機械油のこげるようなにおい
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窓際ではきつくにおう
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白黒の田園が過ぎる
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この強いにおいはおそらくこの寒さ、この雪を
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暖めるための機械臭であり
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嗅ぐことでこの車内の温度を知る
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琵琶湖に沿って南下する列車
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琵琶湖はここから7、8kmある
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見えるのは湖でなく
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パチンコ屋のあざやかなネオンと遠い車のフォグランプだ
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暮れるということが
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色の変化ではなく明度の変化として感じられる
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事物の輪郭が吹雪の中で曖昧になっていく
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駅に着き、酔った男が入ってくる
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通路の向こうでよくしゃべる女
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声は機械油のにおいと同じ温度を持つ
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女はタービンをまわすように話す
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街灯は心理学実験の光点のように
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白い空間で三次元に配列する
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南とか
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北とか
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ベクトルをもたらすこともなく
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話し続けるということ
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輪郭のない空間で声だけが時間を伝えるということ
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キーを打つ音だけが時間のてがかりであるということ
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完全な暗がりでなく
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あいまいな輪郭がありしかもそれをものとして判別できないことが
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世界の暗さをよりはっきりさせる
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側溝の形に雪が途切れている
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側溝は側溝であるよりも亀裂であり
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木立は木立であるよりも隆起であり
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三次元の駅
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三次元に並ぶひと
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三次元のホームを過ぎ、世界から遠近が磨滅する
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ドアが開き車外の機械油のにおいが流れ込み
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また空気が濃くなる
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列車の熱が内側にとりこまれる
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亀裂が見える。亀裂のゆくえを一次元にたどる
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亀裂が埋もれる
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埋もれる亀裂を見届ける
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これが声と視覚の緩衝地帯であるとしたら
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なおこの車内のあちこちでかわされる声のありかについて
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機械油について
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新たな次元の広がりを
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どこかに定位させることができるだろうか
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ドアが開くや、においはただよってくる
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それは車両とホームの亀裂、
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狭いくらがりからただよってくる
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この白黒の光景の中の亀裂
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あたたかさは座席の下からもくる
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熱は亀裂からくる
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亀裂からくるできごと
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