かえるさんレイクサイド (35)



九死に一生スペシャルは、厳寒の伊吹山で雪に閉じこめられる話だった。かえるさんはテレビを見てうとうとしながら、やがてうなされていた。さっきまでプラスだったのに、とんでもないマイナスになっていた。穴の出口は10mの雪でふさがっていた。脱出は絶望的だった。


1日過ぎ2日過ぎ1週間が過ぎ何ヶ月も過ぎた。かえるさんのお腹はぺこぺこだった。上空でかえるコプターの音がした。急いで穴に駆け寄って耳をすましたが、それはごうごうという地響きだった。10mの雪を通してかえるコプターが聞こえるわけがなかった。


では、このごうごうはなんだろう。なにかが穴のそばを通っている。雪ではないもの。かえるコプターでないもの。なにかを思い出しかけている。九死に一生スペシャル。そう、九死に一生スペシャルのことを葉書に書いた。葉書に書いて新聞に出した。新聞には載らなかった。載らなかった新聞を読んでいた。喫茶かえるは暖かかった。暖かかったんだ。


そこでかえるさんは目を覚ました。ごうごうという地響きが聞こえる。かえるさんは穴に近づいた。とんでもないマイナスの予感がした。ほんの少し、扉を細めに開けてみた。とんでもないマイナスが顔に当たったような気がしてあわてて閉めた。顔をなでると、マイナスに当たった様子はなく、けろっと湿っていた。もう一度、開けてみた。今度はしばらく待った。細いすきまから来た空気は、少しだけふくらんでいた。


さらに開けてみた。空気はゆっくりと動いて、顔をおおった。ごうごうと音がした。かえるさんは穴から顔を出してみた。日向の土手から、ふくらんだ空気がやってきた。ごうごうと犬上川が流れていた。川面はまぶしくて、ややマイナスの風が吹いているらしかった。かえるさんは穴の中に戻った。九死に一生を得たプラスとマイナスのことを、葉書に書くつもりだった。





第三十六話 | 目次





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