雨が降ってきた。あぜ道のあちこちで影のようなものが動いたかと思うと、ばしゃんばしゃんと音がして田んぼに波紋が広がった。かえるさんはあちこちの波紋が重なってさざなみになるのを見ていたけれど、雨粒がじかに頭に当たると痛いので、田んぼに飛び込むことにした。頭を沈めると、鼻づらで雨粒がはじけて、ちょうどいい刺激になる。
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水の中でかえるさんは手のつけねをちょっと持ち上げてみた。水面を突き抜けた雨粒が背中に少しだけあたって、ぱしぱしと鈍い音になる。息を吸って、足を伸ばして、うまく体を浮かせると、背中が水面のすぐ下で平らになって、あちこちがぱしぱし鳴る。しばらく当たっていると、頭のうしろがしびれて別の生き物のようになった。妙な雨だった。
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「雨になってみよう、かえるだもの」どこからともなくつぶやく声がした。水面すれすれにゆっくりと漂ってくるかえるがいた。手には色紙を持っていた。かえるさんと水中で目が合うと、色紙を差しだしながら近づいてきた。「おたまじゃくしは育つとかえる あいだあきを」近づいてくる色紙にはそうあった。
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かえるさんは色紙を受け取ろうと手を出した。が、そのかえるは色紙を持ったまま、かえるさんとすれ違った。「浮いていこう、かえるになって」すれ違いざまにまた、つぶやく声がした。
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「男の背中は将棋盤」ぴしりと音がして、将棋のおっさんが漂ってきた。やはり背中を平たくしていた。「背中を雨が叩くやろ、背中で聞くんや、勝負の音、駒の音」かえるさんがうなずくと、おっさんはすれ違いざまにつぶやいた。「ちうことや」それはほんの始まりに過ぎなかった。その日、かえるさんとすれ違ったかえるはびっしり産みつけられた卵の数ほどいた。みんなすれ違いざまに警句をつぶやいた。