Texture Time: 27 January 1997
彦根 -> 池袋

消灯時間を過ぎ
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閉ざされたカーテンの隙間から高速のあかりが見える。
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まわりの眠りを妨げないいようにキーを打つ
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母音をあらわすキーには遊びがあって
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離す指にわずかに遅れて
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かすかににちゃりとまとわりつくような音
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このキーがたてる音は、プラスチックの衝突音だとおもっていたが
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この静かな車内で、そろそろと打たれると
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プラスチックのブロックが、点ではなく面の音をたてることに気づく
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大垣出口1Km
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漢字はあまりつかえない
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変換するにはスペースキーをおさなくてはならない
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スペースキーはもっとも面的なキーだ
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まえの席は空席でそこだけカーテンがあいている
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わずかな視角からきりとられるのは
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緑のもじ
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橙のひかり
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きれぎれの蛍光
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めかくしのかわりに、だれかのつくったビデオをみせられながら
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誘拐されていくような
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緑
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それがすぎ
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高速を行く車のライトだけを成分にしているような
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はいいろ
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窓がそこにあるということ
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カーテンとカーテンのあいだにわずかにみえているということ
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それだけをしらせるための
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うすあかり
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運転席は階下にあり
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フロントグラスには安眠をさまたげないよう、覆いがほどこされている
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ぼくも液晶をまえだおしにして
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ひとびとから画面をかくす
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液晶が手元をあかるく照らす
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画面はみえず
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液晶はただ、キーボードと手元を照らすだけの道具になる
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動く手をみる
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その結果である文字をみるのではなく
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ことばにしたがおうとして
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ぼくにはわからない規則でおどっているような
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手をみる
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いつもぼくは景色をみて打っていた
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だれかにあてて書いている、そのからだを
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きりはなすために
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いまは、だれかにあてて書くからだをきりはなすように
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手をみる
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啄木が「じっと手をみる」と書くとき
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それは貧乏にひたってみせたのでも
手をみる自分に酔ってみせたのでもなく
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歌を書きつづる手
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いまその手のことを書こうとして
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それでも手は動く
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そのことを「書いた」
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と思う
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ことばになったときはまだ
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「書いた」わけではなかったかもしれない
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ただ、啄木がことばにした歌を
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なにかの紙に書きつけたとき
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その手がさらさらと「じっと手をみる」と書いたとき
97/1/28 0:11

それは目を裏切り
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声を裏切り
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裏切ることで書きつけられた
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そんなふうに考える
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名古屋まで１５分
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なましろく浮かんだ、
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指の関節のしわや
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うきだす骨、血管のなげるわずかなかげが
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いきもののように
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書く
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親指の爪と爪は
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ふたごのように
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頭をゆずりあう
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みどりにしろの矢印でしめされる
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出口は
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左上を向く
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親指が同じ向きになる
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