かえるさんレイクサイド (13)
マシヤデンキ初夏のご商談会で鏡とクシをもらったかえるさんは、レジの横にみどりいろの透きとおったものを見つけた。「およぐんです」と書いてある。「きみがはねるとぼくはおよぐんです」。レジの中から店員が「それは万歩計とこもりっちが合わさったようなものです」と説明した。こもりっち、は知らないが万歩計なら知っている。
それにしてもなぜ、はねるとおよぐのだろう。かえるさんは買ってきた「およぐんです」に電池を入れた。すると、中がぼうっと光って、中央に小さな丸が浮かんだ。丸にしっぽが生えた。おたまじゃくしだった。おたまじゃくしは消えて「名前をつけてね」という字が現れた。かえるさんはマニュアルを見た。「おたまじゃくしははねるとおよぐよ。どんどんはねれば、どんどんおよぐ。おたまじゃくしをかえるにして竹生島につれてって。」そういえば、手の中の「およぐんです」は琵琶湖の形をしていた。かえるさんは「びわこ」という名前を入力した。
いちばん下に小さな点が点滅していた。瀬田の唐橋のあたりだ。これがたぶん、スタートなのだ。跳ねなければ始まらないので、かえるさんは試しに喫茶かえるに行くことにした。犬上川を出て、ココヌの前までさしかかると、早くも腰につけたびわこがけろけろと鳴った。見ると、におちゃんが現れてびわこはやられそうだった。横についたボタンを押してみた。びわこは無謀にもにおちゃんとたたかいだした。けろ、けろ、とやったりやられたりした後、におちゃんはあっさり引き下がった。びわこは、もう大津まで来ていた。
喫茶かえるに着いたときは、もうモーニングの時刻を過ぎていた。びわこは岸から遠ざかりはじめていた。ぼうふら水を飲みながら、かえるさんはびわこをちょっと振ってみた。さかさかと音がした。振るたびにびわこのしっぽの向きが変わった。跳ねなくても、振るとおよぐらしい。かえるさんは、かえる新聞を読みながらずっと振り続けた。マスターがユスリカミックスを炒め終わり、ガスレンジを切った。さかさか言う小さな音だけが店の中に響いた。
呼び出し音が鳴った。びわこは困っている。ボタンを押すと「ふなずし」と「ごはん」が現れた。「ふなずし」にするとびわこはいやいやをした。まだ「ふなずし」は早いのか。「ごはん」にすると、びわこはそれをひとくちで食べた。かえるさんはほっとして顔を上げ、ようやくマスターがそばに立っているのに気づいた。マスターはユスリカミックスをテーブルにおいて、かえるさんを見てから、小さく頭を下げてカウンタの奥に入った。ここでこんな遊びをしてはいけなかったのかもしれない。かえるさんは申し訳なくなった。ユスリカミックスに専念した。急いで食べた。食べ終わると急いでレジに行った。かえるさんから勘定を受け取ると、マスターはレジのボタンを見つめて「ふなずしは2回選ぶといいです」とつぶやいた。
第十四話 | 目次