ!」とのたまわった直後、噺家さんが扮装した子供だましの幽霊に脅かされ、「うわー!」と大声を発しながらスタジオの隅まで逃げ、司会者に呼び戻されて、席までようやく戻って来て一言、「ああ怖かった」。こういうしゃれたおじいさんになりたいと、子供心に思ったものです。以上、「・・・を守る会」の謎解きでした。
浅草六区(えんこ)興行史と「古老が・・・」は十二階および十二階下を含む
千束町界隈の記述がいっぱいで、直接は引用しなかったものの、
ぼくも当時の浅草を考えるのにずいぶん参考にしました。
古通、載ってましたねー。どうやらバックナンバーにも喜多川氏の記事がある
らしく、しかもタイトルが「十二階と広告」。うーん、広告塔としての考察は
オリジナルだと思ってたのにやはり喜多川氏が。
歴史読本のバックナンバーを都図で調べて、喜多川氏の連載を全読しました。
タイトルをまとめたので興味のある方はご覧ください。おっと、
「大相撲黄金時代」(S47.06)なんてのもあります。