梅堂国政はのちの三代国貞で、「凌雲閣登覧寿語六」など、めくりを用いた錦絵をしばしば手がけている。この錦絵でも、中央部分の幕がめくりになっており、市川團十郎演じる松の廊下の場面が現れる。舞台を中央に据えて観客席に極端な遠近法をほどこす手法は、奥村政信以来、浮絵の構図としては典型的なもの。
新富座は明治五年に猿若町から新富町に移転した守田座が前身。明治八年に新富座と改称するが、翌年に焼失。この錦絵は、明治十一年の新築開業を記念したものであろう。新富座は関東大震災で焼失し、その後は再建されていない。
舞台の光景もさることながら、観客席のパースペクティブの中に、さまざまな風俗が描かれているところがおもしろい。まだ髷を残した男性客も多い一方で帽子をかぶった客も描かれており、江戸と明治の雰囲気が混合されている。枡席の間を料理を運ぶ人や注文を取る人の姿があちこちに描かれているのも楽しい。
新富座は椅子席を設けたことで有名だが、この錦絵では一階席はすべて枡席として描かれており、桟敷席上段にわずかに椅子席らしき人々が描かれている。