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20030901







 いきなりアルルからの列車が遅れ、マルセイユに着いたときにはすでに昼を過ぎていた。今日中にフィレンツェに着くつもりが、こ れではピサにすら着けない。駅のカフェは人でごったがえし、セルフサービスのトレイもない。カウンタの男にトレイがないと文句を言っても、そこにあるだろ うと言って聞かない。
 TGVでニースまで、そこからはモナコのトンネルが不通のため、バス移動なのだが、そのバスをどこで待てばよいのかわからない。係員は要領を得ない。要領を得ない割に、人を待たせる態度は偉そうである。
 日本ではまず仕事の要領を身につけるが、こちらの連中はまずその場を支配する方法を身につける。日本では要領のいたらなさをぺこぺこ謝るが、連中は要領を認めず命令する。客が連中の要領に踏み込もうとすると憮然とする。

 ニースからモナコ、メントンを見下ろすハイウェイ。フランスからイタリアに続く開眼は、地図の上では一直線だが、じっさいには険しい山が迫って国境にふさわしい。モナコグランプリのあの街なかを縫うようなコースは、こんな山なかに収まっていたのか。
 バスがイタリア側の町、ヴェンティミリアに入ったのはすでに七時近く。最初はジェノヴァまでたどりつくつもりだったが、車窓から見えるピッツェリアやホ テルの気安い風情に、「もうここに泊まっちゃおう」と決める。駅近くのホテルに荷物をひきずってチェックイン。どんな町かは知らねども、窓の向こうに地中 海。
 部屋の電話を何度試してもかからないので宿の主人に言うと「そんなはずはない」という。結局、部屋まで来てもらい、主人に直接電話を使ってもらい、よう やく納得してもらう。こういうときに、「ほーら、かからないだろう」などと自慢してはいけないのであって、この場を支配している主人の権力を尊重しなけれ ばならない。困ってるんですよ、ダンナ、フロントの電話使わせて下さいよ、金はもちろん払わせていただきますよ、でへへへ、などと太鼓もちの如く、主人に ついていく。フィレンツェの宿をキャンセルし、青山さんたちに伝言。
 

 海辺を散歩。河口は水鳥天国。カモメと白鳥と家鴨。このロイア川が削った平地に町ができたのだろう。崖の上に教会。ピッツェリアで食事。
 
 車窓
 波に転ぶ大男見ゆTGV
 
 ヴェンティミリア
 すべらかな煉瓦を海に投げ入れり
 抜き手切りし男は立てば丈高し
 南天の月薄く 火星に溶けんとす
 羽あるもの集う入り江 夕べの鐘
 
 ピッツェリアにて
 犬の声遠く 卓布を広げたり
 机から机に叫び振り向く子
 腕組みし母親遠し 子の眼(まなこ)
 プラスチックの椅子にあぐらし待つ夕餉
 棒パンで父をいざなう剣遊び
 酢はあかく油きいろし 国境(くにざかい)
 河口(かわぐち)に並びし車 曲がり松
 ピッツェリアに煙漂い川暗し
 半切りのレモン 油に浸りをり
 前菜を見届く厨房高くあり
 皿音の響く広さも洩れ聞こゆ
 振り向けば大皿のピザ空(から)なりき
 小路より現わる客が急ぐ卓
 フルーツを乗せし海の絵 金だらい
 膝を曲げヴェスパの形に収まれり
 携帯で話す足取り猫に似て
 

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