かえるさんレイクサイド (31)



かえるレコード大賞はノミネートの3作品が発表された。かえるさんはビデオのスイッチを入れようとして考えた。いまからかえる天神に行かなくてはいけない。行ったあとでビデオを見れば、誰がレコード大賞だったかわかる。でも、かえるさんが見たいのは、あとから見るレコード大賞ではない。かえる天神に行かずに見るレコード大賞だった。でも、レコード大賞を見て行けないかえる天神は辛い。かえるさんは、けっきょくビデオをセットして外に出た。


かえる天神に近づくと、早くもお腹に響く重低音がして、向こうのほうからかすかにけろけろきゅうの音がした。「そがぬまオールナイト年越しDJけろけろ祭り」はDJけろっぐの演奏で盛り上がっていた。「年の終わりの始めできゅう!」それぞれの生き物がそれぞれの鳴き声で答えた。


とりあえずお参りをすませようと鳥居をくぐった瞬間、レコードがこわれるような音を立てて急停止した。「うぉんちゅー!」DJけろっぐがこちらを指さした。みんながいっせいに振り向いた。かえるさんが足を上げると、小さな赤いバッテンが地面に描いてあった。ぴしりと駒を打つ音がした。「はいはいはいはい、ここでアタリ賞のお時間やね」将棋のおっさんがひとかかえもある王将の駒を抱えてやってきた。「はい、今年の年越しのカウントダウンはこの人です。お名前言うて」「かえるさんです」レコードが急発進した。


アタリ賞が決まって、いよいよ音楽は盛り上がった。「レコード大賞をぶっとばせカウントダウン、いん、そがぬまー」それぞれの鳴き声がした。レコード大賞を見ずにかえる天神に来た鳴き声だった。かえるさんはビデオをセットしたのが申し訳ないような気がしてきた。「あれこれ迷うても打つ手はひとつ」おっさんの声がした。「ちうことやな。はいマニュアル」カウントダウンマニュアルには「1」と書いてあった。


いよいよ夜中が近づいた。DJけろっぐがきゅうっと決めるとあたりはしんと静まって、鐘だけがおごそかに響いた。今年、かえる天神は雪のない年越しを迎えつつあった。誰もなにも言わなかった。かえるさんは、間違えないようにマニュアルを何度も見直した。遠くでエグゾーストがほたるの光を鳴らしていた。湖岸を北に走っているらしかった。それはやがて西に向い、南に向かい、東にむかうだろう。びわこは丸いからだ。かえるさんは、いち、と言った。とたんに地鳴りのような鳴き声のかたまりが境内に響いて、賽銭の雨が降り出した。





第三十二話 | 目次





1