浅草十二階に登った話



 階段で上がったと思ったな。友達と三人くらいでね。
 あたしがね、十二才、尋常五年だから。中あんまり広くないんですよね。下に店がありますからね、食べ物だの竹細工みたいなものを売ってたんだよな、竹とんぼみたいな玩具みたいなのっていうかね。
階段は壁際でね、まわって上がったですね。何段めかからは、一方に上がってまた一方にあがって、てな感じになってたと思いますね。五六階から上はもうなんにもなかったですね。ただ上まで行く通路みたいなもんだったな。窓は開いてないんですよ、ガラスがはまってるんで。

 あたしは上がっても外には出なかったですね。混んでたせいもあったかな。窓みたいなのがあってね、そこから見たっけな。
 そういう高いところは初めてだからね。いまみたいにでかいのが建ってないからすごく高い感じがしましたよ。まあなんつっても富士山が見えるかななんて思ってた時代だからね。まあなんだか千葉のへんだかみたいな山みたいなのが見えた気がしたな。いまの新宿の高いビルができたでしょ、あの上にも乗っかってみたこともあるけど、それ以上の感じがしたね。

 十二階へ行く道筋? あたしの小学校は、いまの産業会館の建ってるあのすぐ右におソバ屋さんがあるでしょ、あそこが浅草小学校でしたからね。二天門を抜けて、観音堂の横を抜けて、ずっと花屋敷通りを行く。むかしはね、いまみたいな洋服屋さんみたいなのはなかった。食堂みたいのは古いんですよね。そいで、左っかわにも茶店があったんですね、赤いじゅうたん敷いて。花屋敷の向かい側にはずっと広い広場になってて植木が植わってたんですよね。

 その頃は、交番の脇の辺から映画館の向かいのひょうたん池に沿って、車ひっぱってきてずらっと小屋を出してるのがいたんですよ。朝出て、夜はしまっちゃう。木を組んで台を作ったりリヤカーを利用して小屋を作ったりして、いまで言うコロッケとか、ラムネだのアイスクリームだの売ってる店でしたね。

 ひょうたん池は橋が狭くて、中の島があって、お茶屋さんが二軒あってね、で、池の東側はずーっと公園なんです。で、朝からもう犬連れたのが集まっちゃって、昔はね、すごい犬、土佐犬みたいなのばっかりを連れてきてましたね。

(明治四四年生まれの浅草の古老の話/2001.03.01細馬採取)



口上 | 総目次 | リンク