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20010903


 スペインの雨はおもに平地に降る、とマイフェアレディは歌っていた。トレドは平地ではないせいか晴れ。そして陽射しはとても強い。天気予報は35度を告げているが、日向はもっと暑いだろう。
 向かいのバーでコーヒーとチュロス(ミスタードーナツの固いやつと違って、どちらかというと揚げパンに近い歯ごたえと味)で朝飯。

 物陰は涼しい。空気が乾燥しているからだろう。洗濯物は窓際に干すと一時間くらいで乾く。
 歩いて回れるところを見る。といってもやがて分かったことだが、トレドは(坂さえ厭わなければ)ほとんどどこも徒歩圏内だ。

Catedoral
 まずはカテドラルへ。とんでもない規模のゴシック教会。
 ひとところに止まって見ていると、ガイドツアーが次々とやってくる。それぞれのガイドのお国柄や力点の置き方の違いがあっておもしろいし、こちとら宗教不案内なのでいろいろ勉強になる。

 聖歌隊席 Coro の腰かけには悪霊だらけで、司教のお話を聞きながら、悪徳のイコンを尻にすえる、という理屈なんだそうだ。なるほど。中段にはカソリックがイスラムを打破したグラナダの戦いの木彫。そして高いストールに旧約新約の登場人物がずらり。上にはバロック様式と新古典様式のオルガンのパイプがばーん。
 いっけんタイガーバームガーデン風の祭壇 Capilla Mayor は、キリストの生涯を描いた木彫で、遠近法を考えて高くなるほどに大きく作ってある。
 その裏に回ると、バロック様式に歌舞いた天使の群れ、そして光を取り入れるためにやはりバロック期に開けられた天窓。
 てなぐあいに、寺院内を経巡るだけで時代に時代が重なって、そのとりあわせじたいが(ゴシック寺院にもかかわらず)ひとつのバロック状態になっている。

 教会内にはあちこちに地下墓地のしるしがあるが、その真上に帽子が下がっている。墓の上を歩くことで地下の死者の生前の悪徳が消え、悪徳がすべて消えたとき、上の帽子が落ちる、という理屈になっているらしい。それにしても帽子は針金で吊ってあるから、かなり頑丈な悪徳なんだろう。

 チャプタールーム Sala Captular の天井の幾何学模様がモザイク調で美しい。木彫に金箔と黒の模様をほどこしためくるめくもので、あたりの土産物屋に打っている金と黒の模様のルーツのような感じだった。ムデハル調、というのはこのことなんだろうか。スペインに残留を許されたイスラム教の名残り。

 聖具室 Sacristia の見物であるグレコとその横のゴヤは雨もり修復のため足場に隠れていた。日本のガイドツアーはここでUターンするが、そのわけは、奥に行っても司教の冠だの大外衣だのカズラだのが麗々しく飾ってあるだけだからだろう。
 でもこの馬鹿でかさは見るに値する。これを全部着たら普通の人間の三倍くらいのボリュームになるんじゃないだろうか。なるほどこのように大きく豪華に着飾ることで、相手に視覚的な精神攻撃を与え、カソリックの力をまさに見せつけるというわけだ。ムスリムとユダヤ教とカソリックの三つの文化の合流地点にあるといわれるトレド、しかしこの地のすべてをカソリックによって統合するためには、これほど馬鹿でかい教会に馬鹿でかい着衣が必要であったのか、と思わせる。
 観光文句では「三つの文化」とはうたっていても、そのほとんどは圧倒的なカソリックの力によってしっかりたがをはめられているのだ。そして、ムスリム時代に許されたユダヤ教は、カソリックの時代になって徹底的に排斥された。

Iglesia de Santo Tom�
 エル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」のある寺院。200pts払って入ると、中にはそのエル・グレコの絵が一枚、向かいにキリストの磔刑の絵が一枚飾ってあって終り。礼拝堂には鍵がかかって入れなかった。なんだ。

San Juan de los Reyes
 ユダヤ街の中にあるカソリック教会と修道院。フェルナンドとイザベルによって建てられた。ユダヤ街の中にあえて、というあたりがまたしてもカソリック力。礼拝堂にも入れるが、回廊がすばらしい。特に二階のムデハル調の幾何学模様。あちこちの柱の細かい仕事もおもしろい。

 そばのアンティーク屋をひやかしてタイルを一枚。19世紀のぐるぐる細い蝋が巻いてある妙なものは、部屋から部屋へ移動するときに使う燭台だそうだ。短期間だけ灯すので、必要な長さだけ蝋を出す。封蝋にも使ったとか。

Castillo de San Servando
 かくするうちに夕方。アルカンタラ橋を渡り、ローマ時代以来の古城というCastillo de San Servandoへ。ここはいまではユースホステルになっている。裏手に出ると川越しに街を見わたせる。夕日の沈むトレドをずっと眺める。陽が地平線に近づき、地面近くの空気で濁った火の玉のようになると、急に瞳孔が開く。空が否応なく明るくなり、雲のすみずみの輪郭がはっきりする。

 バーで軽くビールとTapas。


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Beach diary