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19990805



▼10時05分。ブリュッセル、ループ広場からバス。バスの中でもラジオが流れている。うるさいベルギーの私。そのバスで揺られて45分、ワーテルローの中心街を抜けると、そこはなんてことはない郊外のバス道。降りたのはぼくたちだけ。閑散とした道路以外目立ったものはない。ほんとにここは観光地ワーテルローなのか?
運転手が指していた方向に向かって歩く。高速道路をまたぐ陸橋上は古戦場にふさわしからぬ近代的光景で、ますます不安になる。向こうに見えるしょぼい家並みがワーテルロー?
その高速道路の街路樹が途切れるあたりまで歩く。と、いきなり出た。これはひどい。馬鹿野郎だ。家並みはほんのわずかで、あとはだだっぴろい田園が延々と起伏を描いている。そのだだっぴろさのどまんなかに、どでかい円錐の丘、頂上にライオンの像。ナポレオンの誇大妄想を記念するにふさわしいあほらしき風景。
▼その丘のふもとにパノラマ館がある。円筒型のいかにもな外観で、パノラマ好きとしてはこの時点でかなり気持ちが高ぶる。▼さて回廊を抜け、おきまりの階段を上がろう。まず空が見える。おお。壇を上り切ると、なんじゃこりゃ。戦争画だ。しかもかなりキッチュだ。あからさまに絵とわかる。凹凸のない一枚絵の曲面が下から上部にかけて湾曲してこちらに迫ってくるようだ。とくにひどいのが、手前のリアルな土の色と絵の中の土の色が一致していないことだ。倒れている人や馬のオブジェの退色が激しい。植えられた枯れ草も古びてしょぼい。修復があまりほどこされてないせいだろうが、メスタグのパノラマのような、砂の色やオブジェのひとつひとつまでに行き届いた細かい配慮は、ここにはない。
馬や人の死骸が転がっている。壇から足だけ見えるのがある。のぞきこむと、上半身がない。こいつは下半身を見せる係なのだ。向こうには上半身だけ見せる係もいる。
 そうやって、キッチュな部分ばかりに目をやりながら一周する頃には、不思議なことに、このパノラマの遠近の魔力が効き初めていることに気づく。
 たとえばあのあからさまな切り絵になっている部分はどうか。輪郭が背景から不自然に浮き出ている。なんだやっぱりただの切り絵じゃないか。では、こちら側のネイ将軍はどうだ。まるで切り絵みたいだ。さらにその後ろの隊列も、ネイ将軍の後ろに配置された第二の切り絵のようだ。さらにその後ろの方形軍はどうだ。そうやってたどっていくと、しだいに幾層もの遠近が絵から剥がれ落ちるように切り離されて、地平線は遠退いている。切り絵自体は稚拙なのだが、切り絵があることによって「もしかしてこれも切り絵?」的疑問が見るものに植え付けられる。かくしてパースペクティブが誕生する。
 今度は見渡してみよう。斜めから見る絵はさほどゆがんで見えない。丸く置かれているせいだ。斜めから見てゆがんでいないことが、こちらの絵に対する既成概念(斜めから見ればパースがゆがむ)を崩す。
 慣れてくると、あらゆる手掛かりがこちらの3D感をあおってくれる。たちこめる白煙は空気遠近法のように、遠くをもやらせて、手前のはっきりした輪郭の人物が逆にこちらにこぼれ落ちてくる。見物台のエッジと壇のエッジが絵の下のエッジを隠すと、手前のリアルな地面が見えない分、かえってイリュージョンが損なわれない。
 軽騎兵の持つ旗がひるがえり、剣がきらめくと、さらにそこを手掛かりに立体感が立ち上がってくる。こうなるともう、迫り来る軍隊のインパクトがありありと感じられるようになる。遠く霞んでいる方形隊列、あのひとつひとつが手前にくると、これだけの数の人馬になり、これだけの剣を翻されるのだ。もう助からない、という気になる。
 手前に小屋の設けられたあたりには、二つの方形軍の戦いが密集していて、絵の下部のエッジが隠されているのと、他の部分と人馬の密度が違うせいもあって、そこだけ絵がぐんとこちらに歪曲しているように見える。もはや、絵が円筒形であることが信じられなくなりつつある。
 場内には軍楽隊の音楽と砲弾の重い響きが鳴り続けている。目の前の将軍たちは、動かない。それがもどかしいほどだ。動かないから非現実、というのではない。動かないことが不思議なほど、リアルなのだ。
▼まだまだあるぞ。今度はスライドとジオラマを組み合わせたワーテルローの戦いの立体ショーだ。ジオラマにレゴブロックのようなLEDがせり上がってきて、さらにスライドが投射されて、各軍の動きを追う。ジオラマの上方ではメインのスライドショーが行われる。ビデオ以前のテクニックを使った、じつに念の入ったショー。▼ショーが終わると、左方の壁にスライドプロジェクターで「←FILM」と投射される。ほんとにこっちの奴はスライドをとことん使うな。で、子供が戦争ごっこからほんものの戦争にぶちこまれる短編。コロンビア映画の「ワーテルロー」が引用されていた。

▼これだけの臨場感を演出されて、ようやく丘に上る。いまや古戦場は一面の畑だ。まあよくこんなだだっぴろいところで戦ったもんだ。とはいえ、どの方向がどんな町かぴんと来ないので、ああ眺めがいいなあ、という漠然とした思いしか湧いてこない。やはり、自分がさっきたどってきた高速道路からここまでの道のりを見るのがいちばん楽しい。そこから左右の道を望遠鏡でたどったりする。

▼ワーテルローを堪能して、15時ごろブリュッセルに戻る。王立美術館へ。2時間足らずではすべて見れるわけもなく、15、16世紀のネーデルランド派を重点的に見る。キリスト教スペクタクルの数々。Van Orleyの「Triptych of the Virtue of Patience」の人々の倒れ込み方なんか、その大きさから来る迫力も含めてパノラマ画そのもんではないか。
of the legend of St. Lucy/ "Virgin with female Saints"
の、処女マリアの後ろに天使が掲げる衝立の遮蔽がもたらす、極端な遠近感。
of the legend of St. Barbara / "Scenes from the lif of Saint Barbara"の、複数の通りの遠近を描こうとして歪む空間表現、しかしその歪みをたどるように人物にまなざしが動く。横長の画面を構成するときに、消失点をどこにいくつ設けるかによって物語は絵の上下方向ごとに分節される。たとえば"scenes..."では、剣を掲げる男とそれを岩影から見る女の対が、その向こうの通りの端で門をくぐろうとする男の無関心と対比される。
ブリューゲル部屋でひときわ目を引く色彩の饗宴は、「墜天使の墜落」。物量的にほとんど天使の負けって感じ。
ルーベンス部屋。見上げさせる絵。ひたすら巨大さで圧倒するその押し付けがましさと押し付けがましさを認めさせる力。王立軍事博物館に山ほど展示されていた戦争画と肖像画、そして戦争パノラマの物量のルーツを見た感じ。

 ワーテルローに行く途中にバスから見えた移動遊園地がおもしろそうなので、21:00ごろから繰り出す。暮れなずむこの時間に見るとすごいきらびやかさ。そしてこの時間でもまだ子供がやたらいる。ドルーピーや赤頭巾ちゃん他、テックス・アヴェリーのキャラ満載の看板がある。中はメリーゴーラウンド。バニーバックスもアラジンもゴレンジャーもいるという、著作権無用の節操のない世界で好ましい。
 見てるだけじゃおもしろくないぞ。まずはルート66という、ハーフミラーを使った八幡の藪知らず。歪んだ鏡を使ったファンハウス(浅草十二階の中にもこういうのがあったのだ)。基本的な見せ物が揃ってるのはいいな。
 そしてやはりここでも観覧車。120BF。5周くらいさせてもらえる。最初は観覧車というよりめまい系アトラクションのように速く、最後の一周は頂上で止まってゆっくり降りてくる。折しもマグリットの「光の帝国」みたいな色の夕暮れ。観覧車が降りるとともに沈んでいく遠い尖塔、切妻屋根の町並み。縦の遮蔽が変化する遊び。観覧車最高。
 回転木馬には外周に端正な鏡がはめこまれ、中には年代物(1908)の自動楽器。かと思えばすぐそばのスペースなんとかでは、ストロボがたかれ、DJが皿を回しながら客をあおっている。射的にビンゴにホラーハウス、なんでもござれだ。そんな調子で地下鉄三駅分の通りが延々と遊園地になっている。1カ月興行らしいんだけど、ヨーロッパ中を回ってるのかな。

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Beach diary