乾由紀子『イギリス炭鉱写真絵はがき』(京都大学出版会)
あれ、と思わせるタイトルだ。「絵はがき」というだけでも限られた人間の趣味対象に過ぎないのに、華やかな観光写真やイラストならともかく、イギリスでしかも炭鉱写真とは。どんな通好みの本なのか。
読み進めるうちに、唸らされた。一枚の地味な紙片に見える炭鉱写真絵はがきを扱う著者の手つきは、じつに立体的だ。その考察は、単なる趣味趣向をはるかに越えたところをまなざしている。
大学院で炭鉱写真を研究していた著者は、イギリスでの聞き取り調査中に「自然の力に抗し、危険を伴う生々しい肉体労働の展開する地下の闇の現場」を写した絵はがきが、じつは数多く発行されていたことを知る。
従来、絵はがきといえば、中産階級以上の趣味のひとつと考えられてきた。では、炭鉱や炭鉱労働者を写した、いっけん中産階級以上とは縁のなさそうな絵はがきが、なぜ数多く発行されていたのか。
豊富な図版に基づきながらまず明らかにされるのは、外部からの目に答える絵はがきの存在だ。20世紀初頭、炭鉱企業は、自社を宣伝すべく、炭鉱生活をキャプション付きで映し出した広告絵はがきを発行した。そこでは、実情よりも美化した演出がほどこされ「理想の労働者像」が盛り込まれた。当時の中産階級者の好奇の目に応えるべく、足の格好を露わにした仕事着の女性炭鉱労働者が発行された。
しかし、じつは、絵はがきは外部だけに流通していたのではなかった。
著者は、労働者自身によって綴られた炭鉱絵はがきの数々、そしてコレクションに出会って驚く。過酷な生活の場としての炭鉱と絵はがきとして美化された炭鉱との落差に、とまどう文章がある。自分の働く居場所に印を入れる発信者がいる。炭鉱事故犠牲者の形見には、事故の残骸である岩石や木材などとともに、大きく引き延ばされた炭鉱事故絵はがきの写真が収められている。絵はがきは単に好奇の対象だったのではない。労働者自身もまた、ときには違和を感じながらも、自分の働く炭鉱の絵はがきを誇りにし、記念物として手元に収めていた。
炭鉱絵はがきの私信には、遠景に写り込んだ山のことがしばしば記されている。絵はがきの主役はあくまで手前の炭鉱である。しかし「炭鉱の過酷な労働条件とは無縁の静かで美しい山の存在は、労働者にとって生活の安らぎと楽しみそのものであった」。人々は背景の山に目を惹かれ、山での憩いについて綴った。その私信のひとつひとつを、著者は判読しにくい筆記体から丁寧に読み起こしている。
ジョン・フォード監督の「わが谷は緑なりき」を思い出した。南ウェールズの炭鉱町で起こる、合唱、いさかい、ストライキ、落盤事故、結ばれない恋。けして明るくはない物語のあちこちで、ウェールズ民謡独特の短七音を含んだ旋律が、山の記憶を呼び覚ます。
その「わが谷は緑なりき」ということばの意味が、本書を読むと、まったく異なる光を当てられたように生々しく浮かび上がってくる。炭鉱地の人々の思いに寄り添うように聞き取り調査を続けてきた著者の繊細な感性は、絵はがきの遠景にさりげなく写り込んだ山々に、生活の深みを見出した。脱帽である。
(評:細馬宏通「東京人」2008年7月号 p153)