かえるさんレイクサイド (17)
喫茶かえるでお金を払おうとすると、レジの横に譜面が置いてあった。「ふなずし」という題だった。字に見覚えがある。かえるさんは店に貼ってある「ふなずし定食」の貼り紙を見た。。マスターは、少しだけ頭を下げた。「作詞、伊吹山みえる」。いかにもペンネームらしき名前だ。かえるさんは譜面を一枚持って帰った。
かえるさんは譜面が読めないので歌詞を読んだ。ふなずしとともだちの歌だった。ともだちは遠くにいて、遠くからふなずしが匂ってくるような歌だった。この前の騒ぎのことを思い出した。ともだちの臭いで息苦しくなりそうな気がした。かえるさんは大きく息を吸ってから、ずっと息を止めていたのに気がついた。
クラブ曽我沼でDJけろっぐがブースから出てきたところに、かえるさんは近づいた。持ってきた譜面を手渡すと、DJけろっぐはしばらくそれを眺めてから、けげんな顔をした。「変な歌だね」というのが最初の意見だった。「ほら、ここもここも拍子が変わってる。それも、きまりがあってやってる風じゃない。たぶん、詞に合わせて節をつけてるうちに、拍子が変になったんだよ。」この節をつけたのもマスターかもしれないと、かえるさんは思った。「どっちにしてもあんまりクラブ向きの曲じゃないね。なんなら奥で歌ってみてあげるよ」
翌日、喫茶かえるでふなずし定食を注文したとき、かえるさんはふなずしのメロディーを口ずさんでいた。「おなかがすいて、ふなずしをおもいだした」マスターが目を見張った。かえるさんはあわてて目を伏せた。なにもマスターをからかおうとしたのではない。昨日、DJけろっぐに何度も歌ってもらったので、今朝からずっと頭の中で鳴っていた。それがつい、ふなずしを頼むときに鼻歌になってしまった。おそるおそる目を上げると、マスターは小さく頭を下げて奥に引っ込んだ。そして一枚の紙を持って出てくると、かえるさんに渡してまた頭を下げた。「ふなずし」の譜面だった。それにはコードが書き足してあった。
第十八話 | 目次