Texture Time: 06 August 1996
琵琶湖の西、
近江高島から対岸の彦根に帰るには鉄道でぐるりとまわらなくてはならな
い。地図では湖の北のへりをなぞるように線路が走っているが、じつは湖西線
のはしまで行き、そこから北陸線を上り、さらに琵琶湖線に乗り継いで、つぎ
はぎを繕うように帰路につくところだ。
近江今津まで来ると北から来る電車は1時間待ちで、ホームにいるのもつま
らないから近くを歩く。対岸までの遊覧船は2時台で終わって、日も長いとい
うのに港の喫茶は早や店じまいだ。そこから旧街道に折れると、昔ながらの旅
籠屋がちらほらする他は、築2、30年だろうか、どうということのない民家
の連なりで、しかしその向こうは浜だ、細い路地の向こうに湖が見えるのを何
本か通り過ぎたが、途中で手頃な人気のない小路を見つけて、浜に出る。物干
し台や適度に放っておかれた庭やゴミを燃すドラム缶が砂地の上で傾いてい
て、それらは波打ち際まで来ている木造家屋の長い影の中だ。波はちょうど屋
根の影が切れるあたりへ小刻みに寄せて、泡立っているのがちょうど屋根に突
き出たアンテナの影があるはずの場所だ。湖畔、ということばを思い付くが、
向こう岸はどんよりと曇って見えず、波はおだやかでここはただ漠然と狭い。
セグロセキレイが波打ち際を走るからここは淡水だ。向こうから犬を連れてく
る長靴をはいた女性も淡水の人で、連れられている犬も淡水の犬だ。犬は誰に
教えられるでもなく、波に並行に歩き、適当なところで路地へと折れる。ここ
は日陰だというのに、腰掛けているこの石はいつまでも日向のように暖かく、
そこから昼下がりの時間が染みてくる。湖一面が日向で、しかし湖面で日向の
光はなだめられ、光でも影でもないただ微細な奥行きのうねりだけを繰り返
す。
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