君知るやホバーブーツの愉しみ。
ホバーブーツ、というのは、床のない場所をほんの少しの間浮いて歩けるブーツ。緩くて崩れそうな床を歩くときも役に立つ(お城の中のあの部屋とか)。ちょっと滑るけど、ふだん履いていても構わない。 で、そのふだん履いてる感じがいいわけです。ちょっとした段を降りるとき、ホバーブーツだと、いったん宙に浮いて、着地する。止まるとき、ちょっとだけ滑る。いつもの靴と違う。いつもと同じ空間なのに。 ホバーブーツってのは、要は離陸後の一定時間、重力をキャンセルするという道具なんだけど、ゼルダ空間ってすみずみまできちんと作ってあるから、いったんホバーブーツを履くと働きうるところでは必ず働いてくれる。履いたとたん、それまでの空間がすべてホバーブーツ作動空間になるわけです。なんか当たり前のこと書いてますかね、ぼく。でも、これ、ぜんぜん当たり前じゃない。いままで経験してきた3D空間が移動能力の変化によってがらりと違って感じられるようなゲームって、そんなにあるもんじゃないっすよ。 移動手段による空間感覚の差っていうのをすごく感じさせる作品としては、すでに、64がリリースされた頃に出た「パイロットウィングス」という隠れた名作があるんだけど、それに比べるとゼルダの場合、自力でコントロールできる移動手段はあまり派手ではない。ホバーブーツにしても、ニワトリ滑空にしても、馬にしても、歩く、走る、というごく基本的な能力にちょっと変化をつけていくだけ。だから、ちっちゃな変化で大興奮、という、モスラのはばたきさながらの感覚を味わうことができるわけ。 ホバーブーツにはもうひとつおもしろい点がある。それはあの足もとの光です。あれがしゅうっとフェイドアウトするのがまた気持ちいいんだな。 じつはホバーブーツの能力はフェイドアウトするわけじゃなくて、オンオフ。つまりいきなりなくなる。主人公は一定時間だけ宙を浮いて、あとは落下モードに入ります。だから、光の強弱は、ホバーブーツの能力の強さを表すのではなく、能力があとどれだけの時間持つかを表している。つまりタイマーなんですね。 でも、ただのタイマーじゃない。もしこれが光の強さでなく秒針や数字で表されていたらどうか。タイマーはただ進み続けるだけで、タイマーを動かす力は変化しません。いっぽう、光がだんだん弱くなる場合、そこでは、光を発している力が変化していることになります。つまり、光の強さでタイマーを表現するということは、タイマーを動かす力じたいの変化を表すことになるわけです。 では、なにがタイマーを動かしているのか。それはホバーブーツの慣性力とは別の変化をする何か、です。 もちろん、それをたとえば、魔法の力、と解釈してもいいでしょう。しかしだいじなことは、プレイヤーの側が、「魔法の力があって、ホバーブーツの能力が生じる」という風にわかるのではないことです。ホバーブーツに、能力の変化では説明できない別の変化が生じているので、それを、たとえば魔法、と名づけたくなる、ということです。 ホバーブーツは光のタイマーを持つ。だからプレイヤーは、いつ自分が落ちるかを予測しながらプレイができる。しかし、光の強弱を用いることによって、それは単なるタイマーという表現を越えた。光の強弱によって、目に見えない力の存在を可視化したのです。 |