かえるさんレイクサイド (3)
朝の朝に起きたかえるさんは腹が減って動けなかった。でも、かえるさんはかえるなので、顔を洗うのは平気だった。顔を洗うとおなかが空いた。さっきも空いていたのに忘れていたのだった。かえるさんはいつものようにモーニングを食べるため犬上川を後にした。
マシヤデンキのそばの桜の花が少し開いていた。桜は犬上川のお墓のそばにもあったが、それより一足早く開き始めたのだった。かえるさんはかえるさんなので高い所で揺れている花をみたとたん、誰に励まされるでもなく飛びついた。降りたときにはもう、ハエを食べるときと同じ早業で花びらを舌に巻き込んでいた。花びらは少し埃っぽかったが、桜モチの味がした。でも、かえるさんはもちろん桜モチを食べたことがなかったので、変わった味だと思った。
この味は飲み込んでもいい味なのか吐き出した方がいい味なのかわからなかったので、口の中で巻いた舌を締めたり緩めたりしていた。そうすると、変わった味は、ますますはっきりと変わった味だということがわかってきた。
甘いとか辛いとかではなくて、何か新しいことばが必要な味だった。たとえば「春のツインズ、驚異の26万画素」というようなことばだ。かえるさんは、この花びらは飲み込んでしまわずに、このままモーニングまで我慢することにした。このまま水を飲んだら、きっと水はただの水でなく、変わった味の水になるにちがいない。変わった味の水を飲んだあとのユスリカはどんな味だろう。
喫茶かえるに着き、いつもの席に着くと、テーブルにお知らせが書いてあった。「春のツインズ。今日は桜が咲いたので桜水です」かえるさんは、マスターにもごもごと声をかけた。「ふつうの水にしてください」「かしこまりました」「桜水はきらいじゃないです。でもふつうの水にしてください」マスターはそれ以上わけは聞かずに、いつもの生ぬるい琵琶湖の水を用意した。桜水の桜と、いま口の中にある桜は同じだろうか。かえるさんはほうっと息をついた。
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