かえるさんレイクサイド (30)



地下ヘルロードに天窓がついた。冬の眠りは浅く、あちらこちらの天窓の下に、かえるがいた。陽が天窓の上を過ぎるわずかな間に、短いひなたぼっこをして、そのあと乾いたお腹を土で湿らすのだった。

芹川の土手には天窓のかわりに出窓が空いた。ちょうど喫茶かえるからの帰り道だ。かえるさんは出窓のそばに座って雨壺山を見ていた。


「よお」
番長だった。「冬はこの辺がじわじわするなあ」番長はイボをちょいちょいといじって見せた。「裏返ってからどうだ?もう慣れたか」そういえば、あれから、ぼうふらミックスの味が変わったのだった。何が変わったかわからないので、かえるさんはよく、ぼうふらのかけらを舌に乗せたまま、舌の先であちこち探った。探っているのが、ぼうふらなのか舌なのかわからなくなった。


「そうだな、まず味が変わる」番長はずばりと言った。「それからな、色が変わる。にじんでるみたいな、浮き出してるみたいな、そういうことないか」出窓の外を見たかえるさんは、色の帯を見た。雨壺山から琵琶湖まで、きれいな半円の、色の帯だった。「おれはそうだな、最近水の味が変わったな」番長は話し続けていた。かえるさんは色の帯のことを教えたかった。でも、番長がせっかく話してるのだった。番長が水の味の違いを、童謡や子守唄にたとえているあいだに、色の帯はじわじわにじんできた。かえるさんは目をゆらゆらさせた。


「番長、うしろうしろ、ほら、すごいすよ」通りかかったバイク仲間が番長に声をかけた。
「おお、すげえ」番長は振り返ってから声をあげた。

「すげえ」もう一度番長は言ってからじっと色の帯を見つめた。上の方がもう消えかかっていた。ほんとは番長が振り向く前はもっとすごかったのだ。早く番長に言えばよかった。
「こういう色がな、裏返ってからは、やけにじわじわ来る」番長は見とれながらイボをいじった。かえるさんもうなずいてイボをいじった。いじっているのが、イボなのか色なのか番長の声なのか、わからなくなった。








第三十一話 | 目次





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